【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第十回【書き下ろし】
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二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【四把目】舞茸の揚げ焼きは衣を薄く~其之一~
ここ最近は、週末と縁起のいい日が重なると、おばあちゃんのお店周辺だけでなく、ご近所一帯から最寄りの私鉄の駅に至るまで人の出が多くなる。
お店の近くの、わりと大きい神社がどっかのバラエティー番組だかネットニュースだかで「御利益バッチリ!開運パワースポット」とかなんとか、随分と景気よく持ち上げられたのが原因らしい。
そういえば……
「ここ最近、参拝客がえらく増えてんだよ!」
件の神社の氏子さんの一人がえらくご機嫌が良かったなあ。
そのおこぼれというか、回りまわった御利益というか……参拝ついでに、おばあちゃんの御蕎麦を手繰りに寄ってくれるお客様が増えたので、私としては大変に嬉しく、この状況が少しでも長く続くと良いなと思っている。
おばあちゃんと私のふたりだけの生活だから、贅沢しなければそこそこ楽しく暮らせはするけど、毎日が綱渡りの生活ではやっぱり困るもの。
やはり、資本主義の国に住んでる以上、お金のありがたさは身に染みるものなのだ。
せっかくなので、うちのお店の売り上げ増加縁起を軽くお話しておこう。
噂の神社は、縁結びと商売繁盛の御利益を掲げてはいるが、おばあちゃんによると数年前まではニュースになるどころか、地元の人でさえ年に数回お詣りするかどうか怪しいくらいの物寂しさだったという。
それが、だ。
最近は『縁結びカフェ』なるものを拵えるに至るほど、大勢の参拝客が押し寄せている。
昔々ご近所にも遠方にも娯楽が少なかった頃は、境内に和菓子やお弁当を商う売店があったほどに賑わっていたそうだけど、近年はその売店も赤字が続いて廃業してしまうほどに、客足が遠のいていた。
今の賑わいを取り戻すきっかけになったのは、或る時、ちょっとした遊び心で御朱印にアニメ風の絵を添えたことだ。
その御朱印が、神社仏閣マニアの女性たちを中心に瞬く間に話題になった。頭の固い氏子のおじさんたちは喧々諤々だったけど、世は空前の御朱印ブームであり、この人気に乗っかって参拝客が戻り、神社にかつて以上の活気が溢れたとあっては方針転換せざるを得なかった。
永らく更地のまま放っておかれていたかつての売店跡地にこじゃれた和風のカフェがオープンする経緯はだいたいこんな感じなのだが、肝心の看板メニューを決めるのにこれまたひと悶着あったらしい。
恋御籤と恋を予感させる甘い和菓子のセットを考えたが、売店廃止から程なくして、取引の有った和菓子屋さんも廃業していた。お弁当屋さんも移転して、縁が切れてしまっていた。氏子さんたちに言われるまでもなく、神社としても地元の商店からの協力を得て地域に還元する店にしたいところだが、ハテどうしたものかと考えあぐねていたところに、どういう経緯で誰が推薦したのか未だに謎らしいのだけど……おばあちゃんの稲荷寿司に白羽の矢が立ったのだそうだ。
お稲荷さん二つとほうじ茶をセットにして恋御籤を添えたのを看板メニューにしたところ、これが大当たり。一連の賑わいに更なる花を添えるにとどまらず、お稲荷さんの味が呼び水となって、お蕎麦屋さんの売り上げもちょーっとばかり上がった……とまあ、細かいところは端折ったが、こんなところだ。
いやはや。ナントカは天下の回り物?風が吹けば儲かるのは何の店だったか?
