【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第三回【書き下ろし】
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【二把目】初春の熱燗~前編~
松飾が取れて、何日か経ったころのこと。
おばあちゃんのお蕎麦屋の周りにもドカ雪が降った。
「今年は冷えるぞ、覚悟しとけ!」
いつだったかテレビの天気予報で、ヤクザな口調の予報士が言っていたのを思い出し、そういうのは当たってくれなくてもいいのになあと、私は口元に寄せた両の掌にハ―っと息を吹きかけた。
昼の営業時間だというのに、この雪による悪路である。
ごくごく近所のご常連様たちは元気な顔を見せてくださったけど、全体の客足は思ったように伸びていなかった。
寒いし、暇だし。
温かいしっぽくそばをずずずーっと啜りたい気分が否応なしに盛り上がるが、それはまだもう少し時間が経ってから。
だって。肩に雪を積もらせたお客様がいつやって来るとも限らないのだ。
お客様が何時いらしても良いように、心構えと身だしなみはちゃんとしておかなくちゃいけないよ――おばあちゃんの家に転がり込んで、一番最初に教えてもらった接客の心得だ。
「あらやだ、大変。大変」
厨房からおばあちゃんが転がるような足取りで飛び出してきた。
いつもニコニコ、沈着なおばあちゃんが慌ててるなんて、ちょっと珍しい……もしかして、それでこの雪?なんて愚にも付かないことを考えた。
「どうしたの?予約のお客様?」
「ちがう、ちがう。今から【特別】なお客様がお見えになるって」
年代物の黒電話は、このお店では未だ現役で稼働している。
予約や出前の一報を引き受ける大事な窓口役をきっちりしっかり果たしてくれているのだけれど、今日はチンとも鳴っていなかったはずだ。
特別なお客様なのに、予約が入った形跡もなく、おばあちゃんが慌てていて……私にはこの事態が何のことやらサッパリわからなかった。
の、だが――
おばあちゃんは入口の引き戸をガラリと開けると、何の躊躇もなく暖簾を裏返した。
「おばあちゃん!まだランチタイム――」
「いいの、いいの」
はぁ、忙しい忙しい……おばあちゃんはピシャリと引き戸を閉め、そそくさと厨房へと引っ込んでしまった。
「あ!ヨウちゃん、テーブルのご用意。急いでね」
いつもなら言わない、そんな台詞付きで。
暖簾を裏返した時にだけやって来る特別なお客様。
私はその時はまだ、仕入れ関係か町内会の偉い人が来るのだ程度のことにしか考えていなかった。このお店に限って、メディアの取材が来るなんてことは無いだろうし。
なんせおばあちゃんは、そういうのを毛嫌い……というか、このお店をなるべくならば世間の目には触れないように、ひっそりこっそりと営んでいるという節があったから。
程なくして、引き戸がカラカラと穏やかな音を立てた。
「こんちはー。いや、寒いねえ!こう寒くちゃ皿の水も凍って水かきもしもやけ寸前だよ、雪見酒なんて風流かましてる場合じゃないよコリャア。といいつつ、やっぱり美味い酒は恋しいけどサア……あ、カワノタロウ商会でこちらの店舗を紹介してもらって来たんだけれど、今日お邪魔して良かったのかしら。」
「い、いらっしゃいませ」
私は、その男性客の言ってることがいま一つ飲み込めなくて、ポカンとするばかりだった。
彼の立て板に水な口調に気圧された、だけではない。
カワノ……誰さまって仰いましたっけ?
確認の復唱もままならないどころか、来店予約も何もないのに来店して良かったかしらと尋ねられても……何を基準に?どんな判断を?私は一体、どう答えたらいいのだろう?どうしたらいいんだろう?
