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ニコニコ動画はどのような権利をとっていれば「動画のコメント表示機能」の特許訴訟でFC2動画を侵害とできたのか?

ニコニコ動画がFC2動画を特許侵害で訴えた

2016年11月、動画配信サービスである「ニコニコ動画」を展開しているドワンゴ社が、同じく動画配信サービス「FC2動画」等を展開しているFC2社を「動画のコメント表示機能」に関する特許侵害で訴えました。


それ以前(2016年7月)にも、両社の間では「ブロマガ」という商標権を巡って訴訟が提起されており、この特許訴訟は有名動画サービスを展開する企業間での一連の知財紛争の1つとして、注目を浴びることとなりました(「ブロマガ」商標を巡る争いに関しては割愛しますが、下記のページは比較的詳しいと思いました)。

世間の注目を浴びたこの特許訴訟ですが、2018年9月にFC2動画は特許を侵害しておらず、FC2動画側の勝訴という形で東京地裁の判決が出ました。

では、なぜFC2動画はニコニコ動画の特許を侵害していないと判断されたのでしょうか。特許公報と判決文から詳しく見てみましょう。この裁判で争われたのは特許4734471(本件特許1)と特許4695583(本件特許2)の2つですので、それぞれ分けて見ていきます。

FC2動画は「動画を表示する領域をアスペクト比に応じて変化させていた」から本件特許1に非抵触だった!

本件特許1の請求項1は以下の通りです(丸数字、太字は筆者が付与)。

① 動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置であって、
② 前記コメントと、当該コメントが付与された時点における、動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部と、
前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生部と、
④ 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントを前記コメント情報記憶部から読み出し、当該読み出されたコメントを、前記コメントを表示する領域である第2の表示欄に表示するコメント表示部と、を有し、
⑤ 前記第2の表示欄のうち、一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており、他の領域が前記第1の表示欄の外側にあり、
⑥ 前記コメント表示部は、前記読み出したコメントの少なくとも一部を、前記第2の表示欄のうち、前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示する
ことを特徴とする表示装置。

ここでポイントとなるのは第1の表示欄(動画表示領域)第2の表示欄(コメント表示領域)です。これらの表示欄を定義するのが③と④の段落であり、それぞれの表示欄の関係性を特定しているのが⑤と⑥の段落であると言えます。
それでは理解を進めるために⑤と⑥の段落を抜き出して見やすく書き直してみましょう。

⑤' コメント表示領域のうち、一部の領域が動画表示領域の少なくとも一部と重なっており、他の領域が動画表示領域の外側にあり、
⑥' 動画の動画再生時間に対応して読み出したコメントの少なくとも一部を、コメント表示領域のうち、動画表示領域の外側(であってコメント表示領域の内側)に表示する

書き直したことによってこの特許の本質が見えてきました。
太字のところを参照するとコメントの一部を「動画表示領域の外側」に表示するのがニコニコ動画の特許だったわけです。

この点について、FC2社の出したソースコード等によれば、FC2動画にも「動画表示領域」と「コメント表示領域」が設定されているところまでは本件特許1と同じだったのですが、FC2動画の「動画表示領域」のアスペクト比は動画のアスペクト比に応じて変化するものであり、「コメント表示領域」は16:9の固定アスペクト比で表示されるものでした。すると、動画のアスペクト比が16:9よりも横長でない場合には特許に非抵触となります
さらに、裁判の中では「動画表示領域」と「コメント表示領域」のアスペクト比が可変だった場合には(FC2動画がまさにそうである通り)請求項の発明を満たさない場合がでてきてしまって発明の効果がなくなってしまうため、本件特許1の「動画表示領域」と「コメント表示領域」は固定アスペクト比とされる必要があるとされてしまいました。この観点でもFC2動画は本件特許1に非抵触です。

FC2動画は「動画視聴中にコメントを受信しなかった」から本件特許2に非抵触だった!

本件特許2の請求項1は以下の通りです(丸数字、太字は筆者が付与)。

① 複数の端末装置から送信されるコメント情報を受信して各端末装置へ配信するコメント配信サーバと、前記コメント配信サーバに接続され動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置とを有するコメント表示システムにおける表示装置であって、
② コメントと、前記コメントが付与された時点における、前記動画の最初を基準として動画の経過時間を表す動画再生時間をコメント付与時間として前記コメントに対応づけてコメント情報として記憶するコメント情報記憶部と、
③ 前記コメント配信サーバが前記端末装置からコメント情報を受信する毎に当該コメント配信サーバから送信されるコメント情報を受信し、前記コメント情報記憶部に記憶する受信部と、
④ 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間が対応づけられたコメントを前記コメント情報記憶部から読み出し、読み出したコメントを動画上に表示するコメント表示部と、
⑤ 前記コメント表示部によって表示されるコメントのうち、第1のコメントと第2のコメントとのうちいずれか一方または両方が移動表示されるコメントであり、前記第1のコメントを動画上に表示させる際の表示位置が、当該第1のコメントよりも先に前記動画上に表示される第2のコメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、
⑥ 前記判定部がコメントの表示位置が重なると判定した場合に、前記第1のコメントと前記第2のコメント同士が重ならない位置に表示させる表示位置制御部と、
を有することを特徴する表示装置。

