読書録 2024年3月

宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』(新潮文庫)

 およそ5年ぶりに宮沢賢治の短編集を再読。以前読んだ時は「よだかの星」がお気に入りだった。平泉 旅行の道中で読んでいたのだが、読みやすくて旅のお供に適していた。
 柔らかい文体に包み隠されているけれど、賢治は人間社会を辛く苦しいところだと認識しているんだなと感じた。最も記憶に残ったのは「猫の事務所」の終わり際。窯猫がいじめられている様を見た獅子が放つ「そんなことで地理も歴史も要ったはなしでない。」という台詞。

永嶺重敏『読書国民の誕生 近代日本の活字メディアと読書文化』

 近代日本において、読書習慣をもった国民=「読書国民」がどのようにして誕生したのか、統計的に探る研究。
 特に面白かったのが三章から四章にかけて。鉄道の発達に伴い、鉄道旅行を通じて社会階層に関係なく人々が「旅中無聊」を感じる中で、車中読書のあり方が均質化されることを通じて人々の読書のあり方も均質化していくという議論や、「旅中無聊」の産業化という形で、官主導ではなく民間から読書国民の発達を促すことになったという議論などを楽しく読んだ。明治期の日本人たちが主体的に「文明化」を志していたことを引用資料等から感じられたことも良かった。アンダーソンの『想像の共同体』はいつかちゃんと読まなきゃいけないと思った。

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上』

 村上春樹の長編小説。脳内でコンピュータのようなことをする「情報士」を主人公とした「ハードボイルド・ワンダーランド」の章と、壁に囲まれ、一角獣が住む幻想的な世界が描かれる「世界の終り」の章が交互に描かれている。
 村上春樹の小説は、世界のことや自分自身のことを十分に把握しきれていないと自覚している男性主人公が、本や音楽やアルコール、性行為などを通じてなんとか世界の輪郭を掴もうとしていく様が描かれているイメージがあって、本作を読んでいてもその印象が強化された。特に主人公が一時的にインポテンツになるくだりは、自分の身体ですら思い通りにならないことをリアルに描いていると感じた。
 「壁」「影」「やみくろ」等の比喩が世界観を想起しやすいので、読みやすい気がする。
 第一次世界大戦期・革命期のロシアの話が出てきたので、戦争による喪失と無力感が本作のテーマなのかなと、上巻を読み終えた段階では思っている。

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 下』

 「ハードボイルド・ワンダーランド」では男が地下を探検するスリリングな展開の後、男の穏やかな最後の日が描かれる。「世界の終り」では、男が外の世界があることを知り、外へ出ようと画策するも最後は自分が作った壁の中の世界へ残ることを決める。どちらも自分の周りにある世界を祝福して終わっていく印象。自分を取り囲む世界を完全には肯定できないながらも、どうにか折り合いをつけていくエンデングで心穏やかに読み終えることができた。
 前半部を読んだ段階では、「戦争」がテーマだと思っていたけれど、後半を読んでからは(強いて言えば)「革命」とその失敗(東西冷戦の終焉と資本主義国の勝利)がテーマなのかな?と思っている。革命がうまくいかなくても生きていかなければならないし、それは悪いことばかりではないんだというような。いずれにしても、壮大なテーマに想いを馳せる読み方よりも、ささやかな人生讃歌として読むので十分な気がする。

豊川斎赫編『丹下健三建築論集』(岩波文庫)

 日本を代表する建築家・丹下健三の論集。映画『傷物語-こよみヴァンプ』を見て、丹下について知りたい気持ちが強くなっていたので購読。
 丹下の建築論は、かたや機能主義への盲信を批判しつつ、「もののあはれ」と呼ばれるような受動的な自然の模倣や自然賛美をも批判し、自身の美的感性によって、最新の建築技術も取り入れながら創造をすすめるべきと説くものだと理解した。「グロピウスの残した余韻」で、分かり辛かった"内からの伝統"について理解を深めることができてありがたかった。
 巻頭の「MICHELANGERO頌」で、若き丹下の耽美的な感性が表現されていて、面食らいつつ楽しく読んだ。

小川哲『君のクイズ』

 1000万円の賞金がかかったクイズ番組の決勝戦。クイズオタクの三島は、「万物を記憶した絶対王者」ことクイズタレントの本庄絆の「ゼロ文字押し」に敗北する。ヤラセを疑う三島は、「ゼロ文字押し」の謎を追っていく...という筋の小説。
 競技クイズを通じて、知識が自分の人生と接続していくことの楽しさが描かれている。クイズ一問一問に自分の人生を重ねていく展開はこれまでに読んだことがなく、新鮮な気持ちで楽しめた。オチの部分では、ビジネスユーチューバーに対する現代人の冷めた感覚をうまく掬っているなと思った。

米澤穂信『巴里マカロンの謎』

 〈小市民〉シリーズ第四作。『夏季限定』後の四作が編まれている。これまでの三冊に比べれば、事件はどれも平穏なもので、気楽に読むことができる。「伯林あげぱんの謎」のオチのような米澤の柔らかいユーモアはかなり好き。
 『冬期』の発売も夏のアニメ化も楽しみですね。

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