言語沼
何気ない言葉や発音に法則があり、母語話者はそれを知らず知らずのうちに使い分けている、という話。
具体的には、
・魚についているのは「尾びれ」と濁るけれど、話についているのは「尾ひれ」と濁らないのはなぜか。
・「俺、スイカ好きなんだよね」とは言うけれど、「俺、スイカのことが好きなんだよね」には違和感がある。
・怪獣の名前はなぜ「ガギグゲゴ」なのか。
・「えーっと」と「あのー」のちがい。
・「壁をペンキで塗る」と「壁にペンキを塗る」のちがい
などです。
実際にあるラジオ番組を元に作られているため、堀本さん、水野さんの会話形式で綴られています。
掛け合い漫才のようで、中学生でも楽しく読めますが、端々に雑学や蘊蓄が盛り込まれ、また言語に関しては噛み砕いて説明しながらも「連濁」「アニマシー」「音象徴」「タケテ・マルマ実験」「阻害音」「共鳴音」「濁音減価」「フィラー」「調音点」「前舌母音」「中舌母音」「後舌母音」などの専門用語も頻出し、真面目に学べる本です。
魚についているのは「尾びれ」と濁るけれど、話についているのは「尾ひれ」と濁らないのはなぜか。
話についている「尾」と「ひれ」は”並列関係”にあり、魚についているのはひれの中でも尾の部分、つまり「尾」が「ひれ」を説明している”修飾関係”にあります。
並列関係では”連濁”しない、修飾関係のときは”連濁”する、という法則があります。
修飾関係のときに連濁する例を上げると、
日と傘で、日傘(ひがさ)
夫婦と箸で、夫婦箸(めおとばし)
和と太鼓で、和太鼓(わだいこ)
勉強と机で、勉強机(べんきょうづくえ)
おもしろいのが、日本語には成立しますが、外来語には適合しないこと。
キッチンとテーブルで、キッチンデーブルにはなりません。
しかしキッチンと鋏でキッチンバサミなので、片方が日本語なら濁るんですね。
並列関係では連濁しない例も上げます。
鶴と亀で、鶴亀(つるかめ)、つるがめとは言いません。
中学生と高校生で、中高生(ちゅうこうせい)、ちゅうごうせいとは言いません。
習ってもいないのに、自然にできていたんです、すごいですね。
「俺、スイカ好きなんだよね」とは言うけれど、「俺、スイカのことが好きなんだよね」には違和感。
簡単に言うと「生物」か「無生物」かですが、実際に生きているか、いないか、ではありません。
本の中ではタモリさんを例にあげていました。
A「俺、タモリが好きなんだよね」
B「俺、タモリのことが好きなんだよね」
両方ありそうです。
Aの場合はテレビ越しに見るタレントとしてのタモリさん、Bの場合は共演して親しくなった、あるいはタレントとしてであっても、Aに比べると思い入れが深い、特別感があります。
言語学では”アニマシー(有用性)”と呼んでいます。
これは「いる」と「ある」にも使えます。
「猫が机の下にいる」
「りんごが机の上にある」
猫は生物だから「いる」で、りんごは無生物だから「ある」です。
生物か無生物かで判断するなら、
「ヘリコプターはあそこにある」になりますが、
「ヘリコプターはまだヘリポートにいるんでしょ? 急げば間に合うよ」のときには「いる」が成立します。
今にも飛び立ちそうなヘリポートには、”有用性”があるからです。
怪獣の名前はなぜ「ガギグゲゴ」なのか。
ソクラテスは「音には意味がある」と考えていました。
これを”音象徴”といいます。
・ぴよぴよ泣くから「ひよこ」
・ふーふーいうから「吹く」
現代言語学の父と呼ばれるソシュールは「音には意味がない」と考えました。アンチ音象徴派です。
その対立は今もなくなったわけではないのですが、心理学分野の実験などによって、音象徴はある、の方へ傾いています。
ミル・マル実験では、大小2つの机を並べ、「どっちがミルで、どっちがマルですか?」と被験者に問いました。
するとほとんどの人が、小さいほうがミルで、大きいほうがマル、と答えたそうです、世界的に。
そこで母音の「あ」と「い」では、あ>い という法則があることがわかりました。
子音の場合は ”阻害音”>”共鳴音” と考えられています。
阻害音は、k、s、t
共鳴音は、n、m、y、r、l、wなどです。
「かずこ」さんという名前と、「ゆきの」さんという名前では、かずこさんのほうが強そうに聞こえる…、実験的にそうらしいです。
もう1つ”濁音減価”という考え方があります。
たとえば「たま」と「だま」では、「だま」のほうがよくない感じ。
「たま」は玉にしろ珠にしろ褒めことばですが、ホットケーキミックスの中にできちゃった塊は「だま」です。
「果てる」はやり遂げた感がありますが、「バテる」はリタイヤ感があります。
怪獣の名前がなぜガギグゲゴなのか、答えがでました。
強そうな”阻害音”+悪そうな”濁音減価”
「えーっと」と「あのー」のちがい。
A「あのー、ちょっといいですか?」
B「えーっと、ちょっといいですか?」
Bのほうちょっと横柄な感じがしませんか?
「あのー」は、相手に対して、どう切り出そうか、どう伝えようか、相手を思っての言い淀み、です。
「えーっと」は、自分の頭の中で考え事をするときに使う言葉で、その独り言が口から出た感じがします。
「あのー」は謙虚で、「えーっと」はぞんざいなんですね。
例えば取調室で、「えーっと」は刑事さんが使い、「あのー」は容疑者が使う感じがします。
「壁をペンキで塗る」と「壁にペンキを塗る」のちがい。
A「壁をペンキで塗る」
B「壁にペンキを塗る」
Aは、壁全体をペンキで塗った感じ。
Bは、壁全体なのか、壁の一部なのか、わかりません。ちょっと落書きをしたときも使えます。
A「週末、ぼくは◯◯山を登った」
B「週末、ぼくは◯◯山に登った」
Aは、山頂まで行き、山を征服した感じがします。
Bは、途中まででも使えそうですし、車だのケーブルカーだのを使ったかもしれません。
A「食うか食われるかの乱世を生きる」
B「食うか食われるのか乱世に生きる」
Aは臨場感がありますが、Bはやや人ごと感があります。
楽しいですね、続巻が待たれます。
なお、あてはまらない用例もたくさんあり、あくまでも傾向だそうです。