【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第四回【書き下ろし】
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【二把目】初春の熱燗~中編~
お客様はお茶を一口すすると、コトリと静かに茶碗を置いた。
細く長い、少しだけ節くれだった両の手の指を組み、先ほどまでとは打って変わって鼓膜を柔らかく撫でる漣のような声で話し始めた。
御自分の指や爪に向けて語りかけるような姿は、どこか祈りのそれにも似ていた。
※ ※ ※ ※ ※
暖冬だ何だというけどさ、そりゃあ人間の都合だと、私ぁ思うんだな。
冬は寒いよ?だって冬だもの、春や夏に比べりゃそりゃあ寒いってもんだ。
それどころか、最近じゃあ春も夏も、水温は……沼やら湖やら……私の家の川はだいぶ寒い気がするね。
私の気のせいだっていうやつは、いないんじゃないかな。
この【界隈】じゃ。
陸地と密接な水場だけじゃないよ?川と繋がってる海だってそうだ。
いや……海の方が、いまどきは深刻かもしれないなあ。
冷たいとこと温かいとこを混ぜこぜにしたと思えば、アチコチ、色々建てて堰き止めて、冷たいとこと温かいとこの行き来をできなくしちまう。
この世の水の温度は、昔々と比べたら随分と歪になったもんさ。
だから、棲み処を変えることに夢を見るヤツらも多くなった。
何処へ行くのか、行ったのか……私らの界隈は人間よりも一期一会を大事にする。一度サヨナラしたら、私らは【持ち時間】が長いからね、次にどこで逢えるのかは分からない。
いや、逢えるかどうかすら、わからりゃしないか。
元気でやってくれてたら、それでいいんだがね……。
まあ、あれだ。
そうやって、みんな引っ越しちまって。
けどね、居なくなるのは私らだけじゃない。
周りの生き物――魚も虫も水草も、居なくなった後はどうなるか知ってるかい?
水を温めて、かき混ぜる生き物が居なくなると……水が冷たくってねえ。
元々冷え性な私なんかはもう、かなわないよ。
一人でできることなんてたかが知れてる。
なんていうかこう、活気?
そういうのが……水の流れが元気になる、革新的ななにかが欲しいねえ。
※ ※ ※ ※ ※
「ハァイ、おまちどうさまでした」
おばあちゃんが静々と運んできた小鍋からは、穏やかでふくよかな湯気が立ち上っていた。
きめ細かくて、柔らかで、ちょっと照れくなりそうな甘さを含んで……それはどことなく、おばあちゃんのホクホク笑顔を連想させた。
それが証拠に――
お客様の頬っぺたは、湯気に触れた先から春の花が咲くように、ふわりと幸せに色づくようだった。
「ほっ!こりゃ、いいですね。そして……甘さがほんのり薫り立つ中に、一本のすじが通ってる……これ、どちらの酒粕です?」
「熱燗と一緒にお召し上がりになるとのことでしたので、熱燗と同じ蔵のを」
おばあちゃんは小鍋の横、ちょんと置かれた徳利の、頭に被せたのをそっと手に取りひっくり返す。
そっとテーブルに置かれた白い猪口の脇腹には、青く染め抜かれたような文字が三つきり。それ以外何も装飾のない猪口を、お客様は旧友にまみえた時のような、少しだけ憂いのある眼差しで見つめた。
「ほー、八海山――」
言いかけたお客様を少々悪戯っぽい仕草で制し、
「の、ご近所さんです。ごめんなさいね、こちらの御猪口はまだ届いてないんですよ。一度は閉じた蔵をね、お孫さんが開いて盛り立ててる真っ最中!お招きした杜氏の方が酒造りの腕だけでなく、アイデアも斬新で、面白い取り組みを次々打ち出してらっしゃるそうで……あ、もしかしたらその杜氏さん、お客様の【お知り合い】かもしれませんね」
――みなまで言わぬ。
――みなまで聞かぬ。
――故に、ここに座れば、相応しい皿が饗される。
お客様は、嗚呼……と。
つぶやきともため息ともとれない声を漏らされた。
「ささ、燗酒もお鍋も温かいうちにどうぞ。お鍋の中身は酒粕仕立てですから、精の付くものを軸にして、あとはシンプルにしました。豚バラと鮭、春菊、大根、エノキ、お豆腐。海のものと山のものを仲良く入れてみましたよ……水は流れるところで名を変えると言いますから、海と山、両方から元気を分けていただくと冷えも取れるんじゃないかしらと……あら、こんなお話。野暮でしたね」
「いえいえ、ごもっともだ。私らも食わず嫌いしてないで、時代の激流ってやつに乗ってかないとねえ……やあ、白い鍋とは!こいつぁ私ら向けときてるなあ」
では、早速……いただきます、と胸の前で手を合わせたお客様は先ず、燗酒を一口キュッとやり、次に小鉢に豚肉と春菊を取り分けた。
自慢の御出汁で丁寧に伸ばした酒粕の汁は濃厚に甘く薫り、そばで見守る私の鼻を、意地悪にも優しく撫でたり手招きしたりする。
――あんたも食べてごらんよ、五臓六腑が温かく蕩けるよ。
そんな幻聴を振り払い、私は誰にも気づかれないように涎を飲み込んだ。
鼻を小鉢に近づけ存分に湯気を堪能したお客様は、そのまま音もなく汁を一口啜る。
「あー、いい!これはいい!いやあ、竜の字の旦那にご相談して正解だったなあ」
恐れ入ります、とおばあちゃんは小さく呟きながら深々と頭を下げた。
終始分からないことだらけだったけれど、私も釣られてアリガトウゴザイマスと、輪ゴムとボール紙で作った工作玩具みたいにお辞儀した。
「いい、いい!いいんですよ、御礼を言うのはこっちの方だ。こりゃあ、帰ったらこちらの評判を親戚中に広めていかにゃあ……こういう丁寧な仕事ぶり、手の込んだ料理ってやつに、私らはどうも疎くてねえ、食材はわかるんだが作り方がとんとわからない」
もしゃもしゃ、くしゃくしゃ。
ずずずーっとやって、合間に猪口を呷って。
お客様は文字通り「夢の中」にでもいるように、私たちが居ることなど忘れてしまった風情で熱々の小鍋と酒を貪った。
「魚は丸ごと、頭から尻尾まで骨ごと噛み砕けばいい。水草だって食べたい時に食べる分だけ、摘んでその場で新鮮なうちに食えばいい。
そのための歯と胃袋なんだ。煮炊きなんて、食うために一手間加えるなんて、そんなまどろっこしいこと――私らにゃ、私らの心地いい暮らしがあるのにねえ、それだのにどうしたことだろうねえ。人間の食卓ってのは、どうしてこうも、あったかくて優しくて、めんどくせえってのに……旨いんだろうねえ」
【二把目 後編につづく】
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