「マリオガン~THE END OF VIOLENCE~」第1部・10章「メディスンマン 」
ミカリのマンションのリビングで、馬瞬豪と国刀一郎がソファに座って親しげに話している。マリオが国刀の魂を〝再構築〟したことを知って、馬が国刀に会いたがり、ミカリが場所を提供したのだ。
警察官と犯罪者という関係でありながら、顔を合わせた瞬間に意気投合した二人の姿を、隣りのソファに座って見ながら、すごいことだな、とマリオは思う。
すごいのは君だよ、と視野の左端でルカが言う。彼らに敵意も嫉妬も抱かず、この状況で一番リラックスしている。小さく苦笑してマリオは返す。「そういう気持ちは普通にあるけど、湧き上がってすぐに流れちゃうんだ、成層圏から見る地上みたいに、遠く、小さくなってしまう」ルカが小首を傾げて受ける。それだけ君が大きいんだ、どんどん〝星〟になってる証拠だ。
ふいにダージリンの香りがして紅茶のカップがテーブルに置かれる。すぐ横にミカリの顔がある。頬を赤らめてマリオを見つめ、それから二人にも紅茶を出す。ドキドキしながらマリオは目で追う。先輩の態度が変わってきている、これまでにない表情や仕草を次から次へと見せてくれる───。
「つまり、マリオくんの紅い拳銃には、二極性を打ち消す力があるんだ」と馬に向かって国刀が言う。瞳が熱っぽく輝いている。AIが動かしてる人形のようだった数日前とは別人のようだ。
「我明白」と馬が答える。「何ひとつ自分が変わらないまま、誰とも、何とも、対立することが無くなるってことだよな?あの拳銃で撃たれてから、暴力を楽しみたい衝動が起こらなくなったんだ。殺したり壊したりはいくらでもできる、そういうスペックは残ってる。消えたのはそうする衝動、っていうか必要性だ」「わかる」と国刀が頷く。
「拳銃が撃ち出す金色の炎は、価値観の対立をその人間の中で焼き尽くんだな。善と悪、正義と不正、聖と邪、光と闇、個人と全体、利益と公益、自由と束縛、創造と破壊───二極化して二つに引き裂かれた価値を、溶かしてくっつけ一つに戻す。影と合体することが〝魂の再構築〟の本質だと言ってもいい」「ははぁ!影との合体!納得だ」愉快そうに馬が言って、美味しそうに紅茶を飲み干す。
国刀がマリオに話しかける。
「『陰陽魚』の刀身を父親に見せて、君と拳銃のことを話したんだ。斬られた傷痕が消えてるのも見せて、国刀家の人間がずっと刀に取り憑かれていたと伝えた。次の日、新しくなった『陰陽魚』で斬ってみてくれ、と父親に言われた」びっくりして思わずマリオが訊く。「斬ったの?」ああ、と国刀が頷く。
「背中の傷の上をごく薄くね。ほとんど出血しなかったけど、父親は倒れて失神した。意識が回復した時には古い傷痕が消えていた。それを知って父親は泣き崩れた。その日から父親は、憑き物が落ちたように人が変わった。金色の炎が見えない僕にも〝再構築〟されたのが分かったよ。紅い拳銃の力が『陰陽魚』にも移ったんだ」
すごい、と視野の左端で興奮してルカが言う。紅い拳銃は『魂の殺戮兵器』を無害化してしまう上に、〝再構築〟する力までコピーしてしまうのか!「よかったね」とマリオが言う。国刀が微笑み、居住まいを正す。「実は───紅い拳銃で、君に撃ってほしい人間がいるんだ」
「は?」マリオがぽかんとしてしまう。真摯な表情で国刀が続ける。「誰かや何かをコントロールしたいって話じゃない。職務で心を病んでしまった同僚の警官を助けたいんだ。君の拳銃で魂を〝再構築〟してやってくれないか?」
ぱん、と馬がテーブルを叩く。「まったく同じこと考えてたぜ!国刀が後でこっちも頼むわ。お前に撃ってもらえたら、殺されたり自殺しないですむ人間が、俺の周りにもけっこういるんだ」
唖然とした表情でマリオが交互に二人を見る。眉をひそめて宙を睨む。「そんなことしていいのかな・・・僕は、医者やヒーラーじゃないのに」「いいと思う」離れてキッチンのテーブルに座っていたミカリが言う。
「お父さんの持ってる力や、小さい頃のこと考えると、間違いなくそういう才能がマリオの中にはあると思う。それがどんなものなのか、知っておくためにも撃ってあげたら?」
三人にじっと見つめられる。断る理由が見つからない。
二日後、サイバー犯罪対策をしている公安の刑事を、紅い拳銃でマリオは撃つ。
