【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第七回【書き下ろし】
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【三把目】甘くてしょっぱいのは餞の団子~中之一編~
「ごめんくださいませ」
ハッとして視線を上げると、抜けるような白い肌に、真っ直ぐで艶やかな黒髪の女性が一人。私にゆっくりと会釈をした。
その髪はふくらはぎまで届こうかという超ロングヘアなのにも関わらず、そよ風にさらさらと、軽やかに遊んでいた。
結い上げることもせず、かといって傲慢さを武器にするかのようにかき上げて斜に構えることも無い。ただあるがままにストンと降ろした髪を靡くに任せているだけなのに、その艶や動きがあまりに美しく……喰われてしまいそうに恐ろしかった。
と、同時に。
(なんだろう、違和感?じゃないな……)
私は【この人】の醸し出すユニークなセンスに翻弄されていた。
可笑しいのに、笑えない。笑ってはならない、不可侵の何か。
それは言うなれば「育ちの差」とか「住む場所の違い」とか、それこそ肌一枚分程度しかない価値観の差なのだろうけど、だからこそ絶対的に触れてはならない【領域】が目の前にポンと現れたような感覚だった。
(嗚呼、貴女はこの寒空に何で、その様な出で立ちでらっしゃるのか?)
彼女は目にも鮮やかな深紅の膝丈ノースリーブワンピースに、これまた華奢な造りのピンヒール――真っ赤な極細エナメルのベルトが足首とつま先を辛うじてホールドしているだけの、サンダルと呼んで差し支えない――履物を合わせていた。
セレブが大勢居合わせるようなパーティーにはとんと縁のない私にとって、それは真夏の装いであり、見ているだけで風邪をひいてしまいそうだった。
しかし、そのお客様は――おそらく、この方がおばあちゃんの言っていた「難しいお客様」なのだろう。肌を刺すような冷たい川風さえも装飾品のように纏い、髪をたなびかせるままにさせ、心なしか首を傾げて優美に佇んでいた。
「いヒッ……いらっしゃいませ!お、おおお、お待ちして……おりました」
「そう?ありがと」
緊張で舌の回りが悪くなっていたのだろう、開口一番で躓いた私は大層ばつの悪い思いだった。
それに眉を顰めることも、クスクス笑いで受け流すこともなく、ただただ無感動な定型文で返すあたり……なるほど、難しいお客様というのはこういうことかと合点がいった。
口紅を薄く刷いた口元で優しく微笑む様は、女の私も思わず見蕩れてしまうほどに美しく空恐ろしい。しかも、こんな小さなお蕎麦屋に相応以上の、ただの季節外れな装いにしか見えない、洗練されたドレスでお越しなるのだ。こちらの女性は、つまり――何処にあるともしれず、庶民的一般常識が全く通用しない、ユニークな家訓満載で息が詰まりそうな【やんごとなきおうちのお嬢様】に違いない。
もし、こちらのお嬢様に何かあれば、下町のお蕎麦屋の一つや二つ商店会の名簿から消してしまうことなどワケがないだろう。それならそうと、最初から言ってくれなきゃおばあちゃん!私にだって心づもりと云うものがあるのにっっ。
(平安絵巻の中のお姫様が現実の世界に飛び出して洋装したら、こんな雰囲気かもしれないなア)
混乱のあまり、二の句が継げなくなった私はこの場において一番考えなくてもいいことを考え始めていた。
「あらあら!いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」
ポカンとしていた私の横に、いつの間にか並び立っていたおばあちゃんがふわりと暖簾を分けた。背の低いおばあちゃんとお客様は三十センチほどの背丈の差があるから、お客様の頭頂に暖簾がかからないようにするためには、いつも暖簾を掛けるのに使ってる竹の上げ棒を使わなければならない。
本来なら、私の仕事なのに……。
一方の、お客様はというと。
おばあちゃんに対しては会釈も労いの言葉も一切なかった。そのように扱われること若しくは振舞うのは極々自然なことだからと、何の疑いも持たない様子だった。
やりきれない気持ちを抱えた私の耳元で。
「スゲーな。時間ピッタリ」
やけに軽い口調の、男声か女声かの区別がつかない一言が聞こえた。
それは――以前、深夜に見たアニメだったか?二頭身の、大人の恰好をしてるのにどう見ても幼児にしか見えないキャラクターの声に似ていた。
「ピッタリって、予約のお客様って、こ、と……?」
耳元に居ると思い込んだそいつに、思いついたままを考え無しに尋ねてしまったのだけど、やっぱり誰も、何も、いなかった。
それにしても、このお店の予約制度ってどうなってるんだろう。いつ?どなたから?私が知らされない予約は、誰がどのように受けているのだろう?少なくともレジ横の黒電話からでは無いことは確かなようだ。
「今日は……御世話になります」
お客様は軽く一言発した後、おばあちゃんが案内した席に着いた。
一枚板のテーブルの、長辺の真ん中。
いつの間にか、一脚だけを残して他の椅子は片付けられ、椅子の下には赤い毛氈が敷かれていた。
「かしこまりました」
おばあちゃんはいつもみたいに「あいよ」とは言わなかった。
だけど、ちっとも緊張してない声色で、かといって無理矢理に場を和ませようという意図も無くて、ただただ柔らかだった。
ふと、微笑んだおばあちゃんが私に小さく頷いた。
ただそこに居ればいいからね、という合図だ。
このお客様は店主であるおばあちゃんが、最初から最後までおもてなしする――それだけ大切なお客様であり、込み入った事情があるのだということは、ここまでの流れでなんとなく理解していた。
お客様が、肩にかかった髪を軽く背中へ払った。濡れたような艶を湛えた髪が揺れると、ほのかに漂うのは、上品に甘い白檀の香りだった。
「大叔母様から全て、承っております」
おばあちゃんがお客様の斜め後ろから声を掛けた。
「そうですか」
お姫様のような彼女は、ただただ儚げに、そう返しただけだった。
たおやかな微笑はそのままに、何か言いたいことを懸命に隠しているように見えた。
果たして、隠しているのか?
吐き出したい気持ちを堪えているのか?
それとも。
――察して欲しい、いや、放っておいて欲しいかな。
――庶民にゃわからぬ事情ってのがあンのさ。
――ユイショ正しいのも大変だぁ。
本音と本音がせめぎ合っているのだろうか。
持てる者の義務、という言葉がふと脳裏に浮かんだ。
自動的に、何の抵抗もなく。
【三把目 中之二編につづく】
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