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小説『スクーリング』

FMラジオを忘れたのに気づいたのは、2つ目の駅を通過して間もないときだった。

FMラジオは野外授業で使うのである。教授の話をイヤホンで聴くらしい。アマゾンで買ったのに忘れてきたので、また買わなければならない。
新幹線を降りた京都駅に、ヨドバシカメラがある。1500円くらいで、電池はたぶん別売りだろうから、合計で2000円くらいかかるのはしかたがない。スクリーニングにたくさんお金がかかっているので、2000円はまあ誤差みたいなものだった。

京都駅で会う約束をしていた旧友が、快くヨドバシカメラにつきあってくれた。気遣いの人なので、忘れっぽいね、などと揶揄することはなかった。 実のところ私自身、失敗は失敗として、行く途中で気付いたのは偉いと思っていた。当日まで思い出せなかったら、みじめことになるところだったのだ。

京都駅でカフェを探して彼女と入った。エスプレッソソーダというこれまで飲んだことがない飲み物を頼むと、最初はえんぴつの削りカスのような味がしたが、だんだん慣れた。

彼女と話をしていたら、日が暮れてきて、奈良まで行くのが面倒になったが、行かないわけにはいかなかった。
ヨドバシカメラにつきあってくれたお礼に、カフェ代は私が払った。京都駅のロッカーにトランクを入れたので、ロッカーまで一緒に行ってくれと頼むまでもなく、私が方向音痴なのは彼女も知っていたので、最初からその心積もりだったようだ。ロッカーの番号まで覚えてくれていた。友よ。



野外授業の日。

ならしかトレイン

朝、近鉄電車に乗って大学に向かいながら、遠足を待つ子どもの気分でいた。対向線路に、可愛い車両を発見。奈良には名物「ならしかトレイン」がある。シートは茶色に白のドットで、つり革は鹿の形、床は緑の草原になっている。しかし私が見惚れたのは、「ならしかトレイン」ではなくて、初めて見るモザイク模様だった。

志摩スペイン村ラッピングトレイン


しばしモザイク模様に気を取られて、電車が、がちゃん、と走行を始めた時、今の駅が乗換駅だったことに気づいた。しまった、乗り過ごした。電車は大阪へ向かって進んだ。
次の駅で引き返しても時間は十分にある、けれども、なんだって遠足の日に。とりあえず学友totoに乗り過ごしたことをLINEする。
無事に学校につくと、totoが「間に合ったー、心配したよ」と言ってくれ、後ろでkaikaiとaiaiが笑っていた。

藤原宮跡まで3台の観光バスで行く。
右に見えるのがなんだとか、左に見えるのがなんだとか、さあ今がシャッターチャンスだとか、教授がFMラジオを通じて教えてくれるが、車内のマイクで、それは十分に聞こえた。なおかつ、奈良在住のtotoが、あれが耳成山、あれが天香久山、と教えてくれ、ときどき、あれが私が行っている美容室、あっちが私の会社、と教えてくれるので、乗り物酔いをする暇もなかったが、そんな中でも爆睡している人はいた。kaikaiだ。


藤原宮跡の次は大神神社へ行った。大神神社の由来について宮司が1時間も説明してくれ、またとないありがたいことである。しかし蚊が足に止まろうとするのを避け続けなければならなかった。


それからフリータイムが少しあって、バスに戻るように言われた。私がゆらゆらと参道を戻っていると、バス会社の人が、「popoさんですか? ちょっと急いでもらっていいですか?」と迎えに来た。
どうやら集合時間を過ぎていたらしく、バスは私を待っていた。
もしかしたら団体行動には向いていないかもしれないとちょっと思った。
それで次に行った天理参考館では、一番にバスに戻ったら、また笑う人がいた。kaikaiだ。
ちなみにkaikaiは、千葉の会社で働いていたが、辞めて、期間限定で奈良に住んでいる、羨ましい限り。

近鉄奈良駅にバスが帰ってきたのは、16:45だった。
予定表に書いてあった時間ぴったりだ。
「私がバスに遅刻した分はどこで取り戻したんだろう」と言ったが、誰も笑ってくれなかった。

ioioが居酒屋を予約してくれていたので、7人で女子会をした。


3日目は帰る日である。

私はホテルをチェックアウトして、ゴロゴロを引きずっている。
aiaiも引きずっている。aiaiは山梨に住んでいる。
kokoも引きずっている。kokoは富山に住んでいる。
momoも引きずっている。momoは博多に住んでいる。
私のスクーリングは今日がこの夏最後なので、みんなとお別れだ。

「昨日、帰ってからホテルで勉強した?」
「うん、2時までしたよ、書誌学のレポート、目処がたった」
「kokoは何やってるの?」
「観光学、手つけたとこ」
「あれな、レポートは合格したば、テスト落ちたと」
「私は文化財のレポート、2度も落ちたよ、自分の意見が書いてないって再提出になったから、自分の意見も書いたら、今度は文字数多いって返ってきたの」
「書き足したと削らんちゃ(笑)」
「古典文学はどないしよ?」
「古典文学は、もう私はパスする。4回やり直しが普通だって聞いたから」
「国会図書館にしかない資料があって、それ見んならんなんやて」

「さっきさ、先生泣いてた?」
「あの先生、ちょいちょい泣くよね」
「ずっとにこにこ笑ってって、あれ? 話止まった? と思うと泣いて、声詰まらせてる、可愛いよね」
「お孫さんの話するとき嬉しそう」
「京大やってな」
「この大学、先生優秀だよね」

シニアに近くなっても、学生は教授にあだ名をつける。

「お昼どうしよる? 食券買う?」
「ううん、ホテルの無料おにぎりもらってきたから、図書館のベンチで食べて、そのまま図書館に行く」
「ほな、また午後ね」

図書館へ続く道、じりじりと日光に灼かれる腕に古代のにおいが移る。


<カバー写真>
アド近鉄
https://www.ad-kintetsu.co.jp/column/1391/

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