弁当100個で愛を叫ぶ。
「こんな味噌汁が食えるかぁあああ!」
土曜ワイド劇場も終盤に差し掛かった頃、
隣の部屋で
ちゃぶ台をひっくり返す昭和ドラマの生ライブ。
「そろそろコンビニも弁当屋も閉まる時間。」
姉が呟いた。
喉を焼くほどの激アツ味噌汁を好む父は、
何度求めてもソレに応えてくれない妻の自分への愛の深さを「弁当100個」で測り知ろうとしている。
車の後部座席に素早く乗り込む娘たちを背に
弁当屋からコンビニ、隣町のスーパーまで片っ端から車を走らせた。
100個揃えたところで数日間は母への嫌がらせが続くことがわかっていても、姉妹は今日を乗り切るため手分けして車内から目を配る。
「お母さんみたいな人生は絶対送りたくない!」
幼い私はそう心に決めていた。
いまの時代に公衆電話を探すほど困難な
弁当100個。
座敷部屋に集結しているのを
安堵しながら眺める。
父はそれを口にしようともしなかった。
「私シャケ弁にするけんアンタ幕の内弁当か、ハンバーグ弁当にしていいよ。」
姉がいつになく優しい。
「アンタたちにまでこんな思いさせてごめんね。」母はちょっと抜けててかなりの天然だ。
ある日。「お父さん今日はこのネクタイでどうね?」近眼の父が立つ場所から後ずさりしながらネクタイを遠ざけていく老眼の母。
目を細めて見る父に気づいたが時はすでに遅し。
父と結婚するまでお米すら炊くことも出来なかった彼女は朝5時に起きるとまだ暗いうちから
住み込みの作業員たちと私たちの弁当作り。
全員の朝ごはんもしっかり食べさせ送り出す。
「お父さんの会社は山や海をどんどん壊していく
悪いお仕事をしてるんだ。働く人はなんかみんなヤクザ映画みたいな人ばかりやし。」
「おつかれさま〜。ハイ、寒かったやろ。」
おでんやぜんざい。おにぎりに団子汁。
「これが楽しみで朝から頑張ってこれた!奥さん、いつもありがとうございます。」
強面から満面の笑みが溢れる。
自分がどんなにツラい状況でも、
みんながそれぞれ大変なんだと周りを癒してくれる存在。「お母さんみたいな人生は送りたくないけど、お母さんみたいになりたい。」
そんな母はもうすぐ77才。
今は自由に暮らしている。
好きな時に好きなものを食べて。
大好きなコーヒーを片手にテラスで
日向ぼっこしながら
気まぐれに訪れる野良猫と戯れている。
何をやっても楽しいそう。
「お母さんのお弁当がまた食べたいなー。
玉子焼きも入れてよね。」