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【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第九回【書き下ろし】
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
木曜日は怖い話の連載。
第三話は第二話に引き続き【御愛読感謝企画】でまいります。
テーマは『御蕎麦屋さんの話』です。
読者様アンケートにお答えして「憎めない、愛着湧くような妖怪」が出てきたり「悶絶するような、美味しいアテ」で皆々様の唾液腺をぐいぐい刺激したり。その合間に「チョイとだけ怖い」思いを楽しんでいただけるような……そんなお話を目指します。
連載一回分は約2000~3000文字です。
企画の性質上、第三話は電子書籍・紙書籍への収録は予定しておりません。
専用マガジンは無期限無料で開放いたしますので、お好きな時にお好きなだけ楽しまれてくださいね。
※たまに勘違いされる方が居られるとのことで、一応書いておきますと『無期限無料の創作小説ですが、無断転載・無断使用・まとめサイト等への引用は厳禁』です。ご了承くださいませ。
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【三把目】甘くてしょっぱいのは餞の団子~後編~
時間を惜しむように。
ゆっくりと私から離れたお客様は――彼女は姫から女帝へと変わっていた。
容姿や服装が変わったのではない。
目の奥の光り方、立ち姿、口角の上げ方、そういったほんの些細な行動の端々に【神々しさ】が備わったような気がした。
もっと具体的に言えば、なんというか……貫禄がついた?押し出しがよくなった?女性に対してこういう表現が適切かどうかは、さておき。
ともかくも。
団子を召し上がった後のお客様は、美しさはそのままに独特の鋭さと底知れぬ恐ろしさとが底上げされていたのだった。
(嗚呼、これが……)
彼女は眼を合わせようとしてきたけれど、私は彼女の鼻先に焦点を合わせるよう注力した。そうせねばならない、と目玉が勝手に動くのをなんとか宥めた。
お客様は私がそうせざるを得ないことを、判っていて、おもしろがって、試すために、こんなことをやっている。
こんな……こんな、恐ろしい……こんな、こんな……
――なんとまあ、人の子を相手に。
――見てごらん。あんなに縮こまって。かわいそうに。
――ワタシらでも畏れ多くて肝が潰れちまうよゥ。
「ハ、ィ」
粗相の無い様に御見送りしなければ、という心得も忘れるほどに。
私は呆気に取られてしまって返事もままならなかった。
「も、もったいない!大叔母様に叱られてしまいますよ」
「いいの。いいのよ。いつも届けてくれるお揚げ、美味しかった。今日のお団子も美味しかった。全部美しかったから、その御礼です」
あわあわするおばあちゃんに、ふふ……と微笑んだお客様は、そうだった!と何かを思い出したように私の耳元に口を寄せた。
「御縁、引き寄せませい」
その時、お店の中の時間が、完全に止まった。
にもかかわらず。
一つしかない出入口、開け放たれたガラス引き戸から。
私と、おばあちゃんが身じろぎ一つできない中を。
お客様は軽やかに出ていかれた。
出入り口の引き戸、いつの間に開いたんだろう?
暖簾がお客様にかからぬよう、そっと開け拡げたのは誰の手だったろう?
どのくらい、そうやって立ち尽くしていたのか?
吃驚しすぎて、息が止まっていることも判らなくなっていた私たちに、開け放たれた引き戸から一陣の風が吹き込んだ。
おばあちゃんと私に喝を入れるかのような、横っ面を大きく震わせるほどの強風だったのに、お店の中は何事も無かったかのように整然としておりむしろより一層の静謐に満ちたようだった。
我に返った私は、思わずおばあちゃんに向き直って叫んでしまった。
「狐につままれた気分て、こういう感じの事をいうんじゃない?」
「そりゃあねえ。だって【本家本元】だもの」
おばあちゃんは開けっぱなしの引き戸に向かって、深々と頭を下げた。
そして、ゆっくりと、姿勢を正して――キリっと一言。
「いらっしゃいませ」
はい?
