続・看板製作入門

 カストリが済んだ粘着シートに転写シートを貼る。リタックとかタックシート、アプリケーションとも呼ばれるシートだ。この会社ではリタックと呼んでいた。リタックを綺麗に貼ったら隅の余分な部分を切り落とす。この時水平の基準になる場所や、隣りに貼るシートとの位置合わせになる部分を切り落としてしまうと現場が苦労する。リタックにシワを入れてもまずい。大きすぎるシートを作っても、小分けにしすぎてもよくない。水平の基準が無いと、1/10図面と現場の実測値を付き合わせて水平位置を割り出すという手間が増える。シワを入れてしまうと、リタックを剥がして転写する際にうまく剥がれず余計な手間がかかる。大きすぎるシートは扱いが大変だし、小さすぎると時間ばかりかかってしまう。貼り付けが社内での作業ならまだしも、現場では高所作業車だったり仮設足場だったり、高い脚立の上やハシゴに乗って作業するなんてことはザラなのだ。寒暖や風などで辛い思いをすることもしばしば。なるべく作業しやすい様に下準備をすれば、現場でのミスや危険を減らすことにつながるという。

 次にリタックを貼ったシートを看板に貼る。念入りに位置を合わせ、隅を仮止めして裏紙を剥がしながらスキージーという道具を使って貼っていく。シワがよらない様に、空気が入らない様に、曲がらない様に貼っていく。見ているとそんなに難しい作業に見えないが、これがなかなか難しい。なにしろ和紙の様な見た目のリタックなのでシート本体が見えない。空気が入っていないか、シワがよっていないかは手応えでしかわからない。最後にリタックを剥がしてがっかりすることもしばしばだ。リタックをはがすのも見た目ほど簡単ではない。シートとリタックが板面に貼り付き、そこからリタックだけ剥がしてシートを板面に残すのだが、気温が低かったりシートの粘着力が弱かったりするとリタックからシートが剥がれず、剥がしたリタックに文字がくっついてきてしまう。文字が丸ごとくっついていれば貼り直せば済むが、漢字などの複雑な形のものは一部が板に残り、一部がリタックに残って最悪なら文字が破れてしまう。誤魔化せればいいのだけど、たいがいそういう修正作業はさらに上の技能が必要なことが多いので、破ってしまったらまたプロッター作業からやり直すことになる。社内作業ならいいが、現場ではプロッターなんて無いので破らない様にするしかない。こういった作業を失敗無しですいすいこなすK部長はプロだと思う。

 こういった切った文字を貼る以外に、切る前のシートをそのまま板に貼る作業もある。青い地が必要なら青いシート、黒地なら黒いシートをベタ貼りするのだ。白地でも白い板に白いシートを貼る。こういった広範囲のベタ貼りをするとき、初心者は水貼りという方法で貼る。板の表面に霧吹きでたっぷり水をかけ、裏紙を剥がしながらシートを板に載せ、中心部から外側に向けてスキージーで水分を排出させるようにシートをしごく。水分で貼り付くのを防いでいるわけだ。シートが水に載っているうちに位置を合わせ、ひたすらしごいて全ての水分を排出すると、シートの糊が効いて貼り付く。水分と一緒に気泡も除去できるので難易度が低いが手間がかかる。慣れてくると水分を使わないカラ貼りができる様になる。端から空気をいれない様に直接貼っていくカラ貼りは、難易度が上がるが作業が早い。当たり前の様にカラ貼りで貼れる様になったときは、ほんの少しだが一人前の仕事ができる様になった気がした。