ゴッドゲーム 2話
アキラは脱兎のごとく逃げ出した。誰もいない学校の廊下を駆け抜け、階段を何段か飛ばして、ほぼ飛び降りるように駆け降りる。
誰もいない学校にたった一人、壮太はやってきて、自分を見て「いた」と言った。しかも「友達になろう」とまで宣った。
アキラの心は怒りに燃えていた。
昨日、俺を見捨てたくせに。どうせあいつは、周りに人がいなくなったことに気づいて、不安に駆られながら誰かいないかと捜し歩いた末にようやく人を見つけて、保身のために「友達になろう」と言ったのだ。
アキラは走りながら「死ね、死ね」と喉を引き絞るようにつぶやいた。
馬鹿にするな、人を平然と見捨ててどこかへ消えるような奴と友達?ふざけるな!!
昇降口までたどり着いたが、気が変わって、アキラは校内に引き返した。一階奥の職員室に再び入って、教頭の席の隣にある、校内の教室のカギがかかっている鉄製の箱の蓋を開いた。
一つずつラベルを確認して、屋上のカギを探す。一番下の段の右端に、「屋上1」と、「屋上2」と書かれたラベルの貼られた鍵がそれぞれぶら下がっていた。拝借して、出入り口へ向かう道中、担任のデスクがあったので、閉じられていたノートパソコンを開き、誰かが飲み残して放置したであろう、マグカップ半分ほどの冷めたコーヒーをキーボードに染み渡らせるように丁寧にぶちまけた。
鼻歌を歌いながら職員室を後にして、すぐそばにある階段を上っていく。
4階に差し掛かったところで、また壮太に出会った。
「あ」
壮太は短く声を走ってこちらに駆け寄ってきたが、アキラは無視して屋上へ続く階段を駆け上る。
「ねえ、そっちは教室ないよ」
壮太はアキラの後ろについて、一緒に階段を駆け上りながら、少し大声でアキラに呼びかけた。アキラはその声も無視して、階段の頂上にたどり着くと、思いシルバーのドアにかけられた鎖の、南京錠に「屋上1」のカギを刺す。カギは難なく奥までささり、回ってガチャリと音を立てた。
南京錠を外して、今度はドアノブの鍵穴に「屋上2」のカギをさす。こちらも難なく奥まで刺さって、回すとガチャ、と音を立てた。
ドアノブをひねると、強い風が吹き、ドアが重くなった。そのまま力を込めてドアを開けると、晴れ渡る空と、眼下に広がる住宅街が小さく広がっているのが見えた。
「ねえ、どうしたの」
屋上に足を踏み入れ、一歩また一歩とフェンスに進んでいくアキラの背中に、壮太が問いかける。
「うるさい」
アキラは前を見据えたまま一言だけ答える。フェンスの前にたどり着くと、ワイヤーの網目に手足をひっかけて、上へ上へと登っていく。後ろで壮太は、少し焦ったように声を上げた。
「えーっ、やめてよ」
「うるさい」
アキラはそれしか言えなくなったかのように同じ言葉で壮太に答えた。
もう決まったことである。誰も止められはしない。頭から落ちよう。そうすれば。
アキラはフェンスの頂点にたどり着くと、一番上をまたいで、今度はフェンスの根元に降りていく。ワイヤーの網目越しに壮太の顔が見えた。驚いたような顔をしている。
「俺は死ぬ。そこで見てろ」
屋上のふちに足を下ろして、壮太に向って言った。壮太は目を見開いて、フェンスのそばまで駆け寄った。
「やめてよ、ペナルティが付く」
「うるさい」
ペナルティってなんだよ、わけわかんないこと言うな。俺はここで死ぬんだから、別にお前にペナルティとやらが付いたって、どうだっていい。
アキラは壮太に背を向けると、屋上のふちの終わりに足を一歩踏み出した。
「じゃあせめて、神社かお寺にお参りに行こう、それからにしよう」
「気持ち悪いこと言うな」
もうアキラは、壮太の意味不明な提案を聞く気はなかった。もう一歩、右足を大きく踏み出し、空中に踏み込んだ。
途端、アキラの体はバランスを崩し、左足を支点にして、頭部が空中で弧を描くようにぐらりと体が傾いていく。
後ろで壮太が「あ!」と叫んだのが聞こえた。
ざまあみろ。お前が第一発見者だ。アキラはほくそ笑みながら、体の全面に空気の圧を受け、頭から真っ逆さまに落下した。
何か鈍い音と、頭に大きな衝撃を受けたような気がした。
アキラは、アラームの音で目を覚ました。
自室のドアの前で、制服を着たままうずくまって眠っていた。
「えっ」
アキラは飛び起きた。首にはたゆんだビニールひもが引っかかっている。
「なんで?」
腹部を確認すると、靴跡がついていた。首に絡んだビニールひももそのままに自室から飛び出すと、ツムグの部屋にノックもせずに飛び込む。
誰もいない。両親の部屋にも同じように飛び込んで、誰もいないことを確認した。
靴も履かないまま部屋の外に飛び出して、マンションの共用部の通路から外を見る。目を凝らして見える道のすべてを探したが、走る車も、散歩する犬と人も、朝のランニングをする大学生も、通勤するサラリーマンも、人っ子一人見当たらなかった。
「夢?」
