クレオール語のはなし
モーリシャスの日本の船舶による燃料出力事件をきっかけにモーリシャス現地で使用されている「モーリシャス・クレオール語(Kreol Morisien)」の勉強を始めました。
クレオール語
クレオール語とは、異なる言語を話す人々が接触した結果、意思疎通をするための新しい言語が生まれて、それが人間の母語として継承されるようになった言語です。
例えばAさんとBさんが知らない島に連れてこられ、意思疎通ができず、お互いの知っている言葉を織り交ぜてなんとかコミュニケーションをとっていました。それがある程度進み、そのごちゃ混ぜの言語で生活が問題なくできるようになりました。ふたりが結婚します。子供ができますが、その子供は二人の言葉をそのまま覚えず、AさんとBさんがコミュニケーション用に作り上げた言葉を第一言語として習得します。この言語がクレオール語と呼ばれます。
そのような言語は今日、世界に多く存在しています。ハイチのハイチ・クレオール語やフィリピンのチャバカノ語、台湾で話される日本語の宜蘭クレオール語(ニホンゴ)、アルーバのパピアメント語、スリナムのスラナン語、パプアニューギニアのトクピシン等、例を挙げきれないほどのこのような言語が存在しています。
例えば台湾の宜蘭クレオール語は日本の統治時代に、台湾の先住民族を、言葉が違う民族であっても一つの地域に集めたことが言語が生まれた要因とされています。日本語をベースとし、タイヤル語と中国語が加わって生まれた言語とされています。そのため、日本語の文法と語彙が中心となり、タイヤル語と思われる単語や中国語も折中されます。
今までのクレオール語
ところで、こちらのNoteでも、今まで個別に記事を書いたり、「世界の言語入門」の一角でクレオール語に属する言語やクレオール語という見方をされることがある言語を紹介してきました。
①カーボ・ヴェルデ・クレオール語
②アフリカーンス語
※自然なゲルマン語というよりも、オランダ語と南アフリカの言葉やマレー系言語などとのクレオール語ではないかという視点もある。
モーリシャスのクレオール語
モーリシャスで公式使われている言葉は英語とフランス語なのですが、口語ではフランス語をベースにしたモーリシャスのクレオール語が多く使われているようです。
ただし、フランス語と似ているかと言われれれば、語彙は似ています。ただ、文法はフランス語とは全く異なる姿をしています。まず動詞からは時制や人称変化がなくなってしまい、中国語のように時制を表すパーツをくっつけるようになりました。
Mo ti bizin aprann lang-la
(私はその言葉を学ばなければならなかった)
この例で言うと、"ti"が過去を表すパーツです。"ti"自体は無理やり訳せば「〜った」になるのでしょうが、本質的に意味はなく、あくまで次の動詞が過去であることを表すために登場します。言語学ではマーカーと呼ばれます。
また面白い点として、フランス語の定冠詞をつけたまま借用し、クレオール語でさらに定冠詞をつけるような単語もあります。例えば"latab"という単語があります。これは"la table"ですが、定冠詞ごと借用されました。そしてさらにこれをクレオール語で限定する場合、"latab-la"とさらに"la"を後ろからつける形になります。
動詞や名詞から変化がなくなる、文法が元の言語に加えて簡略化がすすむ、などは英語やフランス語、スペイン語がベースとなったクレオール語に特に共通して見られる現象かと思います(ところで、そのような背景の中で冒頭に挙げたカーボ・ヴェルデのクレオール語はポルトガル語が持つラテン語的な変化を残している点でユニークかと思います)。
ヌビ語:アラビア語のクレオール
私が耳にしたことあるアラビア語のクレオール語といえば、このヌビ語とスーダンのジュバ・アラビア語だけです。両方とも口語のアラビア語をベースに形成されたクレオール語です。
ヌビ語は世界でも数少ないアラビア語のクレオール語です。ヌビ語人はウガンダやケニアに分かれて2万5千人がいるとのことでした(1)。
ヌビ語の研究はまだまだ調査が必要なようですが、人称変化をしない、マーカーや助動詞のようなものを使って時制や相を表すという点はモーリシャスのクレオール語に似ています。例えば不確定な未来を表すには次のようになります。'
'Bele bi- 'raba 'ma u 'Nubi bi- 'raba 'ma!
(国が発展しなければ、ヌビは発展しないだろう!)
Ineke Wellens - An Arabic Creole in Africa_ The Nubi Language of Uganda -Katholieke Universiteit Nijmegen (2003), p.111
ここでは"bi"が不確定な未来を表す動詞のパーツで、次に来る"raba"にくっついています。
クレオール語を学ぶこと
クレオール語について学ぶことを「クレオール学」と言っていいのであれば、この学問は人間の言語創造性、コミュニケーションによる社会性、言語の本質・普遍性などに迫ることのできるユニークな分野だと思います。ただ課題はいろいろあり、研究を進めなければならない点があります。
さて、クレオール語は言語であるため、どうしても対照言語学的になってしまいます。それから、ベースとなった元の言語の知識も必要になってきます。
例えば、フランス語とアラビア語は語族が全く異なりますが、文法的に共通しているところがあります。まず動詞の人称変化があるところ、次に標準語のアラビア語と異なり、口語のアラビア語ではフランス語同様に格変化がないケースが多いこと、などベースとなった言語自体が、フスハーやラテン語と比べると文法がシンプルになってしまっている点です。従って、そのような言語から派生したクレオール語は語彙が違ったとしても文法の性格が同じような傾向を持つ、というのは十分にあり得ることではないでしょうか。
ただし、私の環境からいうとモーリシャスクレオール語の研究書などは気楽に手に入りませんし、ヌビ語の研究もそんなに多くはないようなので、完全対照はできていないのが現状です。それに宜蘭クレオールの文法とも比較ができているわけではないので、フランス語とアラビア語ベースのクレオールの比較だけで足りることはまだないと考えます。
(1)Ineke Wellens - An Arabic Creole in Africa_ The Nubi Language of Uganda -Katholieke Universiteit Nijmegen (2003), p.9
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