思考の竪穴にズッポリハマってしまって、抜け出せなくなってしまった。
「ハイハイ、お待ちしてました。いらっしゃいませ」
おばあちゃんが草履の底をスタスタいわせながら、私とお客様の間に立った。
「カワノ商会様のご紹介ですもの、何時だって大歓迎です。ささ、こちらのお席にどうぞ」
ヨウちゃん、お茶とお手拭きよ。と、おばあちゃんに耳元で囁かれ、私はようやく気を取り直すことができた。
「も、申し訳ありません!」
お客様に平身低頭してから厨房へ駆け込んだ。お茶とおしぼりは大丈夫、さっきおばあちゃんに言われた通り、ちゃんと用意をしておいたから。
その男性のお客様は、それほど特徴のある容貌ではなかった。
お洒落にベレー帽を被り、やけに顔色が悪かったけれど、穏やかそうな物腰で紳士的な印象だ。とっくりのセーターも、仕立ての良さそうなウールのスラックスもぴったりと体形に合っていて、地味で慎ましやかながらも独身生活を御自分らしく謳歌されているような感じ……。
それなのに。
私はどうしても、その一点だけに、大きく否応なしに引っかかってしまったのだ。
それこそがポカンとなった理由であり、思考の竪穴を出現させた元凶でもあった。
あんまりジロジロ見るもんではないと判っている。おばあちゃんもいつも以上に普段通りを心掛けているように振舞っているように見受けるし、気にすればするほど失礼というのも判っているのだ。
頭では、こんなにも判っているのに……。
その男性客は、身に付けているモノ全てが、同じ彩度・明度・輝度の真緑色なのだった。
失礼を承知で喩えるならば――その鮮やかさは、もぎたての胡瓜が手足を生やしたみたいだった。
大きな一枚板のテーブルの真ん中ほど、ストンと席を構えたお客様に、
「今日は何になさいます?」
と、おばあちゃんが訊いた。
おばあちゃんが、注文を取るなんて!
お客様が席に座る前から食べたいメニューをピタリと当てるおばあちゃんが!
こんな珍しいことばかり、立て続けに起こるなんて、もしかして雪が降ったのはこのお店での異変によるものではないか?数多のデータを解析し予報を立てているであろうあのガラの悪い気象予報士には申し訳ないけれど、私の見立ての方が正しいような気がしていた。
「そうだなあ……あ、鍋。できます?」
「あいよ」
「あー、それと!」
顔色の悪さに似つかわしくない、中低音のよく通る声でおばあちゃんを呼び止めた。やっぱりどこか早口、というかどことなく……漠然とした不安を抱えてるんだろうか?彼が抱えてるのかもしれない、じわじわと染み入るような……冷たい現実?嫌な予感めいたもの?
よくわからないけれど、お客様が何かつらいものを見て見ぬふりをしたいという切実な気持ちが、私にも伝染してくるみたいだった。
少しだけお腹に力の入った彼の声は少し金属音に近くて、奇妙に余韻を残す声だった。先ほどの、近くで聞いた声音とは明らかに違って聞こえた。
喩えるなら、お寺の本堂にある大きめのおりん――磬子というのだったか?あれをそうっと、なるべく小さく鳴らしたような感じ。
私はお茶を出す手を、できるだけ遠くから、お客様のそばに伸ばした。
このお客様との距離をできるだけ開けていたかった。
というか、私如きが近づいてはならないような気がした。
「それ、と……熱燗、貰えないかな。冷えすぎちゃってね。やっぱり、酒だよねえ。命の水、だもの」
「それなら、お鍋は酒粕仕立てにしましょうかねえ。温まりますよ」
「あー!そりゃいいや!」
いそいそと厨房に戻るおばあちゃんの後に付いて行こうとした私を、お客様が呼び止めた。
「いいかな?お嬢さん」
「はい?なんでしょう」
「あー。すまないね。鍋と熱燗が来るまでの間、少し私の話を聞いてくれないか。御覧の通り、私はひとりでぺらぺらと喋ってる性分だから、相槌も何もしなくていい。聞いてくれるだけでいいのさ」
【二把目 中編につづく】
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