2020 岡山大学 薬学部 一般入試(後期) 小論文 模範解答

問1
かつてのアポロ計画には、問題を定義し、資金と学際的な専門知識で専門機関を支援し、所定の期間内に問題を解決しようとするムーンショットとよばれる体制において、莫大な資金と人材が投入された。しかし、現代には「アースショット」と呼ばれるガンの克服や気候変動問題などのより複雑な課題が存在し、企業のみならず、大学、企業、政府などが緊密に連携する必要がある。というのも、複雑な問題に取り組むためには、資金や専門知識だけでなく、特に富裕国では対立する政治的イデオロギーの調整、貧困国からの公平性に対する要求の充足、市民の声を認識することなどが必要になるからだ。したがって、問題の定義付け、解決策の実施、進捗状況の確認において、市民やNGOを巻き込んだ包括的なアプローチを採用すべきだと述べる専門家もいる。このようなアプローチは、社会にとっても有益である。格差の是正やがんの克服など、より大きな目標は、参加者の個々の既得権に常に勝るものでなければならない。これらの課題の解決は、一国や一地域が単独で克服できるものではなく、課題解決の行動の責任は多国間のアプローチにあると言える。(479字)


問2
現在においても世界には数多くの稀少な疾病が存在している。しかも、それらには、先天的遺伝病のような難治性の疾患が少なくない。こうした稀少難病に対する医薬品の開発は、アースショットの課題であると考える。というのも、単に薬学的課題のみならず、稀少難病の疾病病因の解明、開発インセンティブや産官学の連携、多国間における研究機関の協力体制の構築など解決すべき多くの複合的課題が残されている点においてアースショットの課題であると言えるからだ。また、先進国の巨大製薬会社の多くが精神安定剤や睡眠薬などの広くニーズがあり、儲かる薬の開発に特化し、商業的な理由において稀少難病用医薬品の開発に消極的であるという問題もある。
 以上のような稀少難病用医薬品の開発の課題に対して、どのような取り組みを行うことができるだろうか。有用な稀少難病用薬剤を迅速かつ効率的に患者に届けるために重要なことは、その発症原因がまったく不明な多くの稀少難病に対して大学などの研究機関による病因解明を目的とした基礎研究と製薬企業の持っている創薬技術とを融合させることにあると考える。というのも、稀少難病用薬剤の開発は、一民間企業や単一の大学組織でできる範囲をはるかに超えていると考えるからだ。たとえば、人員が限られた大学における研究組織が、単独で医薬品の開発候補化合物を選定することは困難である。それゆえ、稀少難病用医薬品の開発には、大学などの研究組織と民間セクターがともに手を携え、稀少難病に立ち向かう共創的研究の場の構築が必要となる。また、患者数が少ない稀少難病においては、日本だけの臨床試験で明確な医学的根拠を構築することは容易ではない。それゆえ、稀少難病用薬剤の開発を迅速かつ効率的に実施するうえでも、欧米やアジアとの国際的臨床ネットワークの枠組みを構築する必要があると考える。(770字)


課題文全訳
癌、気候、プラスチック:なぜ「アースショット」は「ムーンショット」よりも難しいのか?

アポロ計画は成功しましたが、50年後、より複雑な地球規模の課題を解決するためのムーンショットには、別のハードルがあります。プラスチック汚染のようなグローバルな課題は、従来のムーンショットでは簡単に解決できません。
人類を月に送ることができるなら、なぜ持続可能な都市を作ることができないのでしょうか。癌を克服することも、気候変動にも対処できるはずです。
1961年、ジョン・F・ケネディ大統領の挑戦を受け、設立されたばかりの宇宙機関は、宇宙飛行の経験がほとんどない状態から、人間を38万キロ離れた別世界に連れて行き、帰還させるためのマシンを設計、製造、飛行させるまでになりました。
アポロ計画には莫大な資金と人材が投入されました。アメリカ政府は1960年から1973年の間に、アポロ計画に約260億ドル(今日の2640億ドル)を費やしました。アポロ計画には、最盛期には約40万人が参加し、その多くがロケットや宇宙船の製造を担当した巨大航空宇宙企業で働いていました。彼らは、地球低軌道からの脱出や、月面への安全な往復などの課題を解決していきました。
50年の時を経て、ムーンショットの体制(問題を定義し、資金と学際的な専門知識で支援し、所定の期間内に問題を解決しようとするものです)は、「アースショット」と呼ばれるようなより複雑な課題にも適用されています。米国では、がんを克服するためにこのような取り組みが行われています。欧州委員会が今後予定している1,000億ユーロ(1,120億米ドル)の研究資金提供プログラム「Horizon Europe」には、がん、気候変動、海洋、土壌に関する取り組みが含まれています。
ムーンショットという体制に魅力を感じるのは当然のことです。しかし、これまでの取り組みは、企業からの期待に応えられなかったこともあり、実現は難しいと思われます。たとえば、新世代の抗生物質の開発が急務となっています。そのためには、大学、企業、政府などが緊密に連携する必要があります。しかし、製薬会社は大きな利益が得られない限り、投資に消極的であるため、進展が遅れています。
複雑な問題に取り組む上で、従来のムーンショットが理想的ではない理由は他にもあります。たとえば、気候変動の問題を考えてみましょう。この問題には、資金や専門知識だけでなく、特に富裕国では対立する政治的イデオロギーの調整、貧困国からの公平性に対する要求の充足、学校での気候変動ストライキなどの地域的な運動で高まりつつある市民の声を認識することなどが必要になります。
先週、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのイノベーション・エコノミストであるマリアナ・マズカート氏は、欧州委員会がムーンショットのようなミッションを遂行する際には、問題の定義付け、解決策の実施、進捗状況の確認において、市民やNGOを巻き込んだ包括的なアプローチを採用すべきだと繰り返し述べています。
このようなアプローチは、社会にとっても有益です。格差の是正やがんの克服など、より大きな目標は、参加者の個々の既得権に常に勝るものでなければなりません。これらの課題は、一国や一地域が単独で克服できるものではなく、行動の責任は、やっかいで困難ではあっても、多国間のアプローチにあると言えます。

いいなと思ったら応援しよう!