韓国の絵本を読みつづけていきたい──渡辺奈緒子
日本でいちばん韓国の絵本を読んでいる「韓国語多読の会」のみなさん。
韓国の本、日本の本がつながれるのは、そこに「読み手」のみなさんがいるからこそ。読み手の思いは海を越え、国境を越え、お互いの本を届ける力になるのです。
翻訳家としても活躍する「韓国語多読の会」主宰の渡辺奈緒子さんに、数多くの韓国絵本を読むなかで発見したこと、考えたこと、そしてこれからの思いを綴っていただきました。
ソウルで過ごした幼少時代
親の仕事の都合で、幼少時代のほとんどを韓国のソウルで過ごしました。韓国ドラマやK-POPのブームもまだなかった1980~90年代のことです。
ソウルに住んでいた私のような子どもたちは、家庭でも学校でも(ソウル日本人学校に通っていました)日本の本に囲まれ、日本の最新アニメや漫画を追いかけるのに一所懸命で、ハングルもろくに読み書きできないまま日々を過ごしていました。もったいないことに、あれだけ長く暮らしておきながら韓国の子どもの本を読んだ記憶もほとんど残っていないのです。
▲渡辺さんが幼少時代を過ごしたソウルの街。
下の写真のビルには渡辺さんが通った
テコンドー教室があった
日本に戻ったとき、「韓国歴12年」の自分の韓国語のお粗末さに我ながら呆れ、そこから私の韓国語学習人生がはじまっています。
おとなりの国の絵本をまったく知らないところから
2014年に「韓国語多読の会」を立ち上げ、韓国語学習者で集まって韓国のやさしい読み物をたくさん読むという活動をはじめました。(「NPO多言語多読」という団体でおこなっている外国語習得のための活動のひとつです)。
目指したのは、好きなものを楽しく読んでたっぷり韓国語に触れ、韓国語を自然に習得すること。それを実現させるには、本がたくさん必要でした。
まずは韓国の小さな子どもたちが読んでいる絵本を読むのがよさそうだ、ということまではわかっていましたが、当時の私の本棚には韓国の絵本がまだ1冊もありませんでした。
とにかく絵本を集めないと始まらないということで、ソウル旅行時に教保文庫(韓国の大型書店チェーンのひとつ)の絵本コーナーに直行し、赤ちゃんの絵本や昔話の絵本などをまとめ買いして店内カウンターから日本に送りました。
さらに、仁寺洞のアラジン(大手の古本屋チェーン)などでも手当たり次第に絵本を手にとり、読みやすそうなものを選んで会に持ち帰りました。韓国の絵本も、絵本作家さんのお名前も、何ひとつ知らなかった頃の話です。
▲アラジンの絵本棚
多読をするにはさらにたくさんの本が必要で、新宿区立大久保図書館からは団体貸し出しで100冊近い韓国語の絵本を数回貸してもらいました。また、ありがたいことに絵本の寄付も集まりました。
本がある程度集まると、韓国の絵本を読んでみたいという人たちも自然と集まるようになり、「韓国語多読の会」は毎回来たい人が自由に集まって思い思いに絵本を楽しむ場として定着していきました。
▲思い思いに好きな絵本を手に取り楽しむ
立ち上げ時は3人来てくれればいいほうでしたが、半年ほどで多い時には20人以上集まるようになっていました。今はまた落ち着いて、1回10人程度で続いています。
自由参加の会なのでいろいろな人が来てくれますが、継続的に参加してくれる中心的なメンバーもいて、40代~50代の社会人の方が多い印象です。
▲1冊の絵本が会に集う人たちの心もつなぐ
ほとんどの人にとって韓国の絵本を読むのは初めての経験でしたが、絵本の中にはおとなりの国の暮らし、普段のごはんや特別な日の食べ物、さまざまなキムチ、学校生活、市場での買い物、畑仕事、お祝いの日の韓服、そして親しい人たちの間で交わされる言葉などがありのままに描かれていました。
私たちは韓国の人たちの生活が感じられる1冊1冊の絵本を夢中になって読みました。
韓国の人たちは日本の絵本を読んでいる
