見出し画像

働く価値のポートフォリオ#1_経済発展における欲求のシフト

 新連載「働く価値のポートフォリオ」では、働く価値について世の中の最新の知見をレビューし、根拠に基づくライフスタイルデザインの方法を議論していきます。第1回では、働く価値を考えるために、人間の欲求と集団の欲求の遷移について取り上げます。

働く価値とは何でしょうか?

 転職サイトでは、「より収入の高い転職条件を探していきましょう!」というのを広告にしていますよね。「転職者の平均年収アップは+100万円以上」などの広告です。確かに収入は働く対価として極めて重要ですが、私は、あくまで要素の一つであると考えています。それでは、働く価値とは何でしょうか?その答えを導くために、まず人間の欲求について深堀してみましょう。

マズローの欲求五段階説

 アメリカの心理学者、アブラハム・マズローは人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されていると説明しました。これを「マズローの欲求五段階説」と言います。五段階というのは、下から、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現の欲求、の順に構成され、低次の欲求が満たされるごとに、次の欲求に向かっていくというものです。

<マズローの欲求五段階説>
・1段階:生理的欲求
食事や排せつ、睡眠など、生命維持に必要な基本的欲求
・2段階:安全欲求
病気やケガ、災害などへの備えなど、安心・安全に暮らしたい欲求
・3段階:社会的欲求
友人や家庭、会社などの共同体の一員として加わりたいという欲求
・4段階:承認欲求
他者から認められたい、他者より優れていたい、など自尊心に関わる欲求
・5段階:自己実現欲求
自己の潜在的可能性を探求し、自分らしく生きたいという欲求

 年収と欲求段階には関連性があると言われており、一般的に年収が上がるごとに物欲も高まり、モノが満たされることによって欲求段階が高次に移行すると言われています。一方で、米プリンストン大学の心理学者、ダニエル・カーネマン名誉教授の研究によると、年収約800万円を超えてくると、物欲が抑えられていく傾向があることを示しました。これは、衣食住の確保によって、生理的欲求や安全の欲求、社会的欲求が満たされ、所有したものを他人に見せることによって、承認欲求もある程度満たされるからだと考えられます。つまり、働く価値を考えるうえで、一定以上の年収を獲得した人にとっては、年収は重要な要素ではないと考えられます。

モノづくり→コトづくり

 続いて、経済発展などが推し進める欲求の高次化の要素について取り上げていきます。

 モノが豊かな時代になりました。高度経済成長期は、そろえることがステータスになっていた家電は、在って当たり前のものになり、大衆の欲求段階は高位へ向かい、モノ離れが進んできています。最小限のモノしか持たないミニマリストの登場は、その流れの最たる例でしょう。こうした、大衆のモノ離れを受けて、企業のビジネスも、モノづくりから、コト(経験)づくりへと変容し始めています。
 コトづくりというのは、優れた製品を創るだけでなく、ものを通してユーザーエクスペリエンスなどの価値を創出すること、ユーザーが意義や価値を投影できる製品を作ること、夢やロマンのある旗印に向かって皆が力を合わせて働きたくなる仕掛けやシステムを作ることです。決してモノづくりを否定するというものではなく、モノづくりの先にある価値を考え抜くことがコトづくりに繋がるといえます。もっぱら従来の国内の製造業で重視されてきたものづくりは、高性能・高品質といった、製品の良さに焦点を当ててきたのに対して、コトづくりは、製品の使用により満たされる需要を重視しています。
 具体例を挙げると、消費者がスマホに求めているのは、スマホというモノではなく、スマホを利用したサービス(コト)だということです。スマホ自体の生産数の伸びと比較して、スマホを利用したIoT関連のサービスの伸びはいっそう著しくなっています。
 このモノづくり→コトづくりの流れを受け、働く価値もモノを得るものから、経験を得るものへの変遷していっているのです。

SNSが加速する高次欲求へのパラダイムシフト

 世界的な欲求の高次化は、高度情報化社会によってさらに加速しています。特に、SNSや、Twitter、Youtube等では、フォロワーの数や、いいね!の数が経済的な価値に変わる仕組みが機能するようになりました。多くのフォロワーを持つ人気者は、インフルエンサーとして様々な経済に深く関わるようになっています。これはまさに、マズローの欲求五段階説の3段階目以降の社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求に呼応しているといえます。高次欲求を満たすための活動が、マネタイズ(お金になる仕組みを創ること)されるようになった現在、働く価値は安全やモノを得るための行為から、他人から承認され人気を得る行為へと変遷しているのです。実際、高収入を得ている人の特徴は、承認欲求や自己実現欲求をマネタイズしている人がとても多くなってきています。

ベーシックインカム

 欲求の高次化に関連した動きとして、様々の国地域で試験的に導入が検討されているベーシックインカムという制度があります。この制度は、最低限の生活に必要な収入を国等が保証するものであり、マズローの生理的欲求や安全欲求を満たすことにより、一時的には物欲の増進・消費経済を回すことになると思いますが、最終的にはモノ離れをさらに加速していく可能性があります。

 以上のように、モノの満たされによる物欲からの開放、そしてベーシックインカムの導入などの流れは、資本主義経済に新しい流れを生み出しています。このような時代変遷から、”この仕事で食べていく”という、仕事と自己の低次欲求を結びつける考え方から、”この仕事で何を実現するか”を考える時代に大きくシフトしていると考えられます。

まとめ

収入は働く対価の要素の一つ。一定以上の年収を獲得した人にとっては、収入は重要な要素ではない。経済発展や高度情報化による、コトづくり、SNS、ベーシックインカムなどは、大衆の欲求の高次化を加速させる。働く目的のウェイトは、「生きるため・モノを得るため」から「経験するため・何かを実現するため」に変わってきている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?