少しだけドアを開けて
ハラルという言葉をご存知だろうか。豚肉を食べてはいけない…などイスラム教の禁忌・戒律に則ったものを「ハラル」という。
数年前、私は英国に住んでおり、娘は現地の幼稚園に通っていた。そこでは7月最終日に料理持ち寄りパーティーをやるのだが、これが結構大変。イスラム教徒の園児が多いため「宗教上食べられないもの」があるのだ。
悩んだ結果、ハラルで照り焼きチキンを作ることに。が、どうも「ハラル料理」とは単に豚肉やアルコールを避けただけで安易に名乗れるものではないらしい。色々決まりがあって…
め、面倒くさい…
ムスリムのお母さん達は、私の英語が辿々しいせいか、挨拶してもいつも返してくれない。私は朝登園する時、彼女達と鉢合わせないよう、園のドアの前で時間を調整することさえあった。ヒジャブを被った彼女達が私には閉鎖的に見えたし、彼女達からしても私は見慣れぬアジア人。お互い得体の知れない者同士。
とはいうものの乗りかかった船。作りかけた照り焼きチキン。完璧なハラルではないけれど、なんとかできあがった。
いざパーティーが始まると、やはりムスリムのお母さん達は料理ごとに「これハラル?中のお肉は何?」と作った人に聞いて回っていた。で、私の料理の前で「これは食べられるね!」
ムスリムのお母さん達にチキンは大人気。料理の説明で初めてお喋りもした。異国の地でいつもぽつねんとしていた私はこれが嬉しく、同時にある事を思い出していた。
英国の家はよく壊れるので何かと修理人が来るが、私が日本人だと知って自発的に靴を脱いでくれる職人さんがたまにいる。その時、私は勝手に親近感を抱いたりするのだけど、彼女達もそういう感じなのかもしれないな、と。別にお互い完全に理解したわけじゃない。親友になったわけじゃない。ただちょっと、ドアを開けて相手の文化を覗いてみただけ。
それでもやっぱり
閉めっぱなしとは違う。
いくらドアを開けておいても向こうは気づいてくれなかったり、あるいは自分が出ていけなかったり、する。だけど閉めっぱなしよりいい。そこを風が通るだけでも、気持ち良いのだから。
その後、私とムスリムのお母さんたちはこれを皮切りにとても親しくなった…ということはなかったのだけど、笑顔で挨拶はしあうようになった。それで国際交流に大きく貢献したとは言えないだろうが、とにもかくにも私は、以前より少しだけ晴々と、朝ドアを開けられるようになったのだ。