磁器婚旅行は奈良・京都へ
10月20日(日)ー22日(火)
結婚20周年のことを、磁器婚式と言うそうです。
九條正博さんが教えてくれました。
錫(10周年)より固く、真珠(30周年)より脆いという意味かしら。
今回の奈良旅行は、今までの旅行の中でも、贅沢な旅行でした。
考えてみれば娘たちが生まれてから20年、大人ふたり旅行は初めてです。
娘が小さかった頃の旅行は、大騒ぎでした。
特に3歳までのおむつの時期は、二泊三日でも、
引っ越しですか?
と言われるほどの荷物。
運転席のバックミラーから、荷物しか見えない。
暑いかも寒いかも雨が降るかも汚れるかも。
全方向へ向けた衣類の用意。
アレルギーが出るかも熱が出るかも吐くかも怪我するかも。
全方向へ向けた薬の準備。
そして実際に、今回は何事もなかった、というときがありませんでした。
山梨でも千葉でも救急車に乗りました。
上海では4泊5日中、ふたり順番に1日ずつ寝込んでいました。
温泉へ入っても、娘の髪の毛を洗って身体を洗って、もうひとりの娘の髪の毛を洗って身体を洗って、自分の髪の毛を洗って身体を洗ったら、もうへとへとじゃない?
温泉から出たら、娘の身体を拭いて浴衣を着せて、もうひとりの娘の身体を拭いて浴衣を着せて、自分の身体を拭いて浴衣を着たら、汗だくじゃない?
食事をしても、最後は床を掃除してからレストランを出ていきます。
子育て中の旅行って、出張と同じです。
家でやる仕事を、外でやるだけ。
動き回る子どもを見るのが精一杯で、景色なんて見ている暇はありません。
最近になって、夫と出かけることが多く、
「ここ、前にも来たことあるよ」
と夫に言われても、私はまったく記憶にないんです。
でも、「あ、あの駐車場、◯◯ちゃんが転んだとこ」「あの薬局、おしりふきが足りなくなって買ったところ」「あのおそば屋さん、◯◯ちゃんが湯呑み割っちゃったところ」は、覚えている。
前置きが長くなりました。
そう、夫とふたりの旅行が贅沢だったという話でしたね。
結婚20周年記念なんていうと、ゴージャスな旅行を思い浮かべる方が、もしかしたらいらっしゃるかと懸念し、あらかじめ比較対象をはっきりさせておきたかったのです。
うちのこれまでの旅行なんてこんなもので、その中で比較すると贅沢だったという話です。
ホテルの最上階のラウンジで、グラスの縁に塩のついたお酒を飲んだり、川床で鰻を食べたりしていませんよ。
何が一番贅沢だったって、夫が荷物を持ってくれるところ。
スクーリングで奈良へ行くときは、教科書とパソコンが重くて、ゴロゴロする腕も筋肉痛。
今回はぜーんぶ夫のトランク1つに入ったので、私は手荷物だけ。
観光中は、夫のリュックが詰め放題。
ペットボトルの飲み残し「持ってあげようか?」と言ってくれる。
暑くなったので羽織を脱ぐと「持ってあげようか?」と言ってくれる。
妻は夫は無限の力持ちだと思っている。
それから大人の会話ができるところ。
夫「奈良って何が名物?」
私「柿ずし?」
夫「さっきご飯食べるところをスマホでちょっと調べてみたんだけど、肉系が多いんだよね」
私「そうなの?」
夫「焼き肉とか」
私「鹿?」←もちろん冗談
夫「ちがうよ、牛とか。あ、あそこ「しかなる」って書いてある」
私「鹿鳴(ろくめい)って読むんじゃない?」
夫「鹿鳴館のろくめい?」
私「そうかと思ったけど、店名だから「しかなる」もあり得るね」
夫「鹿って鳴くのかな?」
私「鹿も鳴かずば撃たれまいに、って言うから鳴くんじゃない?」
夫「そうだね」
私「鹿じゃなくてキジだった。鹿は啼かないよね」
のちに奈良公園で鹿が啼くことが判明。
大人の会話は他の人には聞かせられない。
それからすぐ休んだり、予定変更できるところ。
最初に綿密な計画を建てた(つもりだった)にもかかわらず、
疲れた
足が痛い
バスが1時間に1本しかない
もう飽きた
といった理由によって、計画を断念または変更することしばしば。
最終日は、奈良の飛鳥寺へ行くはずが、京都の龍谷大学ミュージアムに変更された経由は、長くなるのでここには書かない。
トイレからでてきた夫が、
「俺、いつもと違うんだけど、どこかわかる?」とお腹をぶんと突き出しました。
まじまじ見ましたが、どこがいつもと違うのか、わかりません。
「ほら、ここ、バッグがないでしょ?」
ほんとだ、カメラを入れる、ウエストポーチがない。
私「ほんとだね、どうしたの?」
夫「電車に置いてきたみたい」
私「中は何が入っていたの?」
夫「カメラのバッテリーと、メガネ拭き」
私「よかったね、お財布とかカードとか入っていなくて」
夫「うん、この間、いいウエストポーチがあって、買おうかなと思ったけど、まだ使えるからいいと思って買わなかったの。あれを買えばいいよ」
私「そうだね、買い替え時だったんだね」
それからしばらく京都内をうろうろして、新幹線の改札へ向かう途中、遺失物室を発見したので、ついでだから行ってみようと、ぶらり尋ねてみると、なんとウエストポーチが届いていたのです。
奈良の人も京都の人も、いい人!
ごきげんでウエストポーチをつけながら
夫「よかった、これ気に入っていたんだ」
私「さっきは買い替えるつもりだったって言ってなかった?」
行き当たりばったりの旅は、われわれのこれまでの人生の縮図をみるようでした。
若い頃は、デート中、トイレにいくのも恥ずかしかった。
ご飯を食べるときは、咀嚼音がしないドリアやグラタンを選んだ。
ハンカチはアイロンをかけて、必ず2枚持ち歩いた。
あの頃の私はいなくなったけれど。
それはどんなみっともない自分を見せても、夫は絶対に私を嫌いにならないと思っているからで、そう思うにはいろいろあったけど。
私も夫を絶対に嫌いにならないだろうと思っていて、そう思うにはいろいろあった。
遠からず、娘ふたりが旅立って、大人ふたりが残されるだろうという今になって、最後はふたりしかないんだなと、しみじみ思います。
夫婦は他人だというけれど、うちの家族はこのふたりから始まった。
だから、20年間ありがとう。
え?
娘たちが20歳で、結婚20周年って?
そこは知らん顔してよー。
<カバー写真>
東本願寺の廊下ギャラリー。10月22日筆者撮影。