小さくつぶやくと、エレベーターがアキラのいる階に停止する音が遠くに聞こえた。ドアが開く音と、スニーカーの足音が2、3歩分聞こえた後に、「あ、いた」と聞き覚えのある声が呟くのが聞こえた。
恐る恐るそちらを振り返ると、壮太がいた。
壮太は「もう」とかなんとか言いながら、アキラのもとに小走りで駆け寄ってきた。
「なんで?」
アキラは壮太から目を離すことができなかった。なぜここにいるのか、この街がどうなってしまったのか、何もかもへの疑問が一言だけ口からこぼれた。
壮太は微笑んだ。
「死んだからペナルティついちゃったよ。今日一日行動制限。ライフ減らなくてよかったね」
「ライフ・・・?」
壮太はまた少し口角をあげて余計にほほ笑んだ後、共用部から見える街の、通りを4本ほど隔てた付近を指さした。
「大体あそこまでだよ。今日はここから、あの地点までの半径内でしか動けない」
「・・・・・・」
アキラは壮太が何を言っているのか、まるで理解できなかった。
「いきなり死ぬと思わなかった」
壮太はアキラに向かって言った。顔は微笑んだままだ。
「死ぬとペナルティがつくから、あんまり無駄に死なないほうがいいよ。あと、クリア条件についてなんだけど――」
「まて、まてまて・・・」
アキラは頭をおさえながら壮太を制した。困惑するアキラに対して、壮太はきょとんとして、しゃべるのをやめて壮太を見た。
「あ、そういえば、握手」
壮太は気づいて、右手をアキラに差し出した。アキラは一歩後ずさりをした。
「・・・お前、さっきから何言ってる?」
「え?」
アキラがやっとのことで発した言葉にも、壮太はきょとんとした表情をした。しばらくその状態で静止した後、「そうか!」と合点がいったような顔をして笑った。
壮太は笑顔でアキラに言った。
「僕はプレイヤーで、君はキャラクター。これからゲームが始まる。クリアするまでは多分君は家族に会えないんじゃないかな。途中棄権もできない」
「待て、何にもわからない、何もかもわからない」
アキラはもはや、同じ言葉を繰り返すことしかできない。
「えっと、何がわからない?何が聞きたい?」
壮太は、まるで大人が聞き分けのない子供に対してするような話し方でアキラに問いかけた。アキラはその態度に一瞬腹立たしい気持ちになったが、しかし、壮太はこの現状の大体のことを理解しているらしいと踏んで、深呼吸をした後、やっとの思いで壮太に対して問いを発した。
「一つずつ聞きたい、なんで誰もいなくなってるか知ってるのか?」
強張った表情のアキラとは対照的に、壮太は朗らかに笑った。
「えーと、ゲームによっていろんなパターンの会場が用意されてる。ぼくらのゲームは、この街には人がいない状態で始まるみたいだね。街の外がどうなってるかはまだわからないけど」
思いのほかあいまいな返答に、アキラは眉間にしわを寄せた。
「そのゲームってなんだ?」
アキラがまた聞くと、壮太は少しだけ考えて、また答えた。
「このゲームはクリア条件があって、それをクリアすると元通り。クリアするために、プレイヤーとキャラクター、力を合わせて頑張ろうね。クリア条件はプレイヤーによって違って、僕もまだ知らない」
アキラはそれを聞いた後、たっぷり三拍置いてから、うめき声をあげた。壮太の表面をなぞるだけの要領を得ない回答に、座り込みたくなった。
アキラは目をぎゅっと瞑りながら、眉間を揉んだ。小学生の時、隣のクラスで学級崩壊が起こっていた時に、学年主任を務めていた中年の教諭がしていた仕草を思い出して、問いへの答えを得れば得るほど混乱していく心中を落ち着けようと、その仕草を真似してみる。
物事は解決しないが、なぜこの仕草をしていたのかはなんとなく理解できるような気がした。
「ほかに聞きたいことは?僕にわかることなら何でも答えるよ」
壮太はそんなアキラを見てまた能天気に笑った。
アキラはじっとりとした目で壮太を見据えて、意を決して言った。
「・・・お前はなんだ?」
壮太は「あー」と言った。
「確かに、そうか。そこからだ。僕は――」
壮太がしゃべりだそうとした瞬間、壮太が先ほど指をさして示した街の方向から、電磁音のような、虫の鳴き声のような、ジジジという音が聞こえた。
二人でそちらを見ると、ホログラムのような光が集まり、空中に巨大なスクリーンのように広がった。ホログラムのスクリーンが空中で完成されると、学校のチャイムを模した音が鳴り響く。
『ただいまより、ゲームを開始します』
ホログラムのスクリーンに、文字が出力されるとともに、電子音で構成されたアナウンスが街中に鳴り響いた。人々の声を一文字ずつコラージュしたようで、ホログラムのスクリーンに表示された字幕がなければかなり聞き取りづらい。最初の字幕が消え、次の字幕が生成され、奇妙な音声がまた読み上げる。
『ミッションを発表します』
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