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横浜にぎわい座正月🎍興行

令和7年
新年🪅あけましておめでとう🎍
ございます

1月2日 横浜にぎわい座に行って参りました。
「新春特選演芸会2」ほぼ満員🈵


【演目】

門付万歳  尾張万歳保存会
音曲     桂小すみ
箱入り    林家つる子
御殿万歳・三曲万歳 尾張万歳保存会
                《中入り》

黒田武士   一龍斎貞鏡
奇術     ボナ植木
権助提灯   蝶花楼桃花


⚫️尾張万歳保存会

尾張万歳(おわりまんざい)とは、愛知県知多市に伝わる伝統芸能

安土桃山時代、国家の雇用人であった陰陽師が、弾圧や迫害を受け衰微し、その後、1594年(文禄3年)に豊臣秀吉がすでに民間の陰陽師となった声聞師にたいし、荒地の開墾を命じ、辛うじて生き残った多くが尾張に追いやられ、そして千秋万歳をおこし、それが尾張万歳として生き残り、現在の上方芸人、浄瑠璃、歌舞伎の基になったといわれる

江戸時代の尾張万歳は三河万歳のように江戸ではなく、伊勢・紀伊・遠江・木曽などを廻った。
江戸時代の末期近くになると、舞台芸能としての性格を強くうちだした御殿万歳や、従来の正月の祝福芸ではなく、三味線や胡弓を取り入れたり歌舞伎などに演目の題材を求めた三曲万歳が生み出された。

披露する季節を問わなくなった三曲万歳の中でも、なぞかけ問答やお笑いで進める音曲万歳は、明治時代に嵐伊六により伊六万歳(「うかれ節」「あほだら経」など独自の芸風を創出し、中腰で演じることから中腰万歳とも言われる)へと発展し、後の漫才と基礎となった。

イメージです


リーダーの方が「私たちは素人ですから………」と謙遜されてましたが、中々どうして、充分伝統芸能の真髄を味合わせてくれました
5人の方全員が謎かけを披露して、全員ドカンドカン受けてました


⚫️音曲     桂小すみ

横浜市(港南区)出身の小すみさん
まさに横浜が地元‼️

横浜翠嵐高校から東京学芸大、在学中にウィーン国立音楽大学に国費留学、ミュージカル専攻を特別賞で修了。
音楽科教員の後NHK邦楽技能者育成会を経て長唄を杵屋佐之忠に師事

凄い経歴の持ち主ですよね
今は落語芸術協会に所属、桂小文治師匠の弟子として活躍されてます

三味線だけで無く、フルート、尺八、バスリコーダーを駆使して謡曲を披露されてました

フルートで演奏された「年の始めの ためしとて」が歌いだしの『一月一日』(いちげついちじつ/いちがついちじつ/1月1日)が一番印象に残りました

この歌今学校🏫で習っていないところが多いようです
我々は元旦恒例「新春かくし芸大会(フジTV)」のオープニングとエンディングで歌われてましたので親しみのある曲ですね

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⚫️ 箱入り    林家つる子

マクラでは大おかみ香葉子さんの話題、箱根駅伝で中央大学が活躍してるのが本当に嬉しそうでした

今日の演目は「箱入り」
生で聴くのは3度目ですが、だんだんとプラッシュアップされてます


⚫️ 黒田武士   一龍斎貞鏡

講談 黒田武士

博多の民謡に「黒田節」というのがあります。♪酒は飲め飲め飲むならば~、という文句で始まる民謡の由来になった物語です。

黒田長政の家来 母里太兵衛(もりたたへい)は、主君長政から福島政則の元へ使者として赴くよう命じられます。

酒ぐせが悪かった太兵衛は、「決して酒を飲んではならん」と厳命を受けたのですが、広島に行くと福島政則はちょうど祝い事の最中でしたので、酒を勧められてしまいました。

これを断ると福島政則は怒り心頭です。といって飲めば主君に背くことになります。
思案の末太兵衛は仕方なく飲むことに致しましたが、飲む代わりにご褒美をいただく約束をうまくとりつけてしまいます。

そのご褒美とは、福島家の家宝「日本号」と名付けられた名槍をいただくことでした。 

この槍は天正13年、豊臣秀吉が関白の御位を賜った折、時の帝、正親町(おおぎまち)天皇より一振りの御剣を頂いた

秀吉はこれに5尺の柄を付けて槍として、己の命の次に大切にした。

天正18年、小田原・北条攻めで、三島から攻撃したのが福島正則だが、敵中を突いている際に槍を折ってしまった。

この様子を本陣から見ていた秀吉は、「これを使え」と帝から賜った刀を作り替えた槍を差し出した。

この槍でもって正則は獅子奮迅の活躍をし、ついには北条を破り、関八州は秀吉が征服した。

大坂城に凱旋した秀吉は正則を呼び寄せる。 
先の槍を「日本号」と名付けて正則に与えた。 

広島50万石の城主となった正則にとってはこの槍は何よりの自慢である。

 太兵衛は三升の酒をあっという間に飲んでしまう。「なんでも下さると仰いましたな」。太兵衛は日本号の槍を所望するが、正則はこればかりは渡せないと断る。

太兵衛は約束を反故にした嘘つきと全国中に言いふらすと言うと、正則も仕方なく槍を渡す。

 あれほどに酒を飲んだ太兵衛は酔っぱらって往来で寝ているかも知れない。

そこまで行って槍を取り返して参れ、と正則は家来の者に言い付けるが、太兵衛は酔った様子もなく悠然と歩いている。

福島家の豪傑で桂市兵衛という者がおり、彼から太兵衛が3斗4斗の酒を飲み干してしまうような大変な酒豪であることを聞かされる。

正則は悔しがるがもうどうにもならない。

 堂々と母里太兵衛は福岡へ帰ってくる。このことが大変な評判となり太兵衛は黒田武士の鑑だと言われるようになる。

「酒は飲め飲め飲むならば、日ノ本一のこの槍を」。
これがきっかけで今にも残る黒田節が歌われるようになったという「黒田節の由来」という一席。


一龍斎貞鏡さん初めて聴きましたが、小気味良い高座でした、

4人のお子さんを育てながら、一昨年の5月に真打昇進する姿は本当に頼もしい
並の男性では太刀打ち出来ない‼️

講談師は年末に薬研不動尊で張り扇をお焚き上げし、新年から新しい扇に換えるようです

今日がその叩き初めということでした

⚫️ 奇術     ボナ植木

言わずと知れた元ナポレオンズの植木さん

相変わらずの飄々とした感じ健在です

https://napobona.sakura.ne.jp/page009.html

⚫️権助提灯   蝶花楼桃花

桃花姐さんでこのネタ聴くのは
3度目

権助のキャラが立ってて良かったです

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