【前編】民間主導の循環型経済で実現する学びの持続可能化~株式会社オガール・岡崎正信さん、紫波町図書館・藤尾智子さん、手塚美希さん
岩手県のほぼ中央に位置する紫波町。このまちは、「オガールプロジェクト」と名付けられた公民連携事業による町有地開発を行い、定住・交流人口の増加や地域内の経済循環を実現したことで、まちづくりの成功例として広く知られています。
開発エリア内は統一感ある景観が広がり、芝生広場を挟むようにして文化・産業・スポーツなどの各種公共施設やテナント店舗、分譲住宅地などが整備されています。そんな中でも、独自の取り組みでコミュニティを育むと同時に「稼ぐ公共施設」の役割も果たしている紫波町図書館は、まちのシンボル的な存在です。
図書館の質の高さはもちろん、それを支える経済基盤を構築している紫波町には「学び」の持続可能性にまつわるヒントがあるに違いない。そんな思いから今回、まちづくり企業・株式会社オガール代表としてプロジェクトをリードしてきた岡崎正信さんと、紫波町図書館館長の藤尾智子さん、同館主任司書の手塚美希さんの3人にお集まりいただきました。
民間活力を信じ、公共財産を委ねる決断力が起点
千葉 今日はお忙しい中、紫波町のまちづくりのキーパーソンである皆さんからお話をうかがえる機会をいただけて大変嬉しく思っています。さっそくオガールプロジェクトの立ち上がりからお聞きしたいのですが、これについては岡崎さんから一通りお話いただくことになりますでしょうか。
藤尾 そうですね。岡崎さんなくして始まらなかった事業ですから。
手塚 私も紫波町に住んだのは公民連携が始まって少ししてからなので、そのあたりの事情はあまり詳しくないですし。
千葉 ではまず岡崎さんからお願いできますか。
岡崎 分かりました。そもそもは町が広大な土地を取得したところから始まります。請願駅として紫波中央駅が開業したのが1998年で、町はその西側10.7ヘクタールの土地を28億5000万円で買いました。しかし、その頃の町は県内ワーストレベルの財政状況をなんとか健全化させることに手いっぱいで、開発には力を注げなくなったんです。
千葉 開発前の駅前エリアの写真を拝見しましたが、今の整ったまちなみからは想像できないような原っぱだったので驚きました。
岡崎 地元の中学生からは「サバンナ」なんて言われていましたからね。
千葉 上手い表現……と言っていいものなのか(笑)。そんな土地の開発がなぜ当時、一町民であった岡崎さんに委ねられたのでしょう。
岡崎 私が父親の逝去をきっかけに東京での仕事を辞めて紫波町に戻り、家業の建設会社に就職したのは2003年のこと。30歳でした。実はUターンしてから東洋大学の大学院へ週に一度通って、公民連携のまちづくりを学んでいたんです。それを耳にした前町長が、「岡崎君、何か面白そうなことを勉強しているみたいじゃないか」と。そんな経緯で開発を任せていただくという話になりました。
千葉 東京では現在のUR都市機構に当たる地域振興整備公団に勤めていらっしゃったとお聞きしているのですが、大学院でもまちづくりについて学んでいたということは、はじめから地域活性への強い思いがあったんでしょうか。
岡崎 いいえ、決してそんな立派な理由じゃないんです。前職は安定を求めての選択でしたし、大学院での研究もあくまで自分の建設会社を維持するための知識を得たかったからです。とはいえ、大学院を紹介してくれたのは前職時代に知り合った方ですし、それがきっかけで2007年には町と東洋大学との公民連携推進協定の締結につながったんですから、不思議な縁ですよね。
千葉 その協定に基づく調査・計画が2009年から実施されるオガールプロジェクトのベースですからね。それにしても首長が町に住む若者の状況を知って公共の財産を委ねるというのは、すごく大胆な話ですよね。小規模自治体ならではというか。
岡崎 いやあ、私もほかにそんな例は聞いたことがないです。そういう判断ができたのも、前町長ご自身が運送会社の社長として民間経営感覚を大事にする方だったからでしょうね。
お金を生まないインフラも「稼ぐ」仕掛けになる
