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祖父と見る世界

最近はスマホが進化したことで、わざわざカメラで写真を撮るということをする人は以前より減ったように思う。一部の調べによれば、スマートフォンの販売台数の増加に伴ってカメラの売り上げは大幅に減少し、今やカメラの販売台数はピーク時の1/10近くにまで落ち込んでいるという。今いわゆるカメラといえば、デジタルカメラが主流だ。デジタルデータならば、後から加工や編集をして自身の思い通りの"画"を作り上げることができる。現代はSNSの進化も相まって、そういった"作る"ことが求められている場面が多い。アプリやソフトを使ってより簡単に画を作ることができるスマートフォンが売り上げを伸ばすのは当然のことだろう。

  だが、かつては写真を作るというのは、そう簡単なことではなかった。なぜなら、そもそもデジタルデータではなかったからだ。ほんの二十数年前まで、写真記録の主流はフィルムであった。今の若い人ではフィルムというものをそもそも見たことがない人も多いだろう。

フィルムは光を化学反応で記録する。詳細な化学反応機構はここでは割愛するが、フィルム上で起こる化学反応は一度起こってしまうと元に戻すことはできない。この性質故、デジタルデータのように後から追加工をするということが難しく、そこにはデジタルとは違った奥深さと面白さがある。

 前置きが随分と長くなってしまったが、ここからが今回の本題である。私は、趣味で鉄道写真をやっている。はじめての一眼レフカメラは中学の時に中古で買ったキヤノン EOS Kiss Dだった。EOS Kissシリーズ初のデジタル機だ。私が生まれた頃こそカメラはフィルム全盛期であったが、小学校後半になろうかという頃には既にデジタルが市場を席巻していた。故にフィルム一眼レフには触れることなくデジタルで写真を始めたのだった。知り合いがフィルムカメラを使っており、フィルムにはフィルムの"色"があるのは知っていたが、なかなかそれに手を出す動機がその頃はまだなかった。

私がカメラを始めてしばらくたった大学生のころ、唐突に祖父がこの世を去った。祖父はこれといって特段の趣味というものがある人ではなかったが、カメラと車だけはいいものを使いたがる人だった。そして、私に遺品として一台のカメラがやってきた。ニコンF4sだ。Fという文字でお気づきの方もいるかもしれないが、F4sはフィルムカメラである。F4sは1988年に発売されたモデルで、外装にエンジニアリングプラスチックを使っていること、オートフォーカス機能を搭載したこと、種々の露出制御を搭載したことなど、当時としてはかなり画期的なカメラであった。ただし、それが故に販売価格は、前代のF3が13万円程度にあったのに比べてF4sは24万円になるという高級機になってしまったのだった。(当時の大学卒男性の初任給が15万円程度であるということを考えると当時としても些か高価であることがわかるだろうか。)

 記憶が正しければだが、私が物心ついたころ以降、祖父がF4sを使っているのは数回しか見たことがなかった。故に、受け継いだ時にはすでに故障しているのではないかと思っていた。だが、インターネットでマニュアルを調べて、電池を入れ換えて起動してみると、驚くことにF4sはシャキン、シャキンと軽やかなメカニカルサウンドをたててシャッターを切るではないか。これを契機に、私はフィルムカメラを始めることにした。

 

祖父はドライブによく連れて行ってくれる人であった。祖父と私が写っている写真を見返すと、どこかへ旅行したときのものが多い。フィルムといえば多くの場合36枚撮りが標準であるので、そういった特別な時だからこそ記録しなければ、となったのかもしれない。

 そんな祖父は、生前よく私と海外へ行ってみたいと言っていた。私が小学生のころに祖父は癌を患い、手術こそ成功したものの、それまでの生気はなく、ついぞ海外へは行くことが出来ずに他界してしまった。私は趣味で鉄道写真をしているが、最近のメインは国内ではなくもっぱら海外、特に欧州だ。そこで、いつも欧州に飛ぶ際は荷物に余裕があれば必ず祖父のF4sにフィルムを詰めて渡航することにしている。

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△スイス ウリ州 ヴァッセンにて撮影 (使用フィルム:フジフィルム プロビア100)

 祖父の見れなかった世界を、祖父の覗いたファインダーで切り取る。祖父とともに旅し、祖父とともに世界を見る。これが私が今後もできる最大の祖父孝行であると、そう思っている。祖父は生前口癖のように、私が結婚するまでは元気でいたいと言っていた。今では叶うはずもない願いだが、せめて、F4sで結婚式でも記録できればすこしは許して貰えるだろうか。もっとも、そんなことがこの先あるのかは甚だ疑問ではあるのだが。

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 △祖父のニコン F4sと私のメイン機キヤノン EOS 5D mark IV、そしてF4sで撮影した写真


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