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通天閣の下の赤ちゃん 第四話
ナポレオンの経営する喫茶店ホマレも不況で客足は少な目だった。ヒロシは何時いっても、テーブルと椅子を独占できた。今もガラガラの店内で向かい合わせに座って、会話が続いている。
「それでやはりドクロ団とレンガ団の諍いか」
「そうや、揉め事の総決算や。ワテとロク、二人の決闘でケリをつけるようになったんや」
赤ちゃんはドクロ団の団長で、団の幹部は五人程いた。履物屋の三太とつなや玩具店のミッチャンが副団長だった。ミッチャンは小学二年生の女の子だが、団の会計の面倒をよくみていた。電気器具店のゴンが腕力で一番強い力持ちだった。大体が商店街の子供たちで、半数以上が中・低学年の小学生だった。高学年は少しで、ゴンだけが最上級の六年生だった。団のシマ(なわばり)は飛田本通り北部から通天閣の円型噴水広場と茶臼山辺りが寄場だった。何かがあって、団長が召集をかけると根拠地の噴水広場に、二十人くらいの子供がいつでも集結した。
レンガ団のシマは本通りの南部で、根拠地は大国町の大きな工場跡の廃墟である。団員のほとんどは釜ヶ崎、大国町附近に居住している日雇い労働者、行商人の子供たちで、住居が手狭だったから、工場跡の煉瓦を共同で積み上げた大きな箱のような集会所をつくり、その中で群れていた。小学生の集団だが、ドクロ団より高学年が多いようだった。煉瓦に囲まれた部屋で遊ぶから、自然とレンガ団と名乗るようになった。団長のロクは倒壊した大煙突の円形型コンクリートとトタン板をつなぎ継ぎ合わせ、組み込んだ自分用の部屋を持っていた。家出願望を満たすかのように、時々は寝泊まりまでしていた。
まあ、言わば都会の場末の片隅でよく見掛ける悪餓鬼の集団だが、模範的だったヒロシが、何故こんな悪たれ小僧に交じりあって、ドクロ団の団長になってしまったのか、その経過をこれから説明しなければならない。
直接の原因はヒロシが七歳の時、魂の半分が千切れてしまう、悲しい出来事がおこったからである。それまでのヒロシは表彰状どおりに、町内で評判の良い子で育ってきた。
ところが、三年前、酷暑の日射しが強烈な昼下がりだった。弟のユキノが囁いたあの言葉「オニイチャン団子みたいやねぇ」の一言が耳にこびりついて、ヒロシは身悶えするオク悩を背負ってしまうことになった。ただ、あまり暑いからアイスキャンデーを買って、一寸ヒヤリとしたい一心だけだった。大文通りのペンギン堂で三本買ってヒロシが右手に二本、ユキノが左手に一本持って、兄弟で両手をつなぎながら焼けついたアスファルトの道を歩いた。
足元の直下には、まんまるに弾くようにまるまった二つの濃い人影が映った。二人の繋いだ手とアイスキャンデーが二箇の団子を串刺しにしていると、ユキノには見えたらしい。影を見ながらユキノが「ウッフ、フーフー」と笑い、「ケエロ、ケエロ、ケッケ」とヒロシが笑った。二人は大の仲よしだった。ヒロシはユキノのためにはどんなことでもした。可愛くて、ユキノを自分よりも大切にしながら、日々を送った。
二人はホマレのテーブルで、今買ったアイスキャンデーを一本ずつ舐めた。ナポレオンは居なかった。
ヒロシは二本目を食べようとしたが、ユキノがその時ニコッと笑った。それがいけなかった。「おまえ、おたべえ」と手渡してしまった。これをどれだけ後日、悔やんだことか、この気持ちはヒロシにだけしか分からない悔恨であった。
第四話終わり 続く