千葉 私は紫波町の民間視点を信頼したまちづくりは、多くの自治体にとってのヒントになると思っているんです。たとえばハコモノを建てる時に、行政の場合は国からの補助金をあてにして、それを使い切るという発想から建設計画を始めるので、完成してからの施設維持が問題になりがち。紫波町では逆に、収支見通しを立ててから財政的に無理のない建物を考えるというビジネス的な手順を踏んでいますよね。さらに、その収支見通しはハコモノ自体を含めたまち全体の「稼ぐ」仕組みに基づいているのだからすごいなと。
岡崎 まちづくりは結局のところ不動産事業なので、ハード整備が事業のピークであってはいけないんです。不動産価値をはじめとするビジネス的な視点で持続性を担保していくことが、幸せな地域生活につながるのだと思っています。
千葉 その最たるものが図書館ですよね。産直マルシェやテナント店舗と一体の複合施設(オガールプラザ)として民間で整備し、図書館を含む公共施設部分(情報交流館)は町が買い上げる。これによって図書館の維持にかかる負担は民間からの賃料で軽減され、同時にまちの目玉施設である図書館の集客力が店舗にも波及するという好循環が生まれています。
岡崎 公共施設はそれ自体がお金を生むことはなくとも、まちを稼がせることはできる、という発想です。図書館はまちにとっての「エンジン」であり「稼ぐインフラ」と位置付けています。
千葉 これらの手法は岡崎さんが中心となって構築されたということですか。
岡崎 確かにその手法を作り上げるところの中心にいたのは私ですが、狙った効果を最大限に発揮できたのはそこで働く方々のおかげですよ。
千葉 なるほど。やはり人あってこその施設ですからね……と、この話題になってようやく藤尾さんと手塚さんからお話をうかがう形になり申し訳ありません。ここからは図書館をいかにしてつくり上げていったかをお三方それぞれの視点からお聞きできればと思うのですが、そもそも町内では図書館を巡ってどのような動きがあったのでしょうか。
藤尾 岡崎さんが紫波町に戻られる少し前、2001年にまで話はさかのぼります。その頃の町内では図書館の新設について考える市民団体が立ち上がるなど、読書環境に対する住民の関心が高まっていたんです。というのも紫波では、本の貸し出しサービスは公民館図書館と移動図書館車に限られており、かねてから「本格的な図書館が欲しい」という声が根強かったんですね。そんな折に役場庁舎の老朽化問題が表面化したことで、図書館についての要望も大きくなったというわけです。
岡崎 前町長も図書館については悩んでいましたね。「町民の文化的な素養を育む上では重要だけれど財源的には厳しい」と。
本を読むだけではないコミュニティ拠点としての図書館
千葉 その財政面の課題をクリアするのが先ほどの公民連携手法だったということですね。図書館の具体的な内容面については、どのように考えていったんですか。
藤尾 中心になったのは町が2006年に設置した「図書館をつくろう委員会」で、私もそこに参加していました。委員が先進事例の視察などを通して共有したイメージを住民ワークショップで膨らませ、それをもとに策定したのが「図書館基本構想・基本計画」です。その中では7つの目的と3つの運営方針の柱を掲げているのですが、ただ本を読むための場所ではない「ひろがる図書館」というのが大きな考え方になっています。たとえば情報によって人と人がつながったり、産業が活性化したりというかたちですね。
千葉 つまり、本から知識を得ることはもとよりコミュニティ形成に寄与するための施設ということでしょうか。
藤尾 おっしゃる通りです。とはいっても、具体的にどうやって運用していくのかという部分は、うまく固めきれなかったんです。そんな時に紫波町にやってきてくれたのが手塚さん。本当に助けてもらいました。
手塚 いえいえ、恐縮です。
藤尾 頭には浮かんでいるけれどまとめきれない考えを手塚さんが言語化してくれて、「そうそう、そういうこと!」という感じでした。
千葉 そんな手塚さんは県外から紫波町に単身赴任で移住されたとお聞きしたんですが、どのようなきっかけがあったんでしょうか。
手塚 ちょっとややこしいんですけど、お声がけいただいた当時は家庭の都合で東京にいたんです。そんな時に、以前勤めていた秋田県立図書館の上司から誘いを受けまして。
藤尾 その上司の方というのが、基本構想・基本計画の策定に当たってアドバイザーとして協力してくださっていたんです。
千葉 そういうことだったんですね。岡崎さんは図書館の内容面についてご意見を出されたんですか?
