「著者の人生を背負う覚悟を持つ」――編集者になるはずのなかった男が見い出した、ビジネス書にかける思い。
大塩大という編集者はモテる男である。
常に冷静沈着で、感情的な姿を見たことがない。会議では企画の魅力やその作品の売れるポイントをロジカルにプレゼンしてくれる。
クールなだけではなく、細かい気配りも抜群。飲み会の場所探しに悩んでいれば、素敵なお店リストをメールしてくれ、ホワイトデーにはオシャレなお取り寄せ菓子を女性陣にそっと配る。つまりモテる男なのである。
そんな大塩さんの所属は企画編集部。『みんなで筋肉体操』『人生は攻略できる』『殺し屋のマーケティング』『「灘→東大理Ⅲ」の3兄弟を育てた母が明かす志望校に合格するために知っておきたい130のこと』など、ビジネス・実用書を数多く手掛けている。
ある日、大塩さんから「ぜひnoteで話したい本がある」と言われた。
𠮷原博さんの『町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由』という本だった。タイトルに内容のすべてが詰まっているが、あえて説明するなら、会社も従業員も幸せになれる「働き方改革」に成功した小さな町工場のノウハウを学べる一冊。
どうしてこの本なんだろう? 新刊でもないし(2017年12月刊)、正直に言うと、もっと話題になった本や、編集が大変だった本もあるのではないか。まっさきに思ったのはそういうことだった。
でも、だからこそ、この本を選んだ理由を知りたかったし、そこには大塩さんのクールな顔に隠された「素顔」があるのではないか、と思ったのだ。
インタビューはポプラ社noteでおなじみ、麹町の激安居酒屋で行われた。実際に話を聞く中で見えてきたのは、大塩さんのビジネス書にかける覚悟であり、編集者かくあるべしという、彼なりの「プロ論」だった。
(聞き手=文芸編集部・森潤也)
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「残業ゼロ」が叫ばれるなか、社員7人の町工場ながら「完全残業ゼロ」を続けている町工場がある。それが本書の著者の会社「𠮷原精工」である。
さらに、残業ゼロといったときに、残業代分の給料がそのまま下がる会社が多いなかで、同社は、残業代を基本給に組み込むことで、社員の給料は全員が600万円以上(参考:全国平均年収約420万円/平成27年度 国税庁民間給与実態統計調査より)となっている。
その一方で、同社はリーマンショック以降、売り上げや利益を伸ばし続けており、「社員も会社も儲かっている会社」として多くのメディアからの取材も殺到している。
本書は、会社も社員も幸せにする小さな町工場の経営改革を紹介するものである。経営者の方だけでなく、働き方改革や残業ゼロに悩む、多くのビジネスマンにとっても参考になる一冊。
<大塩流本づくりのポイント➀ 著者のデビュー作であること>
森 率直に伺いますが、なぜこの本について語ろうと思ったんですか?
大塩:本当に語りたい理由は最後に取っておきます(笑)。
森 じらされた!
大塩 本当の理由とは別に、この本には僕が心掛けている本づくりが詰まっているんです。それも合わせて語れれば、と思ったので、まず前段から話しますね。
僕の本づくりのポイントは二つあって「著者のデビュー作であること」と「カウンターを狙う」ということ。デビュー作って文芸の世界でもすごく大変じゃないですか。
森 すごく大変です。
大塩 ビジネス書や実用書でも大変ですけど、やはりデビュー作にはパワーがあると思うんです。まだ世に出ていない著者の考えやノウハウが初めて公開されるわけで、そこには著者の人生がすべて詰まっている。しかも創作と違って本名であることが多いので、このジャンルのデビュー作にはダイレクトに著者の人生がかかってしまいます。
森 ビジネス・実用書は基本的に本名で刊行しますね。
大塩 だからすごく責任が重いですけど、それゆえに出版すべき価値がある。僕はそこに魅力を感じる人間なので、デビュー作をできるだけ手掛けたいと思っています。
<大塩流本づくりのポイント② カウンターを狙う>
森 二つ目の「カウンターを狙う」はどういうことでしょう?
