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石山寺へ行く(完)すんどめは信じた道をいく
あまつかぜ〜☆おまたせ〜!(伝わるかな)
石山詣も最終回だよ。
車は石山寺を出て、琵琶湖に沿って家路を走る。
そこそこ大きめな音量でお気に入りの音楽かける。特別なフォルダに収められた、私一人だけの時にかける選ばれし音楽。もう何十年も聴いてる曲もあれば、つい先日仲間入りした曲もある。そのひとつひとつが様々な聴き味をもつ。
普段、誰とも会わないし、誰とも喋らない。
口を開けることはほとんどない。
たったひとりで仕事だけ。
そんな生活。
まるで独房の囚人のような一日を過ごしている。
これを書いてる今日も、そうだ。
そんな私が口を開くのは決まって、取引先へと向かう車の中だ。歌をうたったり、一人語りしたり。
そんなときに流すのがこのフォルダの音楽。
流れ込むたんびにいろんな角度で、私の心を揺らしてくる。歌詞が、リズムが、音韻が、私の記憶に干渉しては新世界を創造する。
記憶というのはあいまいだからいい。
そのぼやけてたり、欠けているところを埋める作業がオリジナリティあふれる世界を生む気がするから。
わたしが創る新しい世界をそこでみる。
今日は特別な日だ。
車内に流れる音楽を、聴く。
さぁ、みようか。新しい世界を。
心の昂ぶり、ここに極めり。
平日昼間の見知らぬ街を、音楽とともに駆け抜ける。その高揚、仮出所に浮かれた囚人の如し。
気持ちの昂ぶりは喜色あふれる歌声となり、曲に合わせて喉を震わす。ただ、小躍りしているその声は、のびやかな歌声にはなれず、奇声となって場を穢す。
雰囲気だけでハツラツと歌う。サビですら虚覚えの歌詞。語感があってりゃいいじゃな〜い。日本語には無い謎の文言、次から次へと紡いでく。
顎をひん曲げ、ツラそうに
〽︎ぼぉくんのぉ〜ぬぁ〜クハァにィィ〜ンだァれぇんぐぁぃいんるぅのオッ!(喀血)
老いを感じる干からびたファルセット。
大丈夫?喉から血ぃでてない?
掠れた声に一抹の哀しみ。
〽︎にゃアにゃあにゃあ〜ばかあないでぇ〜♬(歌詞を聴き取れた試しなし)
〽︎にゃにゃん、にゃんにゃんせかいにィイイイ、ムゥゲェんのレックション!!(シャウッ!!)
歌だけでは飽き足らず、曲に合わせて指をしならせ、チンチキ、チンチン!ハンドル叩く。
リズムは当然、ちょいちょいズレる。また、生意気にも時折、ウンパパ、ウンパと裏拍を打ったりもする。
〽︎たぁだるうろう、たぁだァるうろ、たぁだるろ、ふりっだしぃのこおかんじょぉフォッけん、ひぃとぉりざきぃ、そう、パラぁあノい、ハア〜♬(うっとり☆とろけまなこ)
裏拍混じりのズレドラムに、干物のようなファルセット、次から次へと紡がれる荒唐無稽な謎の文言、顔を崩して大熱唱。首筋立ててやりたい放題。
そんな私の視界に入ってきたのは〝膳所高校〟の看板。
「えっ、膳所高!?」
オンボロ車の狭い車内に、嬉しい叫びがこだまする。ずっと失念していた。大津は『成瀬は天下をとりにゆく』の舞台じゃん!!そしてこの〝膳所高校〟は主人公成瀬の通っていた学校。
この春、『成瀬は天下をとりにゆく』『成瀬は信じた道をゆく』を立て続けに爆読した私。
「あっ!あのびっくりドンキー!!」
「えっ!じゃあここ西武大津店跡地じゃないか!?」
「てかこのマンション、まさかあのマンション!?」
車を停めてGoogleマップ。みるとやっぱりそうだった。そして〝ときめき坂〟も近くにある。
うわぁうわぁと大はしゃぎしながらも〝ときめき坂〟には寄らず、「あっ、ミシガンの乗り場もある!」と興奮するも大津港も通り過ぎ、「今度ゆっくりこなきゃだよぅ」と〝また来る顔〟で宣う。
ふたたびアヒィアヒィと呪文のようなファルセットをかましながら裏拍ハンドル。リズムに乗せてアクセルブレーキ、カッチンカッチンウィンカー。大津の街を小闇が走る。
〽︎パランパラン、パッパァラのイア〜パランパラン、パッパァラのイヤぁ〜パランパラン、パッパァラのイア〜パランパラン、パッパァラのイヤぁ〜ジャッジャン!!(恍惚)
フゥゥウウウウウ!!!!!!
