見出し画像

すんどめも信じた道をいく(4)寂寥のMURASAKI



必死にめかくし岩に抱きついた私は、老夫婦の後につづいてヨタヨタと歩き、さらに上へと登ってゆく。この時、うっかり順路をショートカットしていて月見亭をすっ飛ばす。

月見亭とは、後白河天皇の御幸の際に建てられた建物。近江八景の一つ、『石山の秋月』として有名である。



月見亭

こんな素敵な場所をスルーしてしまったとは不覚!
近江八景を逃した……。


そんな事とは露知らず、意気揚々と坂を登る。程よい負荷が心地よい。軽く荒れた呼吸によって、新鮮な空気が矢継ぎ早に肺に流れる。濃い酸素に肺は満足そうに膨らむ。

全身が、新緑に満たされていく。深く清い。


程なく、白く四角い建造物が木々の間から顔を出す。「石山寺と紫式部展」を開催している『豊浄殿』である。

そしてどうやらここが、石山寺の境内で一番高い場所らしい。



『石山寺と紫式部展 紫式部をめぐる人々』豊浄殿



豊浄殿は見ての通り近年建てられたもの。セット券(入山料+大河館)を購入していた私は券をヒラつかせて麻呂気分で物見遊山していたが、ここは別途300円課金しないと入れない。

おもむろに〝なめ猫〟のがま口を開ける。必死にたし算。えっと…10円5円…ごじゅうえん…っと……ごちゃ混ぜの小銭を、手のひらにちびちびと足しては握る。

窓口係の方がなめ猫を凝視しながら、不動の姿勢で私を待つ。

がま口をチマチマまさぐってるとなんだか、堺の豪商が小豆のような金銀を巾着袋の中でじゃらつかせているような気分になる。
平日、人気のない空間にじゃら、じゃらっと小銭が鳴く。

でけた!手のひらに、ぎっしり握った小銭どもを、麻呂みを帯びた面持ちで誇らしげに支払う。

銅くさい手のひらでパンフレットをむしり取ると、五月の風とともに颯爽と入場する。



中に入ると財産直美と吉高由里子のサイン色紙が飾ってある。下部のシールがなければ誰のサインかはさっぱりわからない。

中学生の時にスターごっこなる遊びをやっていた事を思い出す。

まず、芸能人とか歴史上の偉人や文化人になりきる。

キャーキャー言われる。

サインをねだられる。

「まあまあ、ほらほら並んで…」と、とびっきりのえびす顔をかます。

目尻を垂らしてサインを書く。

「ずっとファンです!」「結婚してください」などの熱い想いを頂戴する。

ニタつく。

ここまでがワンセット。


当時、科学雑誌の『Newtonニュートン』を愛読していた私と友人。そんな我々が通う中学校に、Newtonを創刊した竹内ひとし先生が講演をしに来校する事になった。

私は声を上げて喜び、『Newton』に載っている先生の専門分野である地学に関する記事を熟読して、講演の日に備えた。講演の後の質問タイムにハツラツと手を挙げるあの日のわたし。尻込みしていた友人もそれにつづいて慌てて挙手。我らNewtonマニアは、日々不思議に思うこと、先生のことなどを際限なく質問した。我らバカどもの質問を一つ一つ丁寧に説明してくれたことがものすごく嬉しくて、下校の時に友人と「竹内均と会話をしたんだね」「まだ信じられないね」興奮しながら帰ったのを憶えている。



で、私は我々のスター、『竹内均』になりきった。




教壇の前で、『でたらめな講演をそれっぽくやる。そしてサイン攻めにあう』という謎の遊びを始めた。

パンゲア大陸がプレートテクトニクスで地殻均衡説なのであります!アイソスタシーでパンゲア大陸でラグランジュポイントなのであります!!

キャーヒトシィ!!こっち向いてぇ!!やだ、いま私と目が逢った!!

ヒトシィ、サインサインここにサインちょうだい!!!

ひとしぃ!ヒトシィ!HITOSHIーー!!!



バンドブームの真っ只中、私と友達はひとし、ひとし。挙げ句の果てには、親しみを込めてキン呼ばわりしていた。

当初私と友人の二人で始めたが、クラスの友達が我々の毒気にやられて、われもわれもと集まりだす。「スター気分が味わえる」とこぞって仲間に入ってきた。

他の友達がB'zやX、布袋寅泰、光GENJI、工藤静香やWinkになりきる中で、古参の我らはパンゲアパンゲア均、均、均きん、きん、きん!!


竹内均に立花隆、
老子ろうし荘子そうし韓非子かんぴし孟子もうし
サリバン先生、カエサル、孔明。
韓信かんしん張良ちょりょう冴羽獠さえばりょう

古今東西入り乱れ、色んな人になり切るスキームが出来上がる。なりたい偉人になりきって、ドラマティックに見得を切る。

私や友人たちのノートは有名人たちのサインでびっしり埋まっていた。

筆記体でサラサラ書いたり、縦にでっかく〝キン〟って書いたり……

懐かしいなぁ……遠くを見つめながらも、やってることが今と大して変わらないことに気づく。三つ子の魂百までか…と自虐ぶって振り返ると紫色のロボットが展示してあった。


『MURASAKI』高橋智隆氏制作


これは嬉しい誤算!高橋智隆さんのロボットを肉眼で見れるとは!!!!

『MURASAKI』はどんな風にうごくんだろう、やっぱ目は光るのかな…光る君を見てみたい。

高橋智隆さんは『ロビ』とか『EVOLTA ROBOT』を制作した世界的ロボットクリエーター。デアゴスティーニの『ロビ』作りたかったけど、お高くてねぇ…

しかし、こんなところで見かけるとは思わなかったなぁ…。



ぽつんと無機質な『MURASAKI』

来場者の耳目を全く引く気がない、素うどんのようなディスプレイ。

生気のない白い顔、光のない瞳、クリアケースに閉じ込められたMURASAKIの孤独を感じて、少し物悲しくなる。



きみを、さらってしまおうか。


そんな気になる。


MURASAKIには、こういう廊下を渡らせたい。
さぁ、いっしょに渡ろうか…ほら、怖くない。



MURASAKIにはこういうサイバー平安がよく似合う。大極殿さえも添えものにして扇子ゆらゆら舞い踊る、そんな君を見てみたい。



MURASAKIには水辺も似合う。舟遊びに興じる、月夜の君をおもう。



MURASAKIはなにもいわずにクリアケース。


わたしは見たい、光る君を。





《追記》
YouTubeに動くMURASAKIがありました。


追記2
当時のNewtonがまだ倉庫の奥に!!
慌ててひっぱり出してみました。

特製ファインダーにびっしり。
馬頭星雲ってほんと、馬頭星雲としか言いようがありません。


そして、この私の友達はのちに、気象学のトップランナーとして、このNewtonに寄稿する立場になりました。

ドヤ顔で電話してきて「読者諸君、元気かね」って言ったときにはガチャンと切ってやりました。


でもね、君がわたしと犯した様々な黒歴史は私の
脳にしっかりと保存されていますよ。

特に…あやなm……ふふ、やっぱ言わない。

つづく。

いいなと思ったら応援しよう!