『ラグビー憲章』介護訳(2) <品位(integrity)>

ラグビーとは雄々しい男たちがぶつかり合って己の仲間たちと勝利を目指す競技であり(世の中には女子ラグビーもあってそこに情熱を懸けている人々が居ることも存じているが、ここではあくまでも世間一般のイメージということで)、筋肉・汗など男臭さの象徴のように捉えられがちである。しかし、昨年ワールドカップを愉しんだ僕たちの中には、爽やかさや清々しさが残っていた。それは何故か。
おそらく、「憲章」に謳われるところの<品位>を各国代表選手たちが、チームそのものが、関係する人たちが皆胸の中にいただいており、それが表出したからではないかと、僕は思っている。

介護職の僕たちが表現する品位とはどういうものだろうか?
一度介護から離れて、宿屋・ホテルに泊まることをイメージしてみよう。テレビやネットで紹介されるような高級旅館に泊まったとき(僕自身の実体験はほとんどないが)、応対も丁寧で部屋もキレイだけど、人ん家に来たような気がずっとして落ち着かなかったこと。ネットで探した最安値のホテルに泊まってみたら(こっちの経験は豊富)、確かに値段相応といえる対応と設備。鍵がちゃんと閉まらないから心配で眠れなかったこと。どちらも僕はずっと居たいとは思えなかった。ただ、これは僕の感覚。人によって感じ方は全く異なる。だから高級旅館は品が高く、安宿は低いなどと安易に言えない。そこの従業員によっても印象は大きく変わるであろう。宿ならばその晩か、あるいは数日の滞在で終わりだけれど、もしもそこに死ぬまで住んでいるよう言われたならば…。介護施設に入居するということは、そういうことなのかもしれない。

これまで数多くの施設見学に出かけたが、高級とされる施設であっても、現場に一歩踏み入れたときに違和感を覚えたら、何万円もする調度品が並べられていたとしても、居心地の悪さしか残さないのである。では逆にボロ屋で雑多なところが居心地良いかというと、そうでもない。言わば見学なんて一瞬なので、「普段はもっと違うんですよ~」などと説明されることも有る。それはそうなのかもしれない。しかし、僕自身にとってのイメージは、その一瞬がすべてとなってしまう。
前述のように、感覚というものは千差万別であるから、完全なる万人受けは難しい。しかし好感度の最大公約数を得ることを第一ミッションとすれば、整理された小綺麗な空間が好印象を形づくることはほぼ間違いない。

では小綺麗なら、それで良いかというと、それだけのものでもない。空間とは、空気、雰囲気。目に見えないもので、人は印象付ける。「何かよく分からんけど、感じええよね」という感覚を抱いた経験は、おそらく誰もがしている。同じように「何がどうっていうわけじゃないけど、感じ悪~」と感じたことがある人もいると思う。そしてそれらの目に見えない感覚は、勝手に出来たものではないことを知っておきたい。これらは、その空間に関わる人たちによって(場合によっては意図的に)つくられたものである。特に好印象の場合は。「感じええ」とは「品位」そのものである。

「感じええ」状態をつくるにはどうしたら良いか。「感じええ○○さん」が一人居ればいいという訳でないことは明らかで、その空間に身を置いていることこそが「感じええ」と思っていただかなくてはいけない。それはそこで働いている僕たちも「感じええなあ~」と日々思っていることをも必要とする。感情は伝播する。しかし悲しいかな日常には「感じ悪」が満載である。「感じ悪」を「感じええ」に変換することは容易ではなく、相当の努力が求められる。
個人対個人であれば、「感じ悪」を相互に感じて関わらないことも可能であろう。しかし組織・チームとして顧客に関わるのであれば、まずは自分たちの集団が演出する「感じええ」がどこにあるのかを明確化させ、そこに向けて各人が尽力した上で、顧客一人ひとりの「感じええ」居場所をひとつずつ皆でつくり上げていく。介護でいうならば、それが個別ケアである。

個別ケアの必要が求められてから随分時が流れたが、利用者満足を進める場合に、その前提であるベクトル合わせは出来ているだろうか。時として過去の経験値にのみ基づく価値観を現場に持ち込んでしまうことはないだろうか。「前の事業所ではこうだったから」「介護はこういうもんだよ」など経験則だけで事を進めてしまう先輩に引っ張られて釈然としなかった経験を持つ人も居るだろう。介護観の違いで職場を去る人もこの国の現場には少なくないし、介護を議論すること自体は僕も否定しない(この場で論じさせてもらっているし)。しかし、考えや思いだけを先行させたのでは「感じええ」状態は作れない。もっと単純に、喜んでもらうには…、楽しんでもらうには…、満足してもらうには…、を追求してみてはどうか。それは色んな結果に繋がると思うし、そこに取り組んだ僕らの歓びにも、きっと結びつく。少なくとも、僕自身にとってはそこが最大の悦びである。

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