押しボタン責任
私は押しボタンを押そう、として、そこから始まる出来事について、ふと、責任を取れるのだろうか、と思いを巡らせた。
…私はボタンを押す、赤く、人差し指より一回りか、それくらいの大きさで、触れたとき、思ったよりクッションが柔く、指の形に少し凹み、そのまま押し続け、やがてカチ、っと、デジタルな、とても義務的で無感動、あるいは、出てしまった声、みたいに、響いた。するとすぐに、私は内側に引き込まれる感覚があった。お腹が空くような感覚、すぐに胃に違和感を覚え、普段それは少し音を鳴らして治るのだが、それが止まずに、私は内側にたちまち吸い込まれる。痛さ、苦しさ、全身に力が入り、筋やら何やらが伸び、外に向かおうとする、が、絶えきれなくなって、骨がパキパキ折れる、痛い、痛い、と思いながら、ああ、そのうち、喉が震わなくなり、内臓は閉まる。訳の分からないまま、私は私の中心、魂みたいな、球になり、やがてもっと小さくなって、どんどん小さくなる、と点になって、無限になり、形を忘れていく、と、その時思ったことは、質量は変わらないのよ、と中学で勉強したこと、その通りならば、私、はまだ、点になってさえ、観念的になってさえ、ダイエットできないまま、死んでしまうのか、と思い、昨日の夜、部屋でこっそり一袋開けてしまったポテトチップ、あの油のついた指を、部屋着で拭ったことを思い出して、もう少し可愛らしくなろうと思って、まあ、ええか、と息を吐いた。
…私はボタンを押す。赤いボタンは、きのこのような形だ。赤い。よくみると塗装は剥げていたから、何度か押されているのかもしれない。一度も押されたことのないボタン、ではない、ということだけが分かったから、ここにいない、いつか押したであろう人を思って、少し安心している。ゆっくりそのまま赤きのこ…ゲームに出てきそうだが…のボタンを押し込んだ。そのままの形、キノコは嵌ったようで、元の位置まで帰ってこず、なるほど、ということは…、ということは…、誰かがこのボタンを押したことによって、寝むれたのかもしれない。このボタンは誰かの睡眠のスイッチであるのだ。押すと、なかなか眠れなかった誰かが、突然、深い眠り落ちる、それはなるほどいいことじゃないか、また一つ善行を重ね、重ね、そうして、私は天国に行けるのじゃなかったかな、はて、来世が人間になれるんだったか、じゃなくて、人間にも何にもならずに、輪廻から脱することが良いことなんだったか…、思い出せなくなってしまったが、私の目の前には、赤いボタンがまだ押された形のまま取り残されていた。私が何ゆえ、眠れない人を救いたかったのか、それは私が、何度も何度も、夜を眠らずに越してしまったから、やはり、人は眠らないことには、次の日に行くことはできない、そうだから、私は救いたい、ということを、小学6年生の、文集に書いてから、というもの、それを私は生きていく、上での、暗黙のうちにある目標の一つしていたから、ふと思い出す。
…私はボタンを押す。ボタンは、指の形に窪み、形を崩し、原型を無くした。ボタンはボタンではなくなり、ボタンだったもの、になった。手についたものを舐めてみる、と舌が痺れ、もつれ、あ、あぁぇおぅえぇえうぅぁ。声は液体になって、とろ、っと口の端から気持ち良くなって垂れた。
と、思い、私は人差し指を突き出していた。