プラズマテレビ
プラズマテレビに次々と映し出される事件や事故の現場。報道番組は物騒な事件の数々を、できる限り多くの国民に知らしめようと苦心している。わたしは黙ってそれを見つめていた。ほかにすべきこともなかったから。わたしの隣で座っているその人は相変わらずトマトジュースを飲んでいる。グラスを置いて、その人は言った。「ニッポンももはや安全じゃなくなった」と。グラスのふちから、たらーっとトマトジュースが伝って垂れていく。わたしはその人のことを見るかわりにグラスを見ていた。飲み干されたトマトジュースを見ていた。たぶんわたしがその人がどんな顔、姿をしていたかをうまく思いだせないのは、そもそもわたしがその人のことをちゃんと見ていなかったからだと思う。だからわたしは、その人が飲んでいたもの——トマトジュース——のことだけを鮮明に憶えている。わたしは確信を持って、その人がトマトジュースを飲んでいたと言い切ることができてしまうのだ。
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