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自称・読書家が本を読まなくなった


Web本の雑誌のコーナー『作家の読書道』を時々読んでいるのだが、載っている作家さんの読書遍歴を見るたびに、自分とは圧倒的に違う読書量の差に愕然としている。作家さんが紹介する本のほとんどを読めていない事実に、「私が本好きなんて言うのって、おこがましいにも程があるんじゃないか?」と委縮してしまう。私の読書量、マジでショボい。

もちろん読んだ本の冊数をランキングするような風潮なんて良くないし、比べるものではないと理解しつつも、読書を生きがいにしている人たちの目には理知的な輝きがあって、人の世に対する深い洞察力があって、私はまだまだそこには到達できていないと知るばかりだ。

スマホがよくないんだろうなと思う。もっと言うとSNSが娯楽のツールになったことが、自分の読書量が激減した要因かなと思う。つまり自分の問題として、もっとスマホと適切な距離を築くべきなのだ。下手したら一日中あれをいじっているなんて、やっぱり行き過ぎてると思うし、そんな自分が嫌だ。私はずっと本を好きでいたいし、読書をする自分が好きだったし、物語に感激して涙を流す自分を「なかなかの人間だ」と自画自賛していた。そんな自分を愛していた。

本を読みたいなと感じる。物価うんぬんのせいで本を気軽に買えない状況下でも、本を身近に感じていたいし、電子書籍に耽溺している今でも、本音は紙書籍派だ。

誰に何と言われようと、私は本を読む人間をかっこいいと思っているし、「読書=根暗」とか言う人間のことは心の中で殴り飛ばしているし、読書は心の衣食住だと信じて疑わない。

そんな私が、最近読書をできていないため、矜持をまったく保てていない。由々しき事態だ。

少しずつでいいから、本に触れる時間を増やして、「読書が生きがいです」と堂々とのたまう人間に戻りたいと思う。
 


令和五年十月 一向に白いままのWord原稿を前にして唸りながら。