たんのしィい!!!!!
期せずして成瀬の街に来てたとはね〜。
今日はとってもいい日だYO!!!!!
今日はいい日、とってもいい日とおさぼり中年はまっすぐおうちに帰る。
〽︎しぃいんじつを、まぁあどわッせぇるぅ、かがみなぁんかっ、ワッれぇばイっイ〜!!(首青スジ)
〽︎パンツッ、イッチョでおどれッ!ヤマッ、アラシのオバケッ!サイッ、ボーグのオバケッ!!(鳩みたいに首でリズム)
夕方、浮かれた囚人は住み慣れた街に帰ってきた。
西陽を浴びた蟹工船が〝おかえり〜〟と黒い扉を揺らす。
吸い込まれるように作業場へむかう哀しき囚人。
結局、機械を動かす。
仕事をしようと思ったが、まだ腰がそわそわしていて気もそぞろだった。
金属の箱がモーターを響かせるなか、改めてスマホで〝石山寺〟や〝成瀬は天下を取りにいく 聖地〟などググる。
なになに…スたンプらリぃ?すタんプらリィ?すたンぷラりィ?
えっ、ス タ ン プ ラ リー ?
またまた…ご冗談を、そんなばかな…気を取り直してと……
すたんぷらリィ…スたんぷらリィ…あはは…なるほど…
スタンプラリーって書いてある。
そういえば『成瀬は信じた道をいく』のなかで成瀬、天下統一スタンプラリーしてたっけ…百人一首スタンプラリーやら妖怪スタンプラリーやら、平和堂のはとっぴースタンプラリーやら……そうだった、そうだった。そりゃやるよね、聖地巡礼スタンプラリー。
スタンプラリー×成瀬=神企画
あはは…眩暈が。
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呉間言実って書いてる人いっぱいいそう。
聞かせたかったなぁ、私の声。壁びっしりに。
ミスったミスったミスった!!!!!知らんかった知らんかったうわー知らんかったぁああ!!!!!
知ってたらぜっったいやってたし!絶対やってたし!ぜーーーったいやってたし!!!!
車から降りればよかった。そしたらおそらくスタンプラリーに気付いたはず…スタンプラリーに気付いたはず!!帰りを急いだばっかりに…。
そう、わたしは急いでいたのだ。
しょーもない理由で。
私は『しれっと六時ぐらいには帰宅して、どこも行ってませんけど風を吹かして、ジャジャーン!!実は石山寺に行ってたんだよーん!って言おう計画』で頭がいっぱいだったのだ。あらためて書き出してみると、なんとどうでもいい企画なんでしょう!!
ああ、時間戻んないかなあ。
そのためにお昼ごはんを揚げみたらし一皿で済まし、ととくさと石山寺を立って、帰路の途中に寄ろうと思えば寄れる三井寺も袖にして、まっしぐらでおうちに向かう私。
そこへ膳所高校の看板で、成瀬シリーズのお膝元にいることに気づき、それだけでもウキウキになっていたのに。
成瀬スタンプラリーだと?
そんなのあったら即参加ですよ!!!!!
