ぽっぷこーんじぇる

短歌をやっています。寿司村マイクさん、姿煮さんと短歌ユニット「朝ごはんじゃない」を結成しました。短歌の企画をしたり、評を書いたり、インタビューしたりしています。

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マガジン

  • 短歌五十音

    • 38本

    「短歌五十音」は、中森温泉、初夏みどり、桜庭紀子、ぽっぷこーんじぇるが五十音順に歌人を紹介する記事です。毎月第一〜第四土曜日に更新予定。 画像は桜庭さんよりいただきました。

  • 今月の短歌

    前川佐美雄『秀歌十二月』を起点として、各月の短歌を紹介します。『秀歌十二月』読書会の企画です。

  • まじめな記事

    がんばった記事です。

  • 短歌インタビュー「私と短歌」

    ツイッターを活動の場(の一つ)とする歌人にインタビューする企画、「私と短歌」の一覧です。

  • 春のたべもの短歌会

    2023年4月に開催した「春のたべもの短歌会」の記録です。

最近の記事

短歌五十音(や)山中智恵子『山中智恵子歌集』

山中智恵子を読むために水原紫苑編『山中智恵子歌集』(書肆侃侃房, 2022)を5ページ読んで思いました。難しすぎる! こんな本が新編歌集シリーズから出たことに驚きです。多くの歌人が手に取り、さぞ困惑したことでしょう。 山中智恵子(1925-2006)は愛知県生まれ。前川佐美雄に師事し、塚本邦雄らと並んで前衛短歌の代表的歌人とされています。 このnoteの目的は山中智恵子歌集を「ちゃんと」読むための道案内をすることです。そのため二人の評論家に登場してもらいましょう。 な

    • 短歌五十音(み)宮崎信義『夏雲』

      「宮崎信義は一九一二年、明治四十五年二月二十四日に、滋賀県の母の里で生まれた。(…)彦根中学時代に前田夕暮の主宰する「詩歌」に入会したのが昭和六年。それから一筋にぶれることなく、九十六歳と十ヶ月で亡くなるまで、口語の短歌を詠み続けた。」(光村恵子「宮崎信義生誕百年を記念して」) 山と水と1932年に満州国を建国した日本はさらなる権益を求めて華北5省に手を伸ばした。37年、盧溝橋事件によって日中戦争がはじまると、中国では国民党と共産党が手を結んで激しく抵抗した。 戦争が激化

      • 「選集という展覧会」(三枝昂之編『前川佐美雄歌集』書評)

        はじめに直近のBR賞に応募したものです。 本文 選集を読むのはむずかしい。たとえば千種創一の第一歌集『砂丘律』を読むとき、わたしたちはそれが一つの完成された作品だと考える。それは作者の思想が注がれた水槽としてありながら、作者の人生とは一定の距離をとり、わたしたちは水槽を部屋のほの暗いところに運んで、人目をしのびつつ、そのさまを無心に眺めることができる。  しかし、選集では複数の歌集が作者名というひとつの糸で繋がれている。わたしたちは選集を読むとき、それぞれの歌集を完成され

        • 短歌五十音(ふ)藤井貞和『うた――ゆくりなく夏姿するきみは去り』

          1.水・記憶・戦争藤井貞和は詩人・古代文学研究者。折口学を受け継ぐが(→短歌五十音(し)釈迢空)、その肩書きに歌人が入ることはない。文学を考え、文法を論じ、詩を綴る。その生活から上の発言が生まれる(発言については後半で確認しよう)。 彼は歌人を名乗らないが、『うた――ゆくりなく夏姿するきみは去り』(書肆山田、2011)という一冊の歌集がある。主に若いころの歌をまとめていて、「そのころ自分の体内にあったかもしれない律動と、再開ならぬ再会してみたい」(終わり書き)ということらし

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          短歌五十音(ね)根本芳平『弥陀笑ふ』

          根本芳平(ねもとよしひら)を知る人はどれだけいるだろうか。短歌辞典には名前がない。Xのつぶやきも見当たらない。著者略歴によると短歌誌「水甕」の編集委員というので、「水甕」の同人はご存知だろう。歌集は『譚』『弥陀笑ふ』の二冊がある。 彼の歌は『角川現代短歌集成』に20首載っているから、ここから知る人がいるかもしれない。掲出歌もその一首で、「たしかに」の確信、この踏み込みがいい。 ただ、概して『角川現代短歌集成』に載る歌よりも『譚』の書評で三井修の挙げる歌のほうが興味深い。違

