見出し画像

じいちゃんの小さな博物記②     クマさんのパーティーグッズ/クマバチ

『草木とみた夢  牧野富太郎ものがたり』(出版ワークス)、『週末ナチュラリストのすすめ 』(岩波科学ライブラリー)などたくさんの著書をお持ちのプチ生物研究家・谷本雄治さん。
「なかなか遠出できない今だけれど、ご近所の自然には不思議や驚きがいっぱいあります。自然はいろいろなことを教えてくれますよ」とのこと。
谷本雄治さんからの「小さな博物記」第2回をお届けします。

谷本雄治(たにもと ゆうじ)
1953年、名古屋市生まれ。プチ生物研究家。著書に『ちいさな虫のおくりもの』(文研出版)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)、『ぼくは農家のファーブルだ』(岩崎書店)、『とびだせ!にんじゃ虫』(文渓堂)、『カブトエビの寒い夏』(農山漁村文化協会)、『野菜を守れ!テントウムシ大作戦』(汐文社)など多数。

クマさんのパーティーグッズ/クマバチ

 空にできた青いしみが、しきりに空気を震わせる。と思ったら急に、ものすごいスピードで落ちてきた。でもまたすぐ、空に戻っていった。
 ――な、なんだ、あれは?
 ちらちらと見上げながら、春の山道をおっかなびっくり歩いていた。
「ほう。くまんばちですな」
 すれ違いざま、地元のお年寄りがつぶやいた。くまんばちといえば、スズメバチのことだろう。本にはそう書いてあった。
「勢いがあるわけだ。スズメバチなら、気をつけた方がいいですね」
 立ち止まって思ったままを口にすると、
「スズメバチ? いや、くまんばちですよ」
 両者はまったくの別物だと笑いながら、遠ざかっていった。あとでわかったのだが、彼の言う「くまんばち」はクマバチのことだった。土地によって虫の呼び名が異なることは、よくある。

 リムスキー=コルサコフ作曲の「熊蜂の飛行」はピアノ演奏の難曲のひとつとされ、「くまんばちの飛行」とも訳される。その原語にあるロシア語の「シュメル」はマルハナバチを指すはずなのに、クマバチはそんなところでも、ひとを惑わす。

 近くで見ると、たしかにおっかない。黄色のえり巻きをした、クマのように黒い大柄のハチだ。ヘリコプターさながらのホバリング飛行をしながら、すきあらば攻撃するぞとかまえているように見える。スズメバチにも似た大きな羽音を立てるから、なおさら怖い。
 だが、クマバチだとわかり、単独で空の一点にとどまるようなら、ひとまず安心だ。それはオスで、人を刺す針は持たない。
 春から夏の初めにかけてオスは空中に縄張りをつくり、メスが近づくのを待つ。その占有地にぼくが入り込んだのが悪かった。それであいさつ代わりに、ちょっくらおどかしてやるかと降下してきたのだ。

 クマバチの雌雄の見分け方は簡単だ。オスの複眼は丸くて大きく、メスのほうは細長い。
 複眼のまんなかに着目すれば、もっとわかりやすい。黒ければメス、白い三角マークがあればオスである。メスには針があるから、刺されないように気をつけねばならぬ。

蜜を吸いにやってきたクマバチのメス。複眼の間が黒い
クマバチのオス。白い三角がなによりの目印だ

 その三角部分は、老人のひげのようでもある。でも、だけど、そうではなくて、いつかどこかで見たような……。
 そうだ、パーティーグッズの鼻めがねだ! おどけた感じが、なんともいえない。
 クマバチはハナバチの一種で、花粉の運び屋として活躍する。フジ棚でよく見かけるハチだが、わが家の周辺ではブルーベリーやカボチャ、インゲンの花にもやってくる。
 孫の家を訪ねる途中で、道ばたにうずくまるオスを見つけた。飛ぶ力はないほどに弱っている。迷わず拾って、お土産だ。
 孫の驚きぶりったら、ありゃしない。
「なにこれ? まるで、マンガじゃない!」