言葉の使い分け
5年ほど前、大学に入学したばかりの留学生に自己紹介文を書いてもらった。「わたしがみなさんを覚えられるように書いてください」というと、背格好や着ている服、その日座っていた席などを書いてくれる。その中に、
わたしのヘアスタイルはバングで、色は茶色です。
という一文を見つけた。バング……なんですか、これは。きっと何かの言葉と間違っちゃったんだろうな、パンク??
わからないのでネットで調べてみると、前髪を垂らしたスタイルだということがわかった。前髪パッツンスタイルがはやっていたときだ。
次の週に「バングって何かわからなかったんですよ」とバングの彼女に言うと、「え?本当ですか。ふつうの言葉だと思ってました!」。
ふつうの言葉。何が普通かという定義は難しいが、一般に通じる言葉という意味で使っているのだと思う。
またあるクラスでは、知っている「性格の言葉」をあげてもらうと、明るい、努力家、楽天的、などのスタンダードな言葉に続いて、「中二病!」と出てきた。留学生は「みんな知ってますよ」と顔を見合わせ、アニメやゲームが好きな彼らの間では身近な言葉のようだ。(ちなみに自己中心的は、ジコチューでインプットされていた)。そうか、中二病か。でもこれって性格を表すことば?自己顕示欲が強いとか劣等感が強くて物事を斜めに見る傾向があるとかを含んではいるけど、ね。
バングにしろ中二病にしろジコチューにしろ、彼らが属するコミュニティーで使われていたり日常のコミュニケーションに必要だったりで覚えていった言葉だと思う。自分に必要な言葉を数多の語彙表現から見つけて覚えていく。これは大切なスキルだ。人によって、必要な言葉は違うのだから。
でも、彼らにとって難しいのは、それがふつうの言葉なのかそうでないのかを区別することだ。バングがどこまで市民権を得ているかは知らないが、わたしにはわからなかったし、中二病という俗語がどんな人になら伝わってどんな状況なら使っても違和感ないかということが彼らにはわかりにくい。日本人学生なら、その言葉が俗語なのか業界用語なのか流行語なのかだいたい区別がつくだろう。しかし、留学生が言葉の生まれた背景まで知ることはなかなか困難なこともある。おまけに、日本語は話し言葉と書き言葉の区別や待遇表現も厳密だ。それで、コミュニケーションがうまくいかなかったりすることもある。
言葉の使い分け。難しいけど、日本語の特徴でもある。特に今、IT業界の変化は凄まじく、それに応じてカタカナ語も増え、ふつうの言葉の範囲が拡大している気もする。「語彙が多すぎる~」と日々奮闘している彼らを叱咤激励しながらも、心からすごいと思っている。