          短歌五十音(ね)根本芳平『弥陀笑ふ』

          「ゼロ年代の俳句100選」10選

          『現代詩手帖』2010年6月号に「短詩型新時代」という特集がある。対談も面白いが、ここでは髙柳克弘編「ゼロ年代の俳句100選」に触れたい。 「ゼロ年代の俳句100選」では、2000-2010年に発表された俳句から髙柳克弘氏が100句を選んでいる。世代を問わず金子兜太から坪内稔典、田中裕明から神野紗希までの句が載っており、現代俳句の〝広さ〟を知るには格好のアンソロジーだと思う。 ここでは独断で10句選び、とても短い評を付した。筆者の俳句観をいま一言でいえば、〈切り立った世界

          「ゼロ年代の俳句100選」10選

          「ゼロ年代の短歌100選」10選

          『現代詩手帖』2010年6月号に「短詩型新時代」という特集がある。対談も面白いが、ここでは黒瀬珂瀾編「ゼロ年代の短歌100選」に触れたい。 「ゼロ年代の短歌100選」では2000-2010年に発表された短歌から黒瀬珂瀾氏が100首を選んでいる。世代を問わず斎藤史から塚本邦雄、穂村弘から五島諭までの歌が載っており、現代短歌の〝広さ〟を知るには格好のアンソロジーだと思う。 ここでは独断で10首選び、とても短い評を付した。筆者の短歌観をいま一言でいえば、〈世界の不思議さに遭遇す

          「ゼロ年代の短歌100選」10選

          短歌五十音(と)土岐善麿『黄昏に』

          表紙土岐善麿(1885-1980)の第二歌集『黄昏に』は明治45(1912)年2月に発売されました。当時の筆名は土岐哀果です。初版本が早稲田大学図書館のデータベースで公開されているのでそれを見ていくことにします。 灰色の本にはカバーがかかっており、カバーの表紙にはなぜかキリストの絵が書かれています。なぜかというのは、『黄昏に』を解説する辞典には「灰色の装丁である」としか書かれておらず、このカバーには全く触れられていないからです。 おそらく辞典の執筆者はカバーがないものを

          短歌五十音(と)土岐善麿『黄昏に』

          〈私〉は〈大和〉である――前川佐美雄『大和』私論

          はじめに前川佐美雄の歌集『大和』は1940年8月に刊行された。刊行順でみれば『植物祭』につづく第二歌集だが、1936-39年の歌が収められており、1941年刊の『白鳳』以後の歌が収められている。 『大和』は非常に評価の高い歌集である。このあたりの事情は三枝昂之『前川佐美雄』に詳しく、多くの歌人が『大和』を前川随一の歌集として推奨している。 このnoteは三枝昂之『前川佐美雄』、三枝昂之編『前川佐美雄歌集』を頼りに彼の表現世界を辿ることを目的としている。三枝の読みは精緻だが

          〈私〉は〈大和〉である――前川佐美雄『大和』私論

          第8回毎月短歌の選評が出来なくなりました。

          毎月短歌の選評ができなくなりました。みなさまに心からお詫び申し上げます。 理由をお伝えします。まず、じぶんはじぶんの短歌の読みを信頼しています。じぶんはいい歌が分かると思っている。だからこそ選評を引き受けました。 しかし、みなさまの投稿歌を読むにつれて、そのいい歌と感想をお伝えしたい歌がずれてきました。一言でいえば、必ずしも完成されているとは言えない短歌に惹かれはじめたのです。 いい歌をつくる人は短歌につくり慣れているのではないでしょうか。彼らの短歌は読まれることが多く