大塩 この本が出た当時は「働き方改革」が言われはじめた頃ですが、いくつか違和感があったんです。その一つが「複業」。複業とは、「どれも本業」として複数の仕事を掛け持ちする働き方で、当時すごくもてはやされていたのですが、もちろんこの働き方が合っている人もいるけど、一方で、ちゃんと働いているのに、なんでわざわざ他の仕事をしなければいけないんだ、と思ったんです。
もう一つ気になったのが「残業がなくなる」。残業がなくなることは素晴らしいと言われていましたけど、残業が減ったことを喜ぶ人もいれば、悲しむ人もいるんですよ。
森 残業代がなくなるからですよね。
大塩 そう。でも当時はあまりそこに触れられていなかった。あるテレビ番組で、残業抑制に成功したお店を取り上げていたんですが、店員同士の連携などいろんな努力をして残業もほぼなくなり、しかも売り上げも伸ばせた。でも、最後に「社員の手取りは二割減りました」と番組は終わったんです。
会社が主語だったらいいことづくめかもしれない。でも個人が頑張って、その結果会社が儲かっても、頑張った個人が損をしていたらおかしい。そんな違和感を抱いていた中で、𠮷原精工さんの働き方の記事を見つけたんです。残業もしなくて、複業もしなくてよくて、社員全員が600万円以上もらえるのはすごい! と感動しました。その当時出ていた働き方改革の本は、複業の推奨や残業を減らすだけの、いわゆる会社側の本ばかりでしたからね。
森 じゃあこの企画は、大塩さんにとって当時の働き方改革へのカウンターだったわけですね。
大塩:そうです。でもカウンターを打ちたくても、もとが絶対に正しくて隙がなければ、打てるカウンターなんてないんですよ。ただ、僕から見たら、当時の働き方改革の議論にはカウンターを打てる隙があったし、同じことを感じている人は多いんじゃないかと思った。だからこの本を作ろうと思ったんです。
<初めて本を出す人の人生を背負う>
森 この本は「デビュー作」「カウンター」の二要素が詰まっているわけですが、出版の依頼はすんなりいったんですか?
大塩 最初は𠮷原会長も半信半疑だったので、じっくりこちらの想いを伝えました。僕の場合は「デビュー作」でありながら「必ずしも本の書き手(作家)じゃない人」のことが多いので、「本を書くとはどういうことか」からしっかり説明します。
森 それは文芸とは違うところですね。もちろん別ジャンルの人に才能を感じて小説をお願いするケースもありますが、基本的には「書き手じゃない人」はあまりいません。「デビュー」に抵抗があっても、「書く」ことに抵抗がある人は少ない。でもビジネス書や実用書だと、そもそも「書く」ことが仕事ではない人もいるので、そこから口説くプロセスが発生しますよね。
大塩 そうですね。𠮷原会長はそこに興味を持ってもらえたので本が出せました。デビュー作でのそうした人間的な交渉はけっこう好きですけど、一方で初めて本を出す人の人生を背負っている、という自覚を持つことは大事だと思っています。
<コンセプトを見極める>
森 企画がスタートして、具体的にどのように作っていったんですか?
大塩 𠮷原精工さんの働き方で一番すごいと感じたのは「残業代込みの給料」ということでした。会社が残業を減らそうとした時に、普通は残業をゼロにしたぶん給料は減る。でも𠮷原精工さんは「残業代を減らさず(=残業代を新給料に組み込んで)に残業をゼロにした」。これはとても難しいことだし、画期的だと思いました。でも同時に、これはタイトルにはできないと思ったんです。説明を聞かないと分かりづらいし、人によっては「ふーん」で終わってしまうこともある。だから「全員が年収600万以上で残業ゼロで、年三回10連休でボーナスが100万。あとは営業マンがゼロ」を軸に据えて項目を作っていきました。
森 見出しや構成を考えるときに、大塩さんが気を付けていることはありますか?
大塩 個々の本がどういう本なのかという軸を持って、そこからなるべくズレないように見出しを作ります。𠮷原会長の本は経営者やビジネスパーソンが読むので、著者が何をしてきたか、どう思ったかをストレートに打ち出す。漠然とした言い方をせずに、「ボーナス100万」や「残業代込みの給料」とか、𠮷原会長がやっている特徴的なことや考えていることが具体的にわかるような見出しにする。この本の場合はそうしました。
以前に担当した佐藤亮子さんの『「灘→東大理Ⅲ」の3兄弟を育てた母が明かす志望校に合格するために知っておきたい130のこと』では、コンセプトを「辞書」にしました。この本を読んだら勉強のやり方や志望校への合格法が網羅的に分かるみたいなイメージです。構成も、第●章:国語、第●章:算数みたいな形にしました。なるべく見出しが多く立つように項目を細かく分割して、具体的に何をしたらいいか分かるような構成にしました。
だから本によってコンセプトが違って、それによって見出しの立て方も違う、というのが僕のやり方です。
この部分(小口といいます)も「辞書」のようなつくりになっている
<本当は塾講師になるはずだった>
森 本づくりにおいて、他社が出している同じジャンルの本(類書)を参考にしたりしますか?
