看板製作入門
写真の仕事が済んでしまったので、Kさんについて看板製作の初歩を教わる。まずはカストリという作業だ。製図などでも使われているプロッターという機械がある。製図の場合は縦横自在に動くヘッドにペンが装着されていて、大きな紙に線を引いたり文字を記入したりして図面を描く。看板屋の場合は紙ではなく粘着シートをセットし、ヘッドにはペンでは無くカッターの刃先が着いている。そしてイラストレーターなどのベクトルデータを扱うソフトで作画し、作画データ通りにプロッターが粘着シートを切り抜いてゆく。切り抜くといっても完全に切断するわけでは無く、表面のシートだけを切って裏紙は切らないように調整されている。カストリというのは切ったシートの不要な部分を取り除く作業のことをいう。手に持ったカッターの刃先でちょいと不要部分の隅を引っ掛け、それを手掛かりに不要部分を裏紙から剥がす。そうやって不要部分を全て取り除いて、必要な部分だけを残すのがカストリだ。
ちょうどプロッターを使う作業が多かったようで、次々に出てくるカット済みのシートと追いかけっこでカストリを進める。必要・不要な部分を間違えないよう緊張はしているが、ほぼ機械的に手を動かすことに没頭するのが結構楽しい。事務所内に流れる地元のFM放送を聴きながら、無心で手を動かしていたらあっという間にお昼になった。
お昼の準備をしていると、現場に行っていたK部長が帰ってきた。2時間ほどの施工で済んだらしい。みんな揃ったところで、改めて挨拶と自己紹介。社長とSさんが不在だが、この二人はほとんど会社にいないのでかまわないらしい。ちなみにまだこの時N君は入社していない。
昼食の後も終業までずっとカストリを続ける。奥さんはイラストレーターではなく、DOS上で動く古いプロットデータ作成ソフトを使ってプロッターを動かしている。あまり見かけない機械彫刻用フォントなんて入っているが、看板に使えるフォントの数は数種類程度らしい。KさんはMacのイラストレーターで大型インクジェットを動かし、Windowsのイラストレーターでプロッターを動かしている。イラストレーターならアウトラインさえ取れればどんなフォントでもプロッターで使えるから便利だ。K部長は事務所からは見えない奥の作業場でなにかしている模様。
この会社が入っているのは、郊外でよく見かける事務所と倉庫がくっついた建物の貸し物件だ。事務所スペースには申し訳程度に応接セットが置いてあり、昼食もここで摂る。3時のお茶もここ。部屋の中央部には1.5m x 2.5mほどのがっしりした作業台が置いてあり、表面を覆うようにカットマットがすいてある。作業台の周囲にはプロッター、1100mm幅まで対応する連続式のラミネーター、その向こうに大型プリンターが並べられ、どの機械から出たものでも作業台に載せやすい配置になっている。そして奥さんの作業兼事務机、Windows機とMacが合わせて4セット並んだPC台、個人用ロッカー、留守番電話とFAXの複合機、K部長の事務机がぐるっと周囲の壁に張り付くように置かれている。奥の倉庫用スペースが作業場だ。電話は内線機能付きのオフィス用が5台。作業場にも1台あるようだ。そして事務所内で物を載せられるスペースやわずかな空きスペース、作業台の下などありとあらゆるところに、様々な種類と色の粘着シートが乱雑に収納されている。応接セットの周囲もシートだらけだ。看板屋はどこもこんな感じなのだろうか?