岡崎 私はあくまで構想を建設計画に落とし込む役割だったので、中身についてはほとんど口を出していません。ただ、まとめられたアイディアを見た時には、視野を広く持ち、いたるところにフックを仕掛けている図書館だなという印象を持ちましたね。農業支援コーナーを設けて地元の農家さんにアプローチしたり、図書館と同じ建物内に音楽スタジオを設置して、楽譜を借りたその足で演奏できるようにしたり、あらゆる分野や年齢層に気を配っている。
千葉 それはオガールプロジェクトの方針に基づいた発想ではない?
岡崎 むしろ影響を受けたのは私の方で、図書館の発想をプロジェクト全体に反映したんです。たとえば商圏を考える時にも、紫波町単独では3万2000人の人口しかいませんが、北側の盛岡市、南側の花巻市と北上市まで視野を広げてみれば集客ターゲットは60万人になる。そう考えた上で、広域商圏内のさまざまな地域特性や産業に引っかかるようなフックを仕込んでいったんです。
あらゆる人とつながるために司書自らリーチする
千葉 そういう経緯を見ても、図書館は紫波町のまちづくりを象徴するような施設と言えますね。さて、岡崎さんの言葉を借りれば「フック」に当たると思うのですが、図書館ではたくさんの特徴的な取り組みをなさっていますよね。その中からあえて一つ「これは世界に誇れる」というものを挙げるとすれば何でしょうか。
手塚 そうですね……客観的な評価をいただいたもので言えば、「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー」という、日本の今後の図書館のあり方を示唆するような活動を行っている図書館に与える表彰があるのですが、当館が2016年に優秀賞を受賞したんです。また、2019年には、ALA(全米図書館協会)年次大会のジャパン・セッションの場で発表の機会をいただき、小さな町の図書館として、司書が地域の人をつなぐハブ機能を持つことなどをお話したのですが、「アメリカの小さな農村地域でのモデルにできそうだ」と言っていただきました。
千葉 農業支援というのは、具体的にはどのような取り組みなんでしょうか。
手塚 岡崎さんが少し触れていた農業関連コーナーの常設のほか企画展示、トークイベントも開催しています。また、産直マルシェとの連携や、農業専門出版社と各地の公民館を回る、農家さん向けの「出張としょかん」などもあります。
藤尾 先ほど「基本方針・基本構想」についてお話ししましたよね。その中で、当館の運営方針の柱の一つとして掲げているのがビジネス支援なんです。その一環として、紫波町で盛んな穀物や果物などの生産を情報によってさらに活性化しようと生まれた活動です。
千葉 なるほど。藤尾さんがおっしゃっていた「ひろがる図書館」というコンセプトの意味がよくわかりました。それにしても、「出張としょかん」のように司書さん自ら外へ出て住民にアプローチしていくというのは面白いですよね。
手塚 そういう例で言うならほかにも、オガールエリア内で毎年開かれるクラフトビールの屋外イベントでは、子どもたちが退屈しないように司書が広場で読み聞かせたりもしていますよ。
岡崎 私が印象に残っているのは、オガールプラザで結婚式があった時のこと。壁一面に図書館の皆さんからのメッセージが……。
手塚 本から抜き出した愛の言葉で飾りつけて(笑)。こうやって図書館の外に向かって開いていくのも、来館者の方だけではなく、町のさまざまな人とつながりたいと思っているからなんです。
岡崎 そういう思いから来る行動だと思うんですけど、私がお世辞でもなんでもなく世界一だと感じているのは職員のみなさんのあいさつ。本当に誰にでも、目に入ればあいさつしていますよね。
手塚 司書一同、「必要としている世界中の情報とあなたとをつなげます」という気持ちでいますが、コミュニケーションがなければ「つなげる」ことはできません。まず情報の入り口に立ってもらうためには、こちらから話しかけるしかないんです。
千葉 情報をアーカイブするだけではなく、人と情報と積極的につなげることこそ図書館の役割であると。その入り口としてあいさつが重要というのは、とても理にかなったことですが、それが日々、きちんと実践されてるからこその紫波町図書館なのですね。
(後編へつづく)