登場人物と会話しながら、「物語」を見つけ出す――『うしろむき夕食店』座談会
キリンビールnote×ポプラ社一般書通信×新人作家・冬森灯という異色のチームでお贈りしてきた企画「うしろむき夕食店」。
キリンビールnoteさんでの連載にはたくさんの反響をいただき、noteやSNSに書きこんでくださった感想を、関係者一同とても嬉しく拝読しました。
連載はめでたく終了しましたが、まだプロジェクトは完結しておりません。
最後の仕上げとして、なんと『うしろむき夕食店』が書籍になりました!
いまにも乾杯したくなる絶品イラストは、イナコさん。
連載時から素敵なバナーイラストを描いてくださいましたが、noteの「うしろむき夕食店」の世界がそのまま本の形になって飛び出してきたようです。
本でしか読めない特別エピローグが収録されているので、もう一度「うしろむき夕食店」の世界に浸りたい人は、ぜひ本でお楽しみくださいませ。
本の宣伝はこれくらいにして、今回のプロジェクトはまさに異色の企画でした。
飲料メーカー×出版社という普段は接点のない企業が結びつき、新人作家さんと一緒に小説世界を作り上げて、物語を通していろんな「想い」を伝える。
三者ともにはじめてのチャレンジで、ワクワクと同時に、本当にこんなこと実現できるんだろうか?という不安もちょっぴりありました。
しかしその不安を誰より覚えていたのは、著者である冬森灯さんだったことでしょう。
なにせどれだけチームで話し合って色んなものが決まろうとも、最終的に冬森さんが書きあげないと世界が産まれないのですから。
しかも今回は「連載」なので、絶対に落とせない締め切りもあります。
冬森さんはいつもニコニコしながら素敵な原稿をあげてくれましたが、その創作の裏にはどんな苦労があったのか。
プロジェクトがひと段落した今こそ、企画の振り返りを兼ねて冬森さんにお話を伺ってみることにしました。
あいにくのコロナ真っただ中なので、オンラインでプチ打ち上げを兼ねて実施することにしました。
チームメンバーであるキリンビールnote編集部さんもやってきて、三人で楽しくお酒を飲みつつ、お話を伺ってみることにしたのでした――
※お酒はもちろんキリンビールです笑
(メインの聞き手:文芸編集部 森潤也)
(▲「うしろむき夕食店」はこちらから読むことができます)
★キリンビールnoteさんでも、プロジェクト振り返り記事が公開になりました。キリンビールさんの素敵な想いがつまっているので、ぜひ合わせてお読みくださいませ!
まずは乾杯
――みなさん、「うしろむき夕食店」おつかれさまでした! かんぱーい!
キリン あっ、そのビールは「on the cloud」に「496」じゃないですか。僕も大好きなんですよ「496」。
冬森 おいしいですよね~。たしか「496」は完全数なんですよね。
キリン そうなんです。パーフェクトナンバーと言われる数字で、それが由来で名付けられたんですよ。
――偶然ですけど、今日まさに『うしろむき夕食店』の書籍見本ができたんです。表紙がピカピカしてるんですけど、洋食店のメニュー表をデザイナーさんが意識して作ってくれたそうで、すごくおしゃれですよね。
冬森 わー、かわいいです! あこがれのPP加工……!
キリン イナコさんのイラストもこれまでのnote連載を思い出して、感慨深いですね。
登場人物と深い所で会話する
キリン 今回、すごく素敵な企画になりましたね。こんな企画をみなさんとご一緒できてうれしかったですけど、冬森さんは色んなオーダーやキーワードの元で書かないといけないので、大変だったんじゃないですか?
冬森 私はデビューしたばかりで経験値があまりないので、物語の造り方がまだ確立されていないんです。だからたくさんキーワードをいただけたのは、逆にヒントになりました。
――プレッシャーとかはありましたか?
冬森 ものすごくありましたし、書けなくなった時期もありました。何回か原稿をゼロから書き直して、形になったものを完成として提出していましたけど、お送り出来るレベルになる前の原稿に時間がかかって、吐き気が止まらないこともありました。
キリン ええ! 何回も書き直すんですか!