多読の会では「これ、日本の絵本ですね」という会話がよく飛び交っていました。日本の絵本の韓国語版が想像以上に多かったのです。
『おつきさまこんばんは』(さく:林明子、福音館書店)や『がたん ごとん がたん ごとん』(さく:安西水丸、福音館書店)、五味太郎さんの絵本などは多読の会でも入門の絵本として人気がありました。少し長いものでは「ぐりとぐら」シリーズ(作:なかがわ りえこ、絵:おおむら ゆりこ、福音館書店)や『はじめてのおつかい』(さく:筒井頼子、え:林明子、福音館書店)、『100万回生きたねこ』(作・絵:佐野洋子、講談社)などのロングセラーも、『りすでんわ』(作・絵:高橋和枝、白泉社)などの比較的新しい絵本もあり、とにかく幅広く大量に翻訳されている印象を受けました。
▲日本のロングセラー絵本は韓国でも人気
子どもの頃に読んだり、大人になってから子どもに読んであげたりした思い出の絵本に再会して「韓国でも読まれていたなんて」と感激する人もいました。知らずに読んで後から作家名で気づいたり、なかには韓国らしいと思っていた絵本の中の風景が、実は日本のものとわかって驚いたりすることもありました。わけがわからなかった絵本の文が実は松尾芭蕉の句の訳文だったなんていうことも。
こうして、多読の活動を通して、日本の絵本がいかに多く韓国で読まれているかを知りました。
韓国語に訳された日本の絵本を読んでみると、今度は原書の言葉が何だったのか気になって、原書と翻訳版を読み比べる楽しみも生まれました。tupera tuperaさんの『パンダ銭湯』(絵本館)という絵本では、銭湯の張り紙などの細かいところがどう訳されているかをみんなで読んで楽しんだこともありました。
▲日本版原書と韓国版絵本を並べて
韓国の人たちが日本の絵本をたくさん読んでくれているという発見は、私たちも韓国の絵本をもっと読もうという意欲につながっていきました。
韓国絵本の新しい方向性
韓国絵本の勢いを感じはじめたのは、会を立ち上げて半年ほど経ち、いたばしボローニャ絵本館(世界約100か国、3万冊、70言語の絵本を所蔵している海外絵本の図書館)から絵本を貸してもらうようになった頃からでした。
この図書館はイタリアのボローニャ市で毎年開催される「ボローニャ国際児童図書展」から寄贈された絵本を主な蔵書としているため、高い水準を誇るイラストレーション作品や海外から注目されている作家の作品などが集まっています。
ここで見た韓国の絵本は、さすが世界の舞台に出されただけあって、これまでのイメージを覆すようなおしゃれなものばかりでした。シックな色使い、独創的な世界観、まるで画集のような絵。良くも悪くも韓国らしさと子どもっぽさが排除され、世界中の大人を読者として意識しているのが特徴のように感じられました。これは児童書と言えるのだろうかという疑問の残る作品もあるものの、韓国の絵本がいま進んでいる方向が少しわかったような気がしました。
▲いたばしボローニャ絵本館のようす
(いたばしボローニャ絵本館Facebookより)
いたばしボローニャ絵本館のほかに、国際子ども図書館(東京・上野)にもたくさんの韓国絵本の蔵書があり、こうした新しい韓国の絵本を実際に読むことができるので、気になった方はぜひ行ってみてください。
韓国絵本開拓チームの成長
だんだん絵本を読むことの楽しさがわかってきた私たちは、さらにおもしろい絵本を求め、少しずつ韓国の絵本、韓国の絵本作家を開拓するようになっていきました。
いいと思う絵本があれば、その作家さんの他の作品を検索し、シリーズ名や出版社をヒントに関連する絵本を探したりもしました。ときには会のメンバーが韓国の書店に足を運んで、絵本の棚から隠れた名作を見つけてきてくれることも。
ちょうど私たちが絵本開拓を進めていたのと同じ頃、韓国では話題の絵本作家さんたちの新作が次から次へと発表されていました。