本件特許2の特徴は⑥段落にある動画に表示されるコメント同士が重ならないようにする機能でした。
しかし、この裁判でポイントとなったのは③段落の太字部分です。③段落は難解な日本語になっていて分かりづらいので、以下のように整理しましょう。

③’ コメント配信サーバが端末(コンピュータやスマートフォン)からコメントを受信する毎に、端末ではコメント配信サーバが受信したコメント情報を受信する

整理してみると③段落ではサーバ側の制御と、端末側の制御の両方が書いてあることがわかりました。具体的には、サーバでは新しいコメントを受信するたびに、それを端末へと送信しているということです。
つまり、動画を視聴している最中にリアルタイムにコメントが更新されて表示されるのが、本件特許2の特徴なのです。

FC2動画では、動画を送信する際にその時点でのコメントを端末へ送信しているだけでした。動画を視聴している最中にコメントが反映されるわけではありません。
ですから、FC2動画は本件特許2に抵触していないと判断されたのです。

③段落は発明の本質であるとは言い難く、個人的にはもったいないなと感じました。

ニコニコ動画側はどのような権利を持っていればよかったのか

上記の通り、FC2動画は本件特許のどちらにも抵触していませんでした。

では、ここから今回の主題である「もしも」の話を進めていきます。
ニコニコ動画側はどのような権利を持っていればFC2動画との裁判に勝てたのでしょうか?

画像1

本件特許1の審査経過を見ると、本件特許1では拒絶理由通知を受けてから補正を行って特許査定となっています。この時の補正で、非侵害の原因となった⑤⑥の構成が追加されています。

私見ですが、拒絶理由通知を見るに、この時の補正はかなり保守的で安全をとって(権利範囲は狭くていいから特許が取りたいという気持ちで)行ったものであると思いました。
裁判を終えて、結果的には、本件発明1の⑤⑥のような構成とせず、もっと汎用性が高い権利とすべきだったのだと言えます。
例えば、コメントが右から左へ移動するものであるという特徴に着目して権利化を図って、以下のような請求項としても良かったのかもしれません。

④+ 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントを前記コメント情報記憶部から読み出し、当該読み出されたコメントを、前記コメントを表示する領域である第2の表示欄において相対する端から端を結ぶ領域内を移動させて表示するコメント表示部と、を有し、
⑤ (削除)
⑥ (削除)

また、本件特許2の審査経過では本件特許1と同じ内容の拒絶理由通知が出されていて、同じく補正をして特許査定になっています。本件特許1と同じく、やはりこの時の補正で、非侵害の理由となった③段落が追加されたようです。

私見ですが、この時の補正もやはりかなり保守的なものでした。コメントの重なりを防止する必要があるのは、動画を視聴している最中にリアルタイムにコメントが更新されて表示されるのが理由ではないですし、この構成を入れた意味は審査上あまりないような気がします。

むしろ、コメントの表示中に別のコメントが重ならないように制御するのがニコニコ動画の発明であり、先のコメントが動画上に表示されていないときには先のコメントの表示領域と後のコメントの表示領域は重なっても良いわけです。そこを特定するだけでも進歩性を主張できた可能性がありそうです。
したがって、③の段落はなるべく簡潔に記載しておいて、⑤と⑥を詳しく記載することが、より良い権利化の道筋だったように思われます。

③+ 前記コメント配信サーバから送信されるコメント情報を受信し、前記コメント情報記憶部に記憶する受信部と、
④ (変更なし)
⑤+ 前記コメント表示部によって表示されるコメントのうち、第1のコメントと第2のコメントとのうちいずれか一方または両方が所定の時間だけ動画上に移動表示されるコメントであり、前記第1のコメントを動画上に表示させる際の表示位置が、当該第1のコメントよりも先に前記動画上に表示される第2のコメントが動画上に表示されている際の表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、
⑥ 前記判定部がコメントの表示位置が重なると判定した場合に、前記第1のコメントと前記第2のコメント同士が重ならない位置に表示させる表示位置制御部と、
を有することを特徴する表示装置。

これらの「もしも」の話では、厳密に新規性進歩性を検討したわけではないので拒絶査定となる可能性は残りますが、より良い裁判結果になった可能性があると思われます。

ニコニコ動画の特許を詳細に見たときに、確実に言えるたった1つのこと

今回はニコニコ動画の「動画のコメント表示機能」を題材に分析を試みたわけですが、1つだけ確実に言えることがあります。

それは、ニコニコ動画の特許からは「チャレンジ精神」が感じられないということです。

本件の2つの特許は分割出願なのですが、同時期に審査請求をして同じ内容の拒絶理由通知をもらっています。そこでそれぞれ保守的に補正して権利化しつつ、さらなる分割出願はしていません。
この一連の流れが、あまり腑に落ちないのです。
強い言葉を使えば、特許から「当社の発明を守るんだ!」というやる気が感じられず、「なんでもいいから特許にしておけば怒られないだろう」という感じの甘えが透けて見える気がするのです。

これらの印象は先日紹介したFFのATB特許から受ける印象とは真逆です。
担当者のやる気は特許公報にも現れるし、係争結果にも影響を与えるのだということを肝に命じて知財の世界で生き抜いていこうと思った次第です。

2022年6月追記

続編を公開しました。


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