          第8回毎月短歌の選評が出来なくなりました。

          短歌五十音(た)玉城徹『左岸だより』

          このnoteは次の二部に分かれています。 1.玉城徹の歌集『左岸だより』の紹介(1400文字) 2.玉木徹の評論集概観(5300文字) 第2部はおまけです。気になるかたのみお読みください。 『左岸だより』玉城徹(1924-2010)は歌人・評論家。北原白秋に私淑。第四歌集『われら地上に』で迢空賞を受賞。現在はいりの舎が彼の歌集・訳詩集を販売しています。『左岸だより』はその一冊で、2020年に発売されました。 玉城徹は晩年に小冊子「左岸だより」を発行していました。歌集『

          短歌五十音(た)玉城徹『左岸だより』

          連作の紹介(1)内田穰吉「調べ」8首

          作品 解説映画のワンシーンを見ているように、取り調べのさまが目に浮かぶドラマティックな連作である。全体はおおまかに場面描写→主体の心情→時間経過という構成をとっている。最後の句が「明日の調べは烈しくならむ」で終わっており、連作の出来事が何度も繰り返されたことを暗示する(→分析)。 内田穰吉(1912-2002)は日本の経済学者。戦前は共産主義運動にかかわり、何度も治安維持法違反で検挙されている。 連作のもとになった事件は「日本貿易研究所在勤中の1943年3月15日、輸

          連作の紹介(1)内田穰吉「調べ」8首

          短歌五十音(し)折口信夫『釈迢空歌集』

          このnoteは次の2部に分かれています。 折口信夫, 富岡多恵子編『釈迢空歌集』の紹介(2500文字) 釈迢空の短歌滅亡論から現代短歌の位置をさぐる(4500文字) 第2部はおまけです。気になるかたのみお読みください。 釈迢空の短歌をたどる折口信夫=釈迢空について 国文学者である折口信夫が歌人・詩人として名乗ったのが釈迢空……とされている。富岡多恵子によると、釈迢空は折口の戒名・法名でもあるという(『釈迢空ノート』)。 なぜ出家後・死後の名前である釈迢空を生前から

          短歌五十音(し)折口信夫『釈迢空歌集』

          木下利玄とリアリズムの現在/二月の短歌

          前川佐美雄『秀歌十二月』の二月では木下利玄の歌が紹介されている。 『李青集』は歌文集だ。ここで『李青集』所収の散文から利玄の歌風を考え、そこから一気に現代短歌へと繋げてみたい。 利玄略歴 「道」で利玄は自身の略歴を語る。李玄は1886年に現在の岡山県北区に生まれる。藩主であった伯父が早々に亡くなると、五歳の利玄が跡取りとされ、すぐに東京行きが決まった。故郷の実の親とは離され、会うことはほとんどなかったという。 東京での「寂しい」生活のなか、「いつの頃からか俳句や歌」に

          木下利玄とリアリズムの現在/二月の短歌

          短歌五十音(く)葛原妙子『葛原妙子歌集』

          底本:葛原妙子『葛原妙子歌集』(川野里子編、書肆侃侃房、二〇二一) 1.外部 戦後、葛原妙子(1907-1985)は外部にいた。まずは時代の問題として、葛原は敗戦という外部、短歌という外部、女性という外部に置かれていた。 日本の敗戦はこれまでの〝日本的なもの〟からの決別を作家に強い、彼らはまったくの〝荒地〟から言葉を紡ごうとした。彼らは〝日本的なもの〟である俳句と短歌に矢を放った(第二芸術論)。俳人・歌人はさまざまな反応を見せるが、そのやりとりは男性間にかぎられていた

          短歌五十音(く)葛原妙子『葛原妙子歌集』

          〈舞台〉に立つ、〈舞台〉を降りる――前川佐美雄『白鳳』私論/一月の短歌

          前回のnote はじめに前川佐美雄の第三歌集『白鳳』は1941年7月に出版された。刊行順でみれば『植物祭』『大和』につづく第三歌集だが、『大和』より前の1930-35年の歌を収めており、実質的な第二歌集に位置づけられる。 このnoteは三枝昂之『前川佐美雄』、三枝昂之編『前川佐美雄歌集』の二冊を頼りに彼の表現世界を辿ることが目的である。しかし、『白鳳』は『前川佐美雄歌集』には80首しか収められていない。 一方、三枝は「極めて特殊な魅力を持った歌集」(『前川佐美雄』p.1

          〈舞台〉に立つ、〈舞台〉を降りる――前川佐美雄『白鳳』私論/一月の短歌