大塩 編集的な意味であまり参考にしないですね。僕はコンセプトを重視するので、逆に類書とどう違って作るかを考えます。特にビジネス書は類書に縛られがちですが、そもそもそういう考えがあまり好きではないんです。
森 とはいえ、大塩さんが編集者人生を通して特定のテーマを追求したい、ということでもないですよね。
大塩 それはないですね。
森 本づくりを通して伝えたいものがあるとか、そういう編集者もいますが。
大塩 それでいうと、僕が編集者になった経緯も関係しているかもしれません。僕はもともと公務員とか塾講師になりたかったんです。
森 それ、初耳です(笑)。
大塩 大学3年生の2月くらいから就活を始めたんですが、メディア系ではなく塾講師などを受けていて、内定は7個くらい出ていました。でもその内定を全部断って、地方局や出版社とかのメディア系を受けなおしました。今思うとよくそんなことやったなと思いますね(笑)
森 ええー!! なんで内定を断ってまで、メディア系に行こうと心を決めたんですか?
大塩 メディア業界を受けた人たちの話を聞いていると、すごく楽しそうで、魅力を感じたんですよ。
森 それまでメディア業界に興味もなかったんですよね。
大塩 新聞記者とか編集者になりたいとか一ミリも思ってなかったですね。でも周りの話を聞いていて、人の魅力がすごいなとあらためて思ったんです。塾に内定をもらったのは嬉しかったですけど、新卒の就職活動は一生に一度しかないので悔いを残さずやろうかなと。
森 うわー、かっこいいなあ。
大塩 だから、漫画とか小説、雑誌などをたくさん読んでいて編集者を目指したわけではなくて、単純に面白いものを作りたいし、楽しいことに関わりたいというミーハーなタイプです。出版物を自分で作れるのが楽しいし、自分が憧れていた人に名刺一枚で会える。そういう編集者の原始的な部分が好きですね。
<大塩大が思う「プロの編集者」とは>
森 編集者といえば聞いてみたかったのが、大塩さんが思う編集者のプロってなんですか? 本の中で「従業員をプロ化させるために、色んなものを数値化して全員に共有させる」と書かれてましたけど、編集者は数値化や言語化が難しい仕事ですよね。僕は自分が編集のプロになれているのか常々自問していて、自分はプロのつもりで信じてやっていますが、それが正解なのかわからない。
大塩 あくまでもビジネス書・実用書の編集者の立場からですが、何らかのプロである著者に対して、そこに自分が出版のプロとして対峙できるかじゃないでしょうか。
森 自分の気構えみたいなものですか?
大塩 気構えもありますけど、自分が何をやってきたか、何ができるのか、どう本を作って来たか、どうやって数字を出してきたか、を明確に持っておく。
もう一つあって、僕が大切にしているのは第一に読者ですけど第二に著者です。もちろん読者のために本を作りますけど、同時に著者が不幸になるのを見たくないんです。でもこのジャンルでは著者が不幸になるケースもあるんです。
森 それは本が売れないということではなく、ですか?
大塩 そのケースもありますけど、本が売れて不幸になるケースもあります。たとえば本が売れて周りがちやほやしてその勢いで独立したけど、次第に本が売れなくなって同時に仕事も減り、困っている人もいます。
でも、自分が担当した人にはそうなって欲しくない。そのため、たとえば本業と離れたテーマで本を書かれると、本が売れたときに本業とのギャップに困ることがあるので、「今後どのような分野で活躍されたいか」を事前にご相談して、本のテーマを決めたりもしています。
最終的に人生を決めるのはその人自身ですけど、多くの著者の方の人生を見てきたからこそ、あらゆる可能性も示唆できるのは最初の担当編集しかいないと思います。
あと話が変わりますが、いつもすごく悩んでいることですが、僕は基本的に良い文章で伝えるということを優先していないんです。だからといって良くない文章で伝えるのが良いわけではないですけど。
森 ジャンルとして「小説」に必要なものと「ビジネス書・実用書」に必要なものは違いますよね。
大塩 違いますね。文章的に美しくなくても、そこを指摘しない方が良い場合もあります。それよりもその人が表現すべきことの抜け漏れがないか、表現する内容の筋道がちゃんと通っているか、あるいは思いや熱量などが大事だったりします。
そういう意味で、文章・絵柄やストーリー、世界観などが問われる、漫画や文芸の作家さんや編集者はすごいな、といつも思うし、僕にはできないと思っています。そこで勝負しないからこそ、そこで勝負している人への尊敬を忘れないようにしていますね。
森 大塩さんのジャンルの本づくりは、逆に文芸や漫画の作家や編集にはできないことでもあるので、僕もすごく尊敬をしています。
<この本を取り上げた理由>
森 そろそろ、なぜこの本について語りたかったのか、一番の理由を伺いたいですが……。
大塩 (無言でプリントアウトしたメールの文面を出す)
ポプラ社 大塩 様
謹啓 益々御清栄の御事とお慶び申し上げます
弊社会長 𠮷原 博 儀 かねてより病気療養中のところ
薬石効なく十二月二十六日に逝去いたしました
尚、葬儀は故人の強い意志により家族葬にて相済ませました
ここに生前の御厚誼に対し厚く御礼申し上げます
早速御挨拶申し上げるべきところ
何分にも急なこととて御通知が遅れましたこと深くお詫び申し上げます
会長は病気療養中、本を出せたことにとても満足しており、
思い残すことはないとよく話しておりました。
おかげさまで悔いなく旅立ったことと思います。
会長の母も会長の出した本を擦り切れるほど読んでおり、
療養中に看護師に自慢していたと最近になって聞きました。
本の出版に関しまして多大なるご尽力を頂き、改めて御礼申し上げます。
まずは略儀ながらメールをもって御挨拶申し上げます
森 ……。驚きました。たしか、まだお若いですよね。
大塩 そうですね。まだ60代だったと思います。
森 大塩さんもご存じなかったんですか?
