毛羽毛現の緒
◎毛羽毛現は惣身に毛生ひる事毛女のごとくなればかくいふか。
或は希有希見とかきて、ある事まれに、見る事まれなればなりとぞ。
――今昔百鬼拾遺/下之巻・雨
鳥山石燕(安永十年)
〇毛羽毛現――巨きな黒い毛尨戯。
毛倡妓か毛女か、尨か螅か、将又全く別の何か。
毛先こそ解れ拡がって観えるけれども何せ大変な毛量だから、裡は絡まり凝って捻じれ縒って居るかも知れないし、そうでなくとも毳の下の姿形は誰にも識れない。
但、視てしまうと、出遭ってしまうと、不幸に為ると云う。
何処までも玄く鬱葱と噪騒めく毳絲を、唯だ眺めて覧てもそれだけで気持が陰鬱と為て来るのだから、間違って毛並を辿り手繰り掻き分け梳き等為てしまえば、裡なる何かを見附けて、迚も厭な気分にも為ろう。
〇緒――糸口、絲の端。
それは、終に向かう諸諸の起始。
そして、断ち切れぬ人人の脈絡。
その胸の内を絶えず充たす情念。