冬森 そうなんです。一週間ぐらいなんとか原稿をひねり出して、全部捨てるんです。それでまたイチから書き直します。
――それはプロットではなく、原稿を書き直すんですか?
冬森 そうです。原稿です。プロットを組むときはもっと苦しくて、真っ暗な砂浜で手探りでコンタクトレンズを探す感じです。ちょっとずつ砂を拾っては、違う……の繰り返しをしています。
――冬森さんはプロットの時点でしっかり組まれるじゃないですか。その時点で主人公も決まっているし話の流れもイメージしやすくて、実際にあがってきた原稿もプロットの流れ通りに仕上がっているんですけど、原稿を書く時にどの部分で苦しまれていたんですか?
(▲実際のプロットはこちらに掲載しています)
冬森 物語の世界に入り込んで「見る」こと、いろんなことを決めることが難しいです。この人はどんな人なんだろうとか、この世界がどんな世界なんだろうとか、目にうつるもの、手にするもの、ひとつひとつなぜそうなんだろうと考え続けます。
フィクションなので自分が好きに決めちゃえばいいのかもしれないですけど、物語に出て来る人は「その人」なので、私には勝手に決められないんです。
彫刻に近いのかなと思っていて、私は木の中にある形を彫っていくだけなんです。形はわかるんですけど、どこにどう刃を当てればいいかがわからない……みたいな。
小説においても同じで、完成の形を彫り出すために、だいたい三回、多い時は四回くらいイチから書き直しています。でも、たぶん私の効率が悪いだけなんですけど(笑)
――今回はいろんな「食」が話のキーになっていますけど、プロットなどを考える時に、最初の核になるのはストーリーですか、それとも食べ物や飲み物ですか?
冬森 ストーリーが先ですね。あとは場と人です。場と人を決めてから、どんなお酒を出そうか考えていきました。でも、「人」がなかなか見えないんです。私は出てくる人の声が聞こえないと物語は書けないので、会話しながら探っていきました。
――登場人物と頭の中で会話していくうちに、こういう人なのか!と降りてくるんですか?
冬森 筆談している感じです。ノートに「あなたはどうしてこんなことをするの?」とか「どうしてそう思うの?」とか質問を書いていくと、なんとなくその人が私に見えていないことも答えを教えてくれるので、そうやって人物の姿を探っています。今回もノート三冊分になっちゃいました。
キリン ノート三冊! そうか、そうやってキャラクターに聞いていくんですね。
冬森 そうですね、深い所と対話する感じです。あくまでそこに「物語」があって、私は形にさせてもらってるだけという感じです。私の場合は。
スタート時点では、自分でも書けるかどうか自信がなかった
キリン 一話書くのに、どれくらい時間がかかるんですか?
冬森 書き直し含めて一か月くらいです。なので、だいたい一~二週間で一度書きあげて、それを捨ててまた書いて……の繰り返しです。
――今回は連載なので「締め切り」がありますよね。そうした締め切り(後ろの制約)がなく何回も書き直す余裕があったほうがよかったのか、むしろ締め切りがあったほうがよかったのか、どちらですか?
冬森 締め切りがあった方がよかったです。前作(『縁結びカツサンド』)と比べると、一話にかけられる時間が三分の一くらいになったので、自分でも書けるのかな?という不安はありました。でも、チームで進めるありがたさもあって、この締め切りまでに出せば編集者さんになんとかしてもらえると信じて、とにかく書き続けようと決めていました。
――大変だったでしょうけど、締め切りがあったことはよかった部分もあったんですね。
冬森 そうですね。締め切りがないといつまでも書き直しループをしてしまうので、ここまでと決めてもらった方が良かったです。でも、時間を理由にクオリティが下がるのは嫌だったので、そこだけは自分の中でしっかり守りたいと思っていました。
――冬森さんだったら素敵な小説になるだろうと思っていましたけど、はじめての「連載」になるので、一か月で一話をクオリティを保ちつつコンスタントに書きあげられるか……という点だけ僕も少し心配していました。文芸誌の連載などなら、最悪一回飛ばすこともできますけど、今回はキリンビールさんと一緒にやっている企画なので、穴をあけるわけにはいかない。それをよく書き切ってくださったなあと感謝してますし、その裏にそんな苦労があったとは……。
逆に、今回をやり切れたので、もうどんな連載が来ても大丈夫ですよ(笑)
調べたことを落とし込むこと
――キリンビールさんと一緒のチームで、本作りをやってみていかがでしたか?