『じゃじゃーん企画』くくく『成瀬スタンプラリー』
なんですか『じゃじゃーん企画』って。そんなの即、白紙撤回ですよ。ハンドル切ってびっくりドンキー直行です!!腹ペコミドルにとって、揚げみたらしのカロリーなんぞものの数じゃあござぁせん。〝ご注文は〟と訊かれたら、「チーズバーグディッシュ一択だ」成瀬のモノマネしながらビシィとキメる。当然びっくりドンキーを出たら、職質受けて、腹ごなしにときめき坂をパトロール(ブラブラ散策)して、職質受けて、思い出にゴミのひとつでも拾って、職質受けて、パン屋さんの『よりみちぱん』で塩パン買って、フレンドマートで成瀬にメッセージ書いて、職質受けて、ミシガン乗って「外輪船の汽笛〜♬」って歌って、成瀬のプチデートのシーンを思い返してはニタニタして、職質受けて、ミシガン降りたら職質受けて、湖の駅『おいしいや』でいっぱい近江牛コロッケを買って、職質受けて、近江神宮参拝して、成瀬とちはやふるの聖地を踏みしめて、「苦しいときの右下段!!」って叫びながらエアカルタかまして、宮司や巫女に塩ぶっかけられながら早足で車に乗り込み、職質受けて、晩ごはんには松喜屋の暖簾をくぐろうとして職質受けて、震える手で津田梅子叩きつけて「すいません、『成瀬は信じた道をいく』とのコラボディナー『成瀬は信じた道をいくコース』200gで!!」と声高に注文して、「これはおいひい!」って徹底的に食い散らかしたところで、写真を撮っていないことに気づき、皿の上にお釣りのように転がった、歯形のついたラスト一欠片を激写して「これでよし!」っとお口に運ぶ。お店を出て車に乗り込み、最後はパトカーの大群に追っかけられて帰ってきたはず!!
おそらくnoteの記事のボリュームが倍以上に膨らんでいたとおもう。
成瀬と言えばスタンプラリー。スタンプラリーと言えば私。地元で催される様々なスタンプラリーを蹂躙するが如く参加してきたスタンプラリー界隈の末席に列する者として、本当にこれは痛恨。
スタンプラリー=大好き
成瀬シリーズ=大好き
大好き+大好き=〝明日死ぬのかな的〟幸せ
……『大好き+大好き』の気の利いた答えが思い浮かばないのが悔しい。
『聖地巡礼したよ』『スタンプラリー制覇しました』のブログを数珠つなぎに読んで、「いいな、いいなぁ」と歯軋りをして身悶える。
…ああああ……あうあう……た…タリタルヲ…シレ…タリタルヲシレ…タリタルヲシレ…タリタルヲシレ…タリタルヲシレ…タリタルヲシレ……タリタルヲシレ……
タリタルヲ、シレェイ!!!!!
ラムネの如く奥歯を粉砕。
オンオンとモーターが鳴り響くなか、「また今度だな」とスマホをしまい、作業をはじめた。
それでも、おもむろに石山寺のパンフレットやら紫式部おみくじやらをテーブルの上にひろげて、得意げにじゃじゃーんとやったとさ。
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かわいい
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『成瀬は天下を取りにいく』も抜群に面白かったが続編の『成瀬は信じた道をいく』も輪をかけて面白かった。
ちなみに私は成瀬も大好きだが、篠原かれんも最高だと思っている。
成瀬と篠原。最高のふたり。
そして、私の青春のなかには成瀬あかりがいたことを思い出した。
↑↑無料で『成瀬は天下を取りにいく』のなかの一編〝ありがとう西武大津店〟『成瀬は信じた道をいく』の〝成瀬慶彦の憂鬱〟が読めるよ。
「夏でよかった」
この瞬間、胸にグッときた。
いつか手が空いたら自分で台紙つくっておんなじチェックポイントを回ろうとおもう。
それで充分。
私は天下を取りにいく、私は信じた道をいく。
去年の五月の出来事でした。
おわり。
あとがき
だいたいこの話、二回ぐらいで書くつもりだったのに、こんなボリュームになるなんて思いもしなかった。1回目で石山詣、2回目でここから書く話という感じで。
怖いよね、だいたい筆を取った動機は『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』を読んだ私が、帰ってからスタンプラリーに気づいて地団駄を踏んだ、ということを石山詣を前フリにして書きたかっただけなのにね。
スタンプラリー行ってたらどうなってたんだろう。
多分、このシリーズが今年の夏ぐらいまで続いてたかもしれない。
そして、それはそれで楽しい。