伝説のマンガ家が亡くなったときーーークシーくんの発明 鴨沢雄二さん
「クシー君の発明」を描いた鴨沢ゆうじさんといっても
どれだけのひとが知っているのか、よくわからない。
でもたしかに伝説のマンガ家でイラストレーターだった方。
その鴨沢さんが56歳で亡くなった日のことについて
日記に書いていた、いろいろ考えさせられる。
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クシー君の発明(PARCO出版)
マイミクの鴨葱堂さんが、18日に亡くなっていた。
部屋で転倒したらしい。56歳でまだ若い。
鴨葱堂さん、こと漫画家の鴨沢祐二さんとの付き合いは10年以上前になる。僕がパルコ出版時代に彼の代表作である『クシー君の発明』の新装復刻版を編集してからだ。
伝説の漫画雑誌ガロの看板漫画家であった鴨沢さんは、とにかく寡作な作家で、絵の完成度を求めて、漫画の一本の線を引くのに一日中悩むような人だった。それだけ、産み出した作品には、『クシー君の発明』をはじめ純化された宇宙そのものがあった。
ここ数年、鴨沢さんとお会いすることなく、ミクシーだけのつき合いだったのだが、鴨沢さんは、日記をほぼ毎日、欠かさずつけていて、日々食べたものだとか、遠距離恋愛の彼女とのメールのやりとりだとか、細かく書かれていていた。
それが、いままでまめだった鴨沢さんの日記が、ここ10日ほど更新されていない。どうしたんだろう。こんなに空くことってないのになあ、そう思っていた矢先、ネット上で鴨沢さんの訃報を知った。
10日前まで特に変わりばえない、生活が日記に書かれていたのに。。。なんというか、あまりに突然すぎて、信じられない。
鴨沢さんは郊外の林に囲まれた借家で一人で暮らしていた。
数年前までは、愛犬のぺロと、
ずっとふたり(?)で暮らしてきた。
そのぺロが、癌でなくなったことをとても悲しんでいて、
ぺロの記憶を風化させないようにと、
日記に犬のぺロとの思い出も書き始めたばかりだったのに。。。
鴨沢さんは、繊細で、純粋で、人懐っこく、優しい人だった。
ああいうとても優しい、いい人が、
最後は世の中の片隅に追いやられてしまう。
そのことを思うと、辛い気持ちになる。
自己破産、生活保護、アルコール中毒、鬱と
鴨沢さんの生活は、平坦ではなかった。
それでも。なんとなくいつも日記の中で
飄々とにこやかな鴨沢さんを思うと
ずっと生きているものだ、と思っていた。
なんの前触れもなく、突然なんだなあ、
もう二度と鴨沢さんと会えないことが、かなしい。
もう二度と会えない、
それが死ということなんだと思うと、
同時に不思議な気もする。
ご冥福をお祈りします。
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鴨沢さんの本を編集していた当時、約束していた時間に鴨沢さんが現れない、ことが何度かあった。そして、そのまま音信不通になってしまう。
当時から、鴨沢さんは重症のアルコール中毒で、
お酒をひと口でも口にすると、倒れるまで、飲み続けてしまう。
一週間後にようやく連絡がとれたら、じつはアル中で倒れて
入院していた、ということもあった。
原稿をもらおうと、鴨沢さんの自宅まで、何度となくお邪魔した。
真夜中に急に電話をくれたこともあった。
あとで聞くと、彼女とうまくいってることが嬉しくて、
たまらなくなって、知人に片っ端から、報告していたらしい。
会社を移ったとき、鴨沢さんから、漫画を描かせほしい、という
葉書きをもらった。あれだけの作品を描く人だから、
鴨沢さんの本をまたとは思ったのだけれど、
実際に具体的に何を描いて頂いたらいいのか、わからなかったし、
それで数字が取れるのか、確証が持てなかった。
頭の隅には、鴨沢さんのことがあっても日々の仕事にかまけて、
追いやってしまっていた。何度か会社の企画会議に出したことはあるが、正直、売れるのかどうか、わからず、自分で企画を引っ込めてしまったことがある。
もう一度、鴨沢さんの日記をもう一度読み返してみる。
http://blog.goo.ne.jp/kamonegi_001/
12月27日(木)、こんなふうに彼は書いている。
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12月27日(木) 晴れ
午前8時起床。
K・H君からファンレター届く。彼は「ドラえもん」と「こち亀」と「クシー君」の大ファンだという変わり種だ。
初めてファンレターをもらった時、彼は中学生だった。かれこれ20年にもなるから、彼も結構なお年の筈だ。ぼくの最長のファンである。しかし、その文面は相変わらずピュアで、ストレートに想いを投げ掛けてくる。クシー君の新作を描いて欲しいと。創作のヒントまで添えて…。
しかし、彼は知らない。ぼくが鬱病患者であることを。貧困から、創作へのモチベーションを失いかけていることを。そして、「クシー君」シリーズの出版物は全て絶版で、出版社へのコネも無く、新作を描いても発表する当さえ無いことを。
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この文章を読むと、なんとも言えない気持ちになる。
鴨沢さんは本物の作家だった、
その人がこんなことを書くことに
いまの出版業界の置かれた苦しい状況がある。
こういうマイナスのモンキリ型の言い方は、嫌なのだが、
そういうことなんだ、と思う。
どこか数字の確証の持てない企画は
切り捨ててきた自分が責められているような気持ちになってしまう。
売れることだけを唯一の基準で、年々これが強まっていく
10年前よりも仕事の閉塞感がつきまとい
編集者として見失っているものがあるような気がする。
鴨沢さんが、なくなってから、そんなことに気づくのが、情けない。