大塩 体調が悪そうだなと思っていたら入院されて、ステージ4の癌だと聞きました。でも10月くらいまで元気そうにフェイスブックで書き込みをされていたので、お見舞いに行こうと思っていたら書き込みが途絶えて、年が明けてこのメールを頂きました。
森 そうですか……。
大塩 𠮷原会長の人生で、著者と編集者として対峙したのは僕しかいないはずです。そういった中でこのメールを頂けたのは悲しいなかでもすごく嬉しかったし、同時に編集者としての責任の重さをあらためて感じました。
昔、ある音楽プロデューサーの本を作ろうとして、自戒をこめて言うと、「ちんたら」やっていたんです。そうしたらマネージャーさんから、末期ガンだという連絡が来て、数か月後に亡くなられてしまいました。その人にとって本を出すことがよかったのかどうかの答えはないですが、僕はその人の初めての本を出すチャンスがあったにも関わらず、その機会を永遠に失ってしまいました。
僕らは名刺一枚で誰でも会えるんですよ。でも、特に初めて本を出す人だと、こちらも色んな迷いが出てしまって結局形にならないこともある。もちろんそれも編集者なんですけど、そんなことをしていてはいけないんだな、とこの時思いました。
森 僕も自戒をこめて、そう思います……。
大塩 𠮷原会長が亡くなられて惜しむ声をあげられている方も多くいらっしゃいました。この本をきっかけに𠮷原会長とその想いを知った人が生まれて、そういう方々が𠮷原会長を惜しんでくださる。小説や漫画とは違うけど、読者の方と著者の方の人生をいい意味で変えている。それが少しでもできたのかな、と思います。
ビジネス書でこういう側面が取り上げられることは少ないですけど、このようなビジネス書のあり方も、少しでも世に紹介できればいいなと思ったのが、今回この本について語りたかった理由です。
森 人生を変える本というと、どうしても小説や漫画など創作が注目されがちですが、ビジネス書においても本質は同じだということをあらためて勉強させてもらいましたし、それがすごく良い形で体現された本だったんだな、と今日の話を聞いて思いました。
でもそれは、本づくりの中に常に著者への真摯な想いを忘れない、大塩さんの情熱あってのことなのだと思います。
今日はありがとうございました。
今回の担当編集:大塩 大(おおしお・まさる)
ポプラ社一般書編集局企画編集部所属。
1980年生まれ。静岡大学理学部化学科卒。新卒では教科書・学習参考書を発刊する出版社にて参考書の編集を担当。その後、別の出版社を経てポプラ社へ。これまでに、ビジネス書・実用書・教養雑学書・学習参考書・語学書・ノンフィクション・文庫・新書など、幅広く担当する。
『人生は攻略できる』(橘玲)、『殺し屋のマーケティング』(三浦崇典)などのビジネス書や、『みんなで筋肉体操』(NHK「みんなで筋肉体操」制作班/谷本道哉)、『発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母の毎日ラクラク笑顔になる108の子育て法』(大場美鈴:著、汐見稔幸:監修)などの実用書、『人生の教養』(佐々木常夫)、『夜型人間のための知的生産術』(齋藤孝)などの新書と、ジャンルを問わずさまざまな本を編集。
過去の担当作には、『20歳若く見えるために私が実践している100の習慣』(南雲吉則)、『物を売るバカ』(川上徹也)、『「灘→東大理Ⅲ」の3兄弟を育てた母の秀才の育て方』(佐藤亮子)、『新訳 道は開ける』(D・カーネギー:著、田内志文:訳)などがある。
▼『町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由』の詳細はこちら
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8008169.html
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