何が、どうなってイラッシャイマセなのか。
わたわたと、おばあちゃんと暖簾の向こう側を見返した。
いつの間にか表向きに掛け変わっていた暖簾をくぐってきたのは、見知った顔の七人のおじさん。全員、近所の工場で働いてる人たちだ。
満席になった店内は、先ほどまでの静けさが嘘のように、下町特有の活気で溢れかえった。
「ざる」
「かけ、ね」
「もりー。大盛り」
おばあちゃんの、オーダーをピタリと当てる能力が働く暇も与えてもらえない勢いで、おじさんたちは席に着く前から注文を投げてくる。
そう、この感じなのだ。ランチ時の忙しさってやつは。
いつの間にか厨房に戻ったおばあちゃんも、あいよー!と元気に返事をしている。
「え……え?えええええええ!」
馬鹿みたいに驚くばかりで、お茶もおしぼりも出すタイミングを見失っていた。
おじさんたちは勝手知ったるといった風情で、各々自分の分のテーブルセッティングをやってしまうのだ。
不意に。
「痛っ」
「暖簾、ひっくり返しといてやったし。一回、貸しだからな」
右の耳たぶを、針で刺されたみたいな感じがした。
反射的にそちらを向くと、何故か、例の祠に目が留まった。
飲食店のみならず、商売をやってる場所では天井付近や偉い人の席の側などに神棚を拵えるのが一般的だと思うけど、このお店では店舗スペースの隅っこに中々の存在感でもって安置されている。
それも祠だ。神棚ではなく、小さい神社みたいなやつ。
体の小さいおばあちゃんが御世話しやすいようにという配慮からだと思うが、その祠は地面に直接置かれるのではなく、何やら複雑な模様が掘られた石の台座の上に設えられている。
台座に比べると祠の方がだいぶ古いもののように見えるから、お蕎麦屋が建つ前からここに祀られていたと言われても驚かないが――
その祠の、注連縄の紙垂が、激しく前後に揺れていた。
耳たぶの痛みといい、徐々にはっきりしてくる幻聴といい、妙なことが続く……。
「ボーっとしてる暇はないよ?今日はこれから忙しくなるんだからね」
おばあちゃんが厨房から珍しく声を張った。
ハアアアアアイ!とこちらも大声で返したけれども、再び大きく動揺する羽目になった。
特別なお客様をお迎えした後、お待たせした常連さんで大賑わいになった今、お昼の書き入れ時は既に終盤だと思っていた。いつものランチタイムのお客様方は他の飲食店へ流れてしまっているはずだ。
つまり、忙しくなるどころか、むしろ今日の売り上げは芳しくないと読んでいた。ランチタイム用に仕込んだ御蕎麦も御出汁も多くは賄いとして私たちの胃袋に収まると思っていたのに。
現役バリバリで働く大きな柱時計は、未だ十二時二分を指していた。
嘘だ、流石にこれは、あんまりだ。
呆気に取られる私を慰めるのか嘲るのか、腹の虫がぐうぅぅぅっと鳴った。
私が見聞きしたことはたとえ夢の中のできごとだろうと、確実に体験として私の体に刻まれていた。一炊の夢という話があるけど、時間の長短は関係ないのだろう。
現に私はお腹が空くほどに濃密な体験をした記憶があるわけであり、その分の体力と精神力は相応にすり減っているのだ。
だが、しかし。目の前の、日々の営みを支配するシステムは無情だ。
まさか……まさか、ほんの10分。されど、10分。時間が巻き戻るなんて。
慌ただしく動き始めた時間の中で、お昼ごはんはまだまだ先になりそうだなと、目から落ちそうになるしょっぱいモノを喉の奥に飲み込まざるを得なかった私であった。
【三把目はこれにて……】
お読みいただきありがとうございましたm(__)m
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それでは。
最後までお読みいただいて、感謝感激アメアラレ♪
次回をお楽しみにね、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ
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