熱帯夜
「ほんと、幸せ、夢みたい。」
女は男の腕につっと指を這わせる。
「夢だったりして。」
男は大きく伸びをする。
纏わりつく夏の夜の空気が開け放たれた窓から入り込んでくる。
暗い部屋の天井に映る車のライトがすーっと通り過ぎる。
扇風機が静かに回り、ベッドの上には薄着の男女が寝転んでいる。
「ずっと一緒?」
女が身を起こし、ベッドが軋む。
「死んでも一緒。」
男は女の髪をかきあげ、そっとキスをする。
遠くで救急車のサイレンが聞こえた。
閑静な住宅街では一際よく響く。
女は欠伸をする。
「あぁ、眠たい。もう寝てもいい?」
「寝よう。おやすみ、また明日。」
男は微笑んで、女の頭を撫でる。
ぬるい風が薄っぺらいカーテンを揺らす。
窓の外の消えかけている街灯がぱっぱっと点滅する。
救急車のサイレンが近づいてきた。
「ずっとこのままでいたい。」
「同じ気持ち。」
抱きしめあったまま微睡み始める。
救急車のサイレンがもうすぐそこまで来ていた。
「こないだのICUに運ばれた患者さん、まだ意識が戻らないんですって。」
白い廊下をすたすた歩くナースたちが話していた。
「あの心中カップルでしょ。助かってよかったよね。」
集中治療室のベッドの上には、簡易な服を着た男と女が幾つもの管に繋がれて横たわっている。
「幸せな夢でも見てるのかね。穏やかな顔してる。」
「ふーん。だと良いね。」
「ほら、仕事するよ。」
病室には男と女が横たわっている。
ナースたちは廊下をパタパタと去っていった。
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