じいちゃんの小さな博物記④ 着ぶくれの水ぶくれ/ツチハンミョウ
「ツチハンミョウって聞いたことがありますか? よたよたと歩き、身近にいるけれど、毒をもつ昆虫です。今回はそんなツチハンミョウのちょっと危険でふしぎなくらしを紹介します。」
『草木とみた夢 牧野富太郎ものがたり』(出版ワークス)、『週末ナチュラリストのすすめ 』(岩波科学ライブラリー)などたくさんの著書をお持ちの谷本雄治さんからの「小さな博物記」第4回をお届けします。
「ヘンなのがいるよ。これは虫?」
初夏の草むら。首をかしげながら孫が指さす先にいたのは、青光りするツチハンミョウだった。ぽっちゃり体型で、申し訳程度の小さなはねがついている。
「さわっちゃ、だめ!」
ぼくの声に驚いて、小さな手がさっと引っ込む。
「ふう、危ない。毒を持つ虫だから、絶対に手でつかんじゃだめだよ」
「わかった……」
とはいっても、あきらめきれないのだろう。親から譲り受けたカメラで、どうにか識別できるくらいにしか写らない虫を撮っている。虫好きの子の気持ちはよくわかる。
それにしても不格好だ。頭だけなら、大型のアリと間違える。現に、「アリノオヤジ」と呼ぶ地域もあるという。
頭の後ろの首のようなところが胸で、6本のあしはそこから生えている。ところが、その後ろに続く巨大な腹が、この虫の体形をおかしくする。『昆虫記』で有名なファーブルは、洗って縮んだ礼服が背中に張り付いたような虫だと思ったそうだ。
ぼくには「どてら」を何枚も重ねたような、おそろしく着ぶくれした虫に見える。どてらは関東の呼び方で、関西では綿を厚めに仕込んだ防寒用の丹前として知られる。
動きはとてもゆっくりだ。トコトコ歩き、気に入った葉を見つけてはかじっていく。
そんなんだから、つかまえるのも簡単だ。動きが鈍いのは、カンタリジンという猛毒物質を持つ自信の裏返しかもしれない。数匹分で人の致死量に達するという。体液が手に付くだけで、やけどのような水ぶくれができるとも聞いている。
ユニークな体型と猛毒に加え、その生態もなんとも不可思議だ。ファーブルの観察力をもってしても、すぐには解明できなかった。
親虫が土の中に産むのは、数千個もの大量の卵。かえった幼虫は、花にやってきたメスのハナバチにしがみついて、ハチの産卵場所に行く。そしてそのハチの卵をえさにして育ち、さなぎに似た「擬蛹」になったあとで再び幼虫になり、それからさなぎ時代を経て、時至れば羽化する――と虫の本では紹介する。
聞き流せば「ふーん」で終わりそうな生態だが、花を訪れたハチの種類がちがえば、幼虫に未来はない。花にきた天敵に食べられるリスクもきわめて高い。必死にしがみついたハナバチでも、メスではなくオスだったら、それでアウト。無事にハチの巣穴にたどりついても、卵の上に乗れないと死んでしまう。
確率からすると、きわめて低い。数千のきょうだいのうち、成虫になれるのは奇跡と呼べるほどの幸運に恵まれたものだけだ。ギャンブルにたとえる人が多いのもうなずける。
でもなあ、と思うのは、そのわりに出会うことが多いからだ。
「じいちゃん、ツチハンミョウがいる!」
最初の出会いがあってから、孫に何度か声をかけられた。数匹を一度に見たこともある。
そのあたりでは成虫になれた幸運の虫が想像以上に多かったのか、たまたまなのか。ノーテンキな観察者は、自分こそが幸運の主だと思うことにしている。