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じいちゃんの小さな博物記① 花ふぶき舞う前に/桜 

『草木とみた夢  牧野富太郎ものがたり』(出版ワークス)、『週末ナチュラリストのすすめ 』(岩波科学ライブラリー)などたくさんの著書をお持ちのプチ生物研究家・谷本雄治さん。
「なかなか遠出できない今だけれど、ご近所の自然には不思議や驚きがいっぱいあります。自然はいろいろなことを教えてくれますよ」とのこと。
谷本雄治さんからの「小さな博物記」を連載でお届けします。

谷本雄治(たにもと ゆうじ)
1953年、名古屋市生まれ。プチ生物研究家。著書に『ちいさな虫のおくりもの』(文研出版)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)、『ぼくは農家のファーブルだ』(岩崎書店)、『とびだせ!にんじゃ虫』(文渓堂)、『カブトエビの寒い夏』(農山漁村文化協会)、『野菜を守れ!テントウムシ大作戦』(汐文社)など多数。

花ふぶき舞う前に/桜

「桜前線」とはよく言ったものだ。天気がだんだん変わるように、開花の便りが南から北へと移っていく。
 桜の蕾がよろいを脱いで、青い空にパッ、パッ、パッ。淡いピンクの衣には、きびしい寒さを乗り越えた喜びがあふれている。

「いい天気だなあ。きょうは花見だぞ」
 子どもたちが幼いころは、そう言いながらふとんをひっぱがし、桜の名所に乗り込んだ。
 おにぎり、のり巻き、卵焼き。お菓子も持って出かけたころがなつかしい。
「じいちゃん、公園へ行こうよ。桜が咲いてるよ」
 いまはその子の子どもである孫たちが、ぼくを誘いにやってくる。
「もう咲いたのか?」
「うん。先に行ってるからね」
 いつの間にやら、桜前線でなく、孫を追うようになっている。
 公園の桜はすでに満開。木の下で弁当を広げる家族連れが何組もいた。
「ふーん。これが蜜腺みつせんかあ」
 難しい用語が、小学3年生の孫の口から飛び出す。
「蜜腺なんて、知ってるのか?」
「本に書いてあったもん。そこから出る蜜を、アリがなめるんだよね」
 葉の付け根あたりにある、丸い小さな二つのぽっち。花の外にあるため、花外蜜腺かがいみつせんと呼ばれるものだ。甘い蜜を求めて集まるアリたちが、木につく毛虫や虫の卵も取り除く。言ってみれば、お互いさまだ。
 それにしても、さて困ったぞ。それはぼくが教えるつもりだったのに……。
「じゃあさあ、こんどは花びらを見てみようか」
 話題を葉から花に切りかえる。
 花見で目にする桜は、ほとんどが「ソメイヨシノ」で、葉が開く前に花が咲く。その花びらは5枚で、端がぺこっとへこんでハートのような形になっている。同じバラ科でも、梅や桃と異なる点のひとつはそこだろう。

 ヒヨドリやメジロを横目に見ながら、ひとつの枝に目をつけた。
 孫にも花が見える高さまで引き寄せて、
「この花、花びらは何枚あるかな?」
「5枚」
「だよね。じゃあ、その隣の花はどう?」
「1、2……あれっ、4枚だ」
「じゃあ、こっちは?」
「3枚しかない」
「これは?」
「5枚だけど、重なりかたがなんかヘン」
 桜の花びらは5枚で、どれも同じ形、同じような開きかただと思っているとびっくりする。
 変形花びら探しゲームの始まりだ。

探してみると、ある、ある、ある。「桜の花」というグループ全体で見ていると気づかないが、桜は桜で自分たちの個性を主張している。みんな、ちがって、みんないい。
 孫の個性もそれぞれ。ひとと比べるのではなく、自分らしく生きてほしい。桜の花びらは、そんなことも教えてくれる。