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少年の目に映った歴史の1コマ『ベルファスト』

港の風景から始まり、空から街を紹介していく。タイタニック号が造船された街として知られ、その博物館が見える。

画面はカラーからモノクロへ。

1969年8月15日。北アイルランドのベルファスト。通りで遊ぶ子供達。「ごはんよー!」と呼ぶ声。
その日、9歳のバディ少年は目撃した。暴徒の襲撃を。

プロテスタントの強硬派がカトリック教徒の家々に投石し、火炎瓶で焼き討ちしたのだ。通りの両側にはバリケードが築かれ、軍隊が出動する大事件となり、平和な日々は奪われた。
「北アイルランド紛争」が勃発したのだ。

ここで、アイルランドの歴史に触れておこう。
紀元前4000年頃、大ブリテン島にはケルト人が農耕や牧畜をして暮らしていた。
12世紀にアングロ=サクソン人が移住してきた。妖精を信じ、歌や踊りを愛するケルト民族は一溜まりもなかった。土地を奪われ、民族の半数は殺され、人々は不毛の土地、アイルランド島に逃れ、北の荒れ地でジャガイモを主食として生き延びた。

1649年にクロムウェルに征服され、アイルランドはイングランドの植民地となった。
18世紀以降、独立運動が高まり、過激化していった。
1801年に北アイルランドはイギリス領、南部はアイルランド自由国となった。1919年にアイルランド共和国宣言がなされるが、英連邦から離脱し、正式にアイルランド共和国となったのは1949年であった。

一方、イギリス領となった北アイルランドはプロテスタントに実権を握られており、少数派のカトリック教徒は差別され、厳しく弾圧された。

そもそもアン・ブーリンと再婚したかった英国王ヘンリー8世が、離婚を禁じるローマ教会(カトリック)から独立し、プロテスト(抗議)したからプロテスタントなのだが、英国国教会はカトリック的教義をそのまま残している。それなのにカトリック教徒に改宗を迫り、従わない者を弾圧した。

こうして、同じアイルランド人同士が衝突し、1920~30年に流血の惨事が繰り返された。イギリスは警察と軍隊によって鎮圧に当たったが、宗教の自由を求める一派と不満分子、王制反対派が入り混じり、事態は悪化する一方だった。

映画に話を戻そう。


バディ少年は両親と兄の4人家族。近くには祖父母もいて、みんなに愛されている。成績はまあまあだし、同じクラスに好きな女の子がいる。将来はサッカー選手になる夢を抱いている、ごく普通の男の子。
その普通の暮らしが破壊されてしまう。通りで遊べなくなる。家族にも危険が及ぶ。

バディの一家はプロテスタントだが、近所のカトリックの人達とも仲良くしている。愛しのキャサリンもカトリックだ。どうして争わなければいけないの?

ロンドンに出稼ぎに行って週末に帰ってくるパパは、「この街は危険だ。家族を守りたい。ロンドン郊外で一緒に暮らそう。」と誘うが、ママは、「この街に人生のすべてが詰まってる。ご近所の誰もが顔なじみ。街のどこでも遊べて、みんなが子供の世話を焼いてくれる。」と言って反対する。

この映画は実話である。イギリスの名優であり名監督であるケネス・ブラナーが自身の幼少期を描いた自伝的作品で、監督・脚本・製作のすべてをやってのけ、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞で脚本賞を受賞した。(2021年製作)

実際に住んでいる人達にどいてもらう訳にはいかないからと、建築チームと美術チームが協力してセットを組んだ。通りを造り、その両側に実寸で家々を建てたのだ。監督の愛する故郷なのだからと、スタッフ全員が心を一つにして創り上げた映画だ。その熱情がスクリーンから溢れ出してくる。

一家はよく映画を観に行くが、映画のワンシーンを一目見ただけで、『真昼の決闘』、『リバティ・バランスを撃った男』、『チキ・チキ・バンバン』など、5作全部当てられて、「さすが映画ファン」と、自画自賛。

主演のバディ少年(ジュード・ヒル)は表情豊かで、のびのびしていて素晴らしい!やんちゃだが、礼儀正しくて愛くるしい。
大人の俳優達も全員がアイルランド出身で、セリフはすべてアイルランド訛りの英語だ。
特筆すべきはおじいちゃん役のキアラン・ハインズと、おばあちゃん役のジュディ・デンチ。作らない、自然体の演技が見事!
おじいちゃんの「長すぎる犠牲は心を石に変える。人が何かを学ぶには、胸の高鳴りが必要だ。」という言葉が心に残った。

ラストシーン。
おじいちゃんの葬儀を終え、一家はバスに乗り、ロンドンへと旅立って行く。
彼らを見送るおばあちゃんの顔が画面いっぱいのクローズアップになる。
「そうよ、行きなさい。振り返らずに。いつも想っているよ。」

どんなに辛くても常に前を向き、歌って踊って、ユーモアを忘れないアイルランド魂。家族の絆。
悲惨な紛争を描いているのに温かい。
その温かさがじんわりと伝わってきて、観終わった後の涙は心地良かった。

最後に。
1989年に講和が実現し、やっと平和が訪れた。


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