冬森 せっかくのキリンビールさんとの企画なので、お酒や食べ物について少し調べたんですけど、おいしいものに一杯触れられて楽しかったです(笑)
食べ物も飲み物も、つい自分の好みの範囲で選びがちですよね。私も今までクラフトビールはあまり飲まなかったんですけど、飲んでみたらハマってしまい、これを機によく飲むようになりました。SVBのオンラインイベント(SVB BREWERS'NIGHT~ONLINE~)やオンライン開催のペアリング講座にも参加して、ビール作りの現場を見せていただいたり、作り手の思いに触れたり、ビール作りに使われる麦芽やホップの花などを送ってもらったりもしました。取材にかこつけてすごく楽しませてもらった記憶です。
キリン そんなに調べてくださったとは! すごく嬉しいしありがたいですね。
――冬森さん、めちゃくちゃ色んなことを調べられてましたよね。創作にあたって調べたことって、作品の見えない土台だと思うんですよ。見えにくい作業ですけど、すごく大事だし、それができるのは素晴らしい才能だと思います。
ちなみに、お酒に関してはどれくらい飲まれたんですか?
冬森 飲んだリストをまとめてみました。
キリン うわー、すごいですね!
冬森 お酒だけでなく、出てきた食べ物もリストにしてみました。企画時は15品以上 とお話したのですが、だいぶ増えてしまい、数えてみたら実は100個くらい出て来るんですよね。
――そんなに出てましたか! あれ、「おせんべい」なんて出てましたっけ
冬森 文章の中に名前だけ出てくるんです(笑)
「おせんべいはしばらく食べられないの。魚肉ソーセージは大丈夫かもって」
(「二の皿 商いよろしマカロニグラタン」より)
――それは意識的に文中に落とし込んだんですか。それとも、文章を書いているうちに自然と出てきたんですか? 文中に「おせんべい」とか「魚肉ソーセージ」とか出さなくても文章は成立するじゃないですか。
冬森 自然と出てきていますね。たぶん食いしん坊が溢れちゃってます(笑)
――それが自然に出てくるのは、やはり入念な下調べあってこそですね。出てくる料理はご自身で試作もされたんですか?
冬森 もちろん全部ではないですけど、いくつか試作しました。
(おつまみ試作)
ちなみに今日も作ってみたんです。黄色いお皿が4話のお通しに出てくる「春菊のナムルと鶏皮のカリカリ揚げ」です。
(座談会当日に冬森さんが作ってくれた料理)
フィクションの物語だからこそ届けられること
――今回の企画は、キリンビールnoteさんでも初の試みだったと思いますけど、キリンビールさんでは反響などありましたか?
キリン こんな企画を今までやったことがないので、はじめは驚きをもって受け止められたんですけど、「『うしろむき夕食店』のファンで楽しみにしてます」とおっしゃってくれた人がいらして、すごく嬉しかったのをよく覚えています。
これまでは届かなかったところにも届いたのかなという感覚がありましたし、それは通常の企業発信ではできないことなのかなと思います。僕にとっても忘れられない企画ですね。
――僕たち出版社としても、自社のメディアだけだと「新しいところ」には届かないんですよね。それが少しでも届けられたのがすごく嬉しいです。
なんだか今回の企画を通して、「物語の力」をすごく感じたんですよね。
キリン わかります! 僕もすごくそう思いました。
――フィクションの物語だからこそ届けられることは確かにあって、それってすごく大事なことだなあと原点に帰れた気がします。物語をもう一度信じてみようと思いました。本当にありがとうございました。
冬森 私も新しい読者に読んで頂けたことが本当に嬉しかったですし、noteの連載についたLikeや感想コメントなどに励まされて書き上げることができました。
本当に楽しく貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございました。
キリン こちらこそ、本当にありがとうございました。
★書籍版『うしろむき夕食店』は全国の書店・ネット書店で2月17日頃発売です!