例えば、日本でも翻訳出版されて話題になっている『あめだま』(訳:長谷川義史、ブロンズ新社)のペク・ヒナさんは、多読の会が発足した2014年以降に5作の絵本を発表しています。
『すいかのプール』(訳:斎藤真理子、岩波書店)のアンニョン・タルさんは、2015年にこのスイカの絵本でデビューしたのち、たて続けに7作の絵本を発表しました。
▲『あめだま』の発売に合わせて来日された
ペク・ヒナさん(写真右)と筆者。
多読の会で集めた寄せ書きをお渡しした
(神保町のチェッコリにて)
お気に入りの作家さんの新刊情報をつかむと、会のメンバーのだれかが「韓国に行くので買ってきます」、「韓国の友人に頼んで送ってもらいます」とすぐに絵本を入手するために動いてくれて、多読の会はリアルタイムでそうした韓国絵本の最前線を追いかけていきました。
日本で知られている作家さん以外にも、チェ・スッキさん、イ・ジウンさん、イ・ミョンエさん(『いろのかけらのしま』訳:生田美保、ポプラ社)、イ・ジヒョンさんなど、注目の作家たちの絵本を早い段階から集めて読みました。
いい絵本が本当にたくさんあって、その質の高さに驚かされると同時に、良質な絵本にたくさん触れた私たちも知らず知らずのうちに読者として成長していきました。
▲『いろのかけらのしま』
(作と絵:イ・ミョンエ、訳:生田美保)
新しい作品だけではなく、『ソリちゃんのチュソク』(訳:みせけい、らんか社)のイ・オクベさん、『マンヒのいえ』(訳:みせけい、らんか社)のクォン・ユンドクさんなど、ひと世代上の絵本作家さんたちの絵本も熱心に読みました。
韓国の伝統絵画の手法で丁寧に描かれた絵は、手元に置いて何年も読み続けていきたいと思うような魅力的なものでした。
▲イ・オクベさん、クォン・ユンドクさんの絵本
過去の痛ましい出来事を扱っている絵本も読みました。
ソ・ジンソンさんが光州事件を子どもの目線で描いた『오늘은 5월 18일(今日は5月18日)』(未邦訳)や、朝鮮戦争で北と南に離れ離れになった家族を描いた『엄마에게(オンマへ)』(未邦訳)、従軍慰安婦をテーマとしたクォン・ユンドクさんの『花ばぁば』(訳:桑畑優香、ころから)、済州島4・3事件を扱った『나무 도장(木のハンコ)』(未邦訳)などは大人の私たちにとっても忘れられない読書体験となりました。
▲韓国の歴史をテーマにしたさまざまな絵本
今振り返ってみると、多読の会は初期のころから韓国の絵本をかなり読み込んでいる日本でも数少ない読者チームだったのではないかと思います。自由参加の会なのでメンバーは時期によって移り変わっていますが、たくさんの人たちと一緒におとなりの国の絵本を追いかけ、いい絵本を共に読む時間というのは本当にすばらしいものです。
これからもお互いの絵本を
多読の会はいま開催できない日々が続いていますが、幸いなことに絵本の出版は止まることがなく、お互いの絵本の翻訳もこれまで以上に活発におこなわれています。
最近では、多読の会のメンバーにも愛されている『真夜中のちいさなようせい』(絵と文:シン・ソンミ、訳:清水知佐子、ポプラ社)という美しい絵本が日本でも出版されました。
韓国側では、いわいとしおさんの『もりの100かいだてのいえ』(偕成社)が日本での発売からわずか3か月の間に翻訳され発売を控えているようです。
▲『真夜中のちいさなようせい』
(絵と文:シン・ソンミ、訳:清水知佐子)
お互いの絵本がもっともっと翻訳され、それを読んだ人の心にあたたかいものが残り、おとなりの国の人たちも自分たちと同じように毎日を生きているのだという当たり前のことを自然に想像できるようになったら、と願います。
私も、これからもずっと韓国の絵本を読みつづけていきたいと思います。
▲「韓国語多読の会」の本棚(一部)。
これから出会う新しい韓国絵本で
本棚はもっともっと豊かになっていく。
とても楽しみ
▲「韓国語多読の会」活動紹介の動画