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ベンツに救われた未亡人。

「明日があるさ明日がある♪」

キッチンで両手に持ちきれない程の缶ビールを
冷蔵庫から取り出す。
当初流行っていた名曲を口ずさみながら
通夜に駆けつける来賓客を気丈にもてなす女。

3ヶ月前にめでたく父の妻となった女は
アタシたち姉妹に何の相談も無く
司法解剖をしなくて良いと医師に告げた。

「なんで勝手に決めたと!?」アタシの問いに
女は連絡先がわからなかったと答えた。

や、亡くなったのはちゃんと連絡きたし!

「動転していたし、これまで手術ばかりだった彼の体をこれ以上キズつけたくなかったの。」

せめて父の最期がどんな状況だったのかどうしても知りたいアタシは
父が車内で亡くなっていた日に着ていた背広が見たいと女にせがんだ。

女の後ろから姉妹は寝室に入る。
ドアの右手にあったハンガーラックにかけてある厚手の生地の背広に触れながら女は
「これがお父さんが最期に着ていたものです。」と悲しげな瞳を向けて微笑みかけてきた。

正直この時までアタシが彼女に対しての印象は

「父を愛し抜いたひと。
父も、彼女の一生を面倒みたいと思って籍を入れたひと。父が選んだ最後の女。」

そう納得していたし
どこか感謝の気持ちすら芽生え始めていた。
この時まではね。

「あら?財布は?」
なんの気無しに姉が背広のポケットに手を入れながら問いかける。

この瞬間女の表情が一気に曇ったのを
姉妹は見逃さなかった。

アタシはベッドの引き出しが気になり
女に確認も取らず開けるとそこに財布があった。

「勝手に開けないで!」
初めて声を荒げた女を見たアタシたちは何か尋常じゃない理由があると確信した。

財布の中身をチェックしながら
冷静でゆっくりした口調で姉は
「オヤジ、死ぬ前ココにおったんやね。」

2002年1月8日、グッと冷え込む朝5時。
コインパーキングを出た時のものと、
同じ日のスナックの手書きの領収書。

その三時間後父は自宅の駐車場に車を停めて亡くなったんだろうと言われている。

「もうやめてもらえますか!!」
激しく財布を奪いとり姉妹を部屋から追い出した。
姉妹は領収書を見てまずホッとした。
父がもし自殺をしようとしてたなら
領収書を発行しないだろうから。

そして不思議なことに財布の中はすっからかん。
いつも必ず現金をしっかり入れておく父の
財布の中身がゼロだったのは
彼女が抜いたんだろうと思ったので
そこにはそれほど気にもしなかった。

だからこそ。
なんでその2枚の
領収書をあれほどまでに隠さなければならなかったのか?
姉妹はそのスナックに直接行ってみることに。

店は領収書のコインパーキングの
すぐ目の前のスナック。
古ぼけた店々が立ち並ぶ小道を歩きながら
姉妹は父へのそれぞれの思いを共有した。

小さなドアを少し緊張気味に開ける。
5〜6人ほどしか座れないカウンターの向こうで
60才前後のママがひとり切り盛りしていた。

この店の領収書があったので
最期にどんな風に父が過ごしたのか知りたくて来たと話した。
ママは父が亡くなったことを客に聞いたという。
結局そこでわかったのは
父がひとりバーボンウイスキーの水割りを飲んでカラオケを楽しんで帰った。
ということだけだった。

スナックから自宅の駐車場に着いた父がそのすぐそばのビルの四階にいる女に車内から電話をかけていたことを聞いていた。

「社長が電話してきたとき、彼女はなんだか怖くて見に行けなかったとか言ってたよ。」
救急車を呼んだ従業員2人からの証言。

「もしかして死んでるかも」と女から電話を受けた従業員が車内の運転席に横たわっている父を発見。
その時まだ父の体は温かかったそうで
急いで救急車を呼んだが、
救急隊員が「すでにお亡くなりになられています。」と告げるも
創業当初からいた従業員は「まだこんなに温かいじゃないですか!」と執拗に頼み込み救急病院に搬送されたという。

結果その医師の判断で「腎不全」となった。

アタシは福岡県警に勤めている中学の同級生に
この話をした。
「や、それ絶対ありえんて。
オヤジさんひとりで車ん中で亡くなってたんやろ?司法解剖するて普通!してないとかないハズよ。」
しかし救急車の話をした後、彼は納得した。

もし救急車で運ばれてなかったら
家族の許可無く必ず司法解剖へ回ってたハズ。
でも、父は病院で死んだことになった。

じゃなんで父の体が温かかったのか?

原因はベンツのシート。
エンジンを切ったあとも
しばらく暖かくなっていることを随分あとに知ることに。
シートヒーターがなかったら司法解剖後
彼女はどうなっていただろう。
父の死をどうしても
解明したくなかった理由は何?



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