人って簡単に傷ついちゃうよねぇ。
昔から凄く気が強い女の子だった。
口も達者だし、なんなら田舎育ちの両親からの遺伝で少し訛っていて笑
それに加えて感情的なものだから、
怒ったりすると訛りとか、口の悪さとかが相まってなかなかすごい子どもだったと思う。
大人になった今幼いで片付けてしまうのは
凄く申し訳ないけれど、
デリカシーもなく、ストレートに素直に物事を伝えてしまう子どもだった。
高校生くらいからなんとなく、言葉をオブラートに包むという事を学んだけれども、
中学生くらいまで、平気で友だちを傷つけてきたのだと思う。
友だちだけでなく、家族も。
思春期特有の毎日イライラする感情を凄く当っちゃったな、と反省する。
特に妹に対しては、過去の自分の行いを振り返るたびに罪悪感で押しつぶされて死にたくなる。
今の私自身が罪悪感で死にたくなったところで
過去に傷つけた人たちの傷が消えるわけでもないから、意味がないんだけれども。
でも、振り返ると当時の自分に対して腹正しいというか、恥ずかしいというか、なんとも言えない罪悪感でいっぱいになる。
消えてなくなりたいくらいに。
大人になって、たくさんの気持ちを考えるようになった。
自分の発する言葉一つひとつを大切にするようになった。
過去と比べて今の自分は更生しました!!!
なんて、胸張って言えることではないけれども
昔よりは少しまともになったと思う。
今の自分が成長したからと言って、何にでもないんだけれども。
私自身も言葉の重さを考えて話すと同時に
凄く傷つきやすくなったようにも感じる。
成長とともに言葉には裏があるということも知った。
昔みたく素直にその言葉のまま受け取れなくなった。
あのように言われたけれども、どういう意図で私に伝えてきたのだろうか。
本当はこうしてほしいのではないか、
なんて裏の裏の裏まで考えるくらいに。
勝手に考えて、勝手に裏をよんで
勝手に悲しくなる時もある。
相手からしたら冗談で言われた言葉にも
傷つくことがある。
もちろん、傷つくときはその前後の言葉の流れだったり、空気感とか全てひっくるめて傷ついているように感じるんだけれどね。
自分にとってはそういうつもりがなかったとしても、冗談だとしても、ネタだとしても、
傷つける言葉を使うのは良くないよな、と思う。
傷つけている人は傷つけている自覚なんてないんだけれどね。
昔の自分もそうだったからそっちの気持ちもわかる。
人間関係って難しい。
言葉って難しい。
時に人に力を与えることもできれば、
最も簡単に傷つけることもできてしまう。
遠い存在の人や、目上の人に対して私たちは常に丁寧な言葉を選んで、気遣って言葉を選びながら話しているような気がする。
けれど、大切な人ほど、近くにいる人にほど気遣いながら丁寧な言葉を選んで日々かけていかなきゃいけないよなとも思う。
小さな言葉一つがその後の人生で凄く鉛のように重くなってくる時がある。
その経験をしたからこそ、昔の自分が憎らしくて仕方がない。
傷つけた人は山ほどいて、今更反省しても遅すぎるけれども、もっと言葉の持つ力を、意味を大切にできる人間になりたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?