欲の強弱なんて関係なく、巡り巡って、ご近所を遍く丸く繋いで、これもまた【御縁】というものの一つの側面なのかなと思う。
そんなこんな、で。
本日もおばあちゃんの御蕎麦屋さんは誠に盛況、有難う存じます。なのである。
けども。
おばあちゃんの接客ポリシーの都合上、七席しか椅子のご用意が無い小さな小さな御蕎麦屋さんである。
――どなた様にもォ。
――美味しく召し上がってェェ。
――いただきたくぅ、候ゥゥゥ。
試行錯誤と長年培った商売の勘により、一度におもてなしできる最大人数が七名とおばあちゃんが決めたことだ。
だから、正直なところを言えば。
今、私の目の前で、板わさの皿一つを突き合っている四人連れのお客様は、大変にそのうぅぅぅ……控えめに言って、有難迷惑である。
ちなみに。
前述の氏子のおじさん曰く。
「参拝客が増えたのはありがてぇ話だがね、立ち入り禁止の場所に入ったり、手水舎に小銭を落としていったり、妙なのも増えたねえ。余計な仕事が増えるってのぁ、勘弁してほしいさ」
境内の樹々は、注連縄を張ってすぐにそれと分かる御神木以外、付属幼稚園の子供たちの鬼ごっこや木登りに付き合ってる「ツワモノ」ぞろいなので、ちょっとやそっとの無礼にもへこたれないそうである。
下町育ちの子供たちは、身も心もこうやってスクスク育っていくのだなあと微笑ましい一方、御神木へのリスペクトは欠かさないそうで、氏子の皆々様ならびに子供たちの親御さんの教えの厳しさと優しさを感じずにはいられない。
「子供でも分かってンのになあ……パワーを貰うとかなんとか、大の大人が注連縄を越えて御神木に触ろうなんて、罰当たりなことをしやがる。向こう見ずにもほどがあるってもんだぜ?まあ、そういうのも上手にあしらっていくのも、俺たちの仕事だわな。御神木に直接おすがりせずとも、カフェで出してるお稲荷さん食ってった方が、元気も御利益もあるよ!てな感じで宣伝してかないとサ……そうそう、例の看板メニュー、売れ行きが伸びてんだよぉ。稲荷寿司の発注、もしかしたら数を増やしてもらうかもしれないから。女将さんによろしく伝えといてよね」
まことに……まことにありがたい話である。
感涙を禁じ得ない。
その稲荷寿司だけど、恋御籤セットで知名度が上がる前から、うちのお店でも密かな……大ッ変に密かな人気メニューだったりしたもんである。
気に入ってくださってるお客様は、きつね蕎麦に稲荷寿司を追加で注文するほどだ。
甘いけれど、こざっぱり。
椎茸が少し強めの合わせ出汁と自慢のかえしの旨味が口の中にほろりと拡がり、同じお揚げが蕎麦の上に乗っかっているにも関わらずまるで別モノの味わいなのである。
女性のお客様から、飽きずにいくらでも食べられてしまって困る!と半ばクレームのような評判を頂戴している秘密は、おばあちゃんの小さい手で作られる絶妙なサイズ感と、ごはんにまぶした金胡麻の香ばしさだろう。
そんな、地味で小さくとも気の利いた一品は、稲荷寿司以外にもいくらもある。
にもかかわらず、だ。
こじゃれたジャケットを着て居たり、一目でそれと分かるヴィンテージのデニムをひたりと履きこなしたりしている四人の中年男性たちは、ちょうど四切れしか乗らない板わさをオーダーしたっ切りだ。
それを熱燗二本ちびちびやりながら、延々と……かれこれ四十五分はアーデモナイコーデモナイと、それぞれの意見を披露しあっていた。
四人が四人、持論を展開するのに夢中で、お互いの意見を聞き入れてるようには見えない。一見白熱してるように見えるが、よーく聞いてみると実に不毛な会議の典型のように思えた。
追加オーダー伺おうとしたら、おばあちゃんにやんわり止められた。
「盛り上がってるんだもの、邪魔しちゃ悪いわ」
いつもなら、黙ってお客様に相応しい一品をピタッとお出しするおばあちゃんでさえ、これだ。厨房から出て静かに様子を見つつ、呆れ気味に溢した。口角はゆるく上がっていたけれど、目は全ッ然笑っていなかった。
で――その四人組、ざるの一枚も手繰ってないのに、あろうことか蕎麦談義をおっぱじめた。
「蕎麦に天ぷらを乗っけるなんてサァ、脂っこくて、せっかくの出汁の風味が死んじゃうよ。僕ァ、嫌だねえ」
「蕎麦の香りを楽しみたいんだよ、俺はサ?だから、やっぱり塩だよ。かえしは蕎麦の邪魔をする事の方が多いんだ。一度塩で食べる旨さを知ったら、それ以外はもう食べらんないね」
「卵焼きの旨い蕎麦屋は信用できるね。出汁の引き方の上手さがダイレクトに伝わって来る」
「オーガニックの蕎麦粉の旨さを引き立てるなら、出汁はやっぱり――」
アーデ、コーデ、ウンヌンカンヌン。
何について主張なのか、これっぽっちもわかりゃしなかったけれど。
【四把目 其之二に続く】
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