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チョコレートと年収1千万の女

本日の主人公
Age:35
Job:広告代理店

夕食後に一息。楽しみにしていた海外ドラマを再生し、サロン・デュ・ショコラで調達したチョコレートのリボンを解く。

いちゃつくカップルの後ろで、日経オンラインを聞きながら1時間も並んで手に入れた代物だ。

いかにも高級そうな箱は、人気ショコラティエのサイン入り。

宝石のように光る真っ赤なそれを口に運ぶと、小さなそれは滑らかに私の中で溶け出した。

ワイングラスに手を伸ばすと、同時に業務用SNSの通知音が響く。

携帯を見ると、クライアントから「電話できますか?」の文字。これ以上ないくらいげんなりするも、朝イチの仕事に関わる緊急事態を考えると、応じない選択肢はなかった。

不快な着信音に続く声。そこから1時間近く話し彼はこう言った。「コミュニケーション不足だと思うんすよ」。

「夜、明日でもいいような内容で、外注先に電話できるあんぽんたんとコミュニケーションをとったところで、スムーズに仕事できるわけないと思いま〜す!」

女子高生が相手をバカにするような口調を思い浮かべながら、はい・そうですよね・承知しましたの3語を繰り返した。

こんなときには、自身の意見を押し通さずできる限り穏便に。我慢してでも、できる限りその案件を早く終わらせるのがベター。

そして、二度と一緒に仕事をしない。

でも、核爆弾とも思われた夜中の電話はまだ序の口だった。

「aで進めていた件、やっぱりbにしていただけませんか?」

あなたの部下から1時間前に、aとご指示いただいたとこですが……

いや、何度も確認しましたよね?

うん。私、三回は確認しましたよ。

「僕らは、何度も繰り返してブラッシュアップしていきたいんすよ」。

もちろん、予算をご検討いただければ、対応しますよ?

予算はない、仕事は増やせ。
あなた、バカでいらっしゃいますの?

長い間働いていると、感情を表に出さない技が身についてくる。

でも、毎回顔面がピクピクしそうなくらい苛立つのは何年たっても変わらないし、夜はひとり自身の選択が正しいのかを自答し、その度に少しだけ傷つく。

「甘いものは、心を落ち着ける」。どこかで聞いて以来、仕事とチョコレートは、もはやセットになりつつある。

男は気分にムラがあるけど、チョコレートはどんなときだって私に優しい。

とはいえ、敵陣に向かう途中愛する名店に寄れるはずもなく、コンビニで1番高いチョコレートを選んだ。

大丈夫。チョコレートがついている。

敵陣へ足を踏み入れると、彼は笑顔で私を迎えた。

「いやぁ、今回は本当にありがとうございました。なんでも迅速にご対応いただいて、本当にスムーズに、楽しくお仕事させて頂けました。次回もよろしくお願いします」。

そしてもちろん、私も笑顔で応える。

「こんなずさんな体制で、名刺にディレクションと記載なさるなんて、日本語の意味がわからないのですね。

ふふっ。また次回なんて、あなたの頭はどうかしてらっしゃるのかしら?」

デビィ夫人が芸人を罵るように、敵を一喝したことを思い浮かべて一呼吸。チョコレートの舌触りを想像して、とびっきりの笑顔を作る。

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。またのご縁を楽しみにしております」。

仕事が終わったら、芳醇な香りと丸っこいフォルムのフランス産を調達しようと、ウキウキしながら自社に戻ると「お疲れさま〜」と同僚がキットカットを差し入れてくれた。

チョコ好きって言ったものの、これは違う……なんて考えてるから結婚できないんだろうなと思いながらも、人から貰うそれはまた格別。

ありがたやチョコレート。

お疲れさまひねくれ者の私。

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