ブラックハッカーとの攻防で心を酷く病んでいる。多くの被疑者が逮捕されても更生せずに再犯を犯し、手口がどんどん巧妙になり、被害規模も大きくなるので、二度とハッキングできなくなるほどの凄まじい恐怖を与えなければならない、とその刑事は思い詰めてしまう。
気がつくと被疑者のパソコンに侵入し、被疑者のアドレスから、国際テロ組織の端末にランサムウェアを送ろうとしている。自分自身がブラックハッカーになりかけ、愕然として先輩である国刀に相談したのだ。
「彼は自分の影に呑まれかけてる。リセットしてやってくれないか?」と待ち合わせ場所へ向かう車の中で、国刀が助手席のマリオに言う。「わかった」とマリオが頷く。
夜の郊外の公園のベンチに公安刑事は座っている。少し離れた木の影に国刀とマリオは身を隠す。「ここから狙って当てられるか?」と国刀が訊く。マリオが頷き、右の掌から紅い拳銃を出現させる。
狙いをつけてトリガーを引く。金色の炎が長々と吹き出し刑事の体が燃え上る。ショックを受けて立ち上がる。吠えるように叫んで痙攣する。体を覆っている魂の膜が焼けて剥がれて蒸発する。炎の色が青に変わり、〝再構築〟された魂に刑事が体をコーティングしていく。よろめいてベンチの前に倒れる。ふう、とマリオがため息をつく。
国刀が出ていって気絶した刑事を抱き起こす。二人で運んで車に乗せる。首都高を使ってミカリのマンションに戻り、エントランス前に車を止める。後部座席で刑事がうめき声を上げる。そろそろ意識が戻りそうだ。「今日は本当にありがとう」助手席のマリオに向かって国刀が深々と頭を下げる。車を降り、遠ざかるテールランプを不思議な気持ちでマリオは見送る。
次の日、クラブ『飛頭蛮』専属のフロアDJをマリオは撃つ。二十代半ばの女で重度の薬物中毒者だと言う話を馬から聞く。
「ドラッグなしだとキレキレのプレイができないんならしょうがねえ、って前は思ってたんだけど、お前に撃たれて気が変わった」と『飛頭蛮』の駐車場にランボルギーニを停め、ガルウィングを上げながら馬が言う。「今撃たないと、どうなるの?」シートベルトを外してマリオが訊く。「冬には間違いなく死んでるな」さらっとした口調で馬が答える。
二人を乗せたエレベーターがVIPルームのフロアで止まる。先に立って廊下を歩きながら優しい声で馬が言う。「いつも夕方まで眠ってるんだ。起こさずに撃ってやってくれ」
案内された部屋に女はいない。ベッドサイドテーブルに使用済みの注射器が置いてある。ベッドのシーツには血の染みがつき、錠剤の空パッケージが床のあちこちに散らばっている。バスルームにいないことを確かめてから、窓の外のバルコニーへ二人は向かう。女は手すりに持たれている。呆けたように海を見ている。その横顔をマリオは見つめる。肌が薄くて瞳が綺麗で年齢よりずっと老けている。
馬がマリオの肩を叩く。紅い拳銃を出現させてバルコニーの入り口で構える。女がゆっくりとこっちを見る。その額を狙って撃つ。炎が女の体を包む。金色の火柱が高々と上がって歌うように女が悲鳴を上げる。焼き払われた魂の膜が、虹色に輝きながら再生していくのをマリオは見つめる。
それからの一週間で、国刀の同僚の警官を三人と、馬の取引相手を二人撃つ。生まれ変わったような体感を得たことに感動し、依頼者たちがさらにマリオに自分の身内を撃たせたがる。「パートナーや家族も〝治療〟してほしい、幾ら出せばいい?」と馬の取引相手たちが熱望する。
「幾らならやる?」という馬からのメッセージにマリオは呆れる。既読して返信しないでいると、二枚の銀行口座のカードと暗証コードが送られてくる。「依頼料の入った口座のカードが送られてきたから転送する。やる気がないなら捨ててくれ」という馬のメモがついている。ネットに入って口座を開くと預金額のゼロがケタが凄い。
ミカリに見せて相談すると「夏休みのアルバイトが見つかったじゃない」と面白そうに笑っている。笑うミカリをもっと見たくて馬の依頼を引き受ける。二日で四人の依頼者を撃つ。すぐに感謝のメッセージが馬経由で届届けられる。知らないうちに口座の中に追加料金が振り込まれている。
「これから忙しくなるぞ」と中華レストランでマリオにランチを奢りながら馬が言う。「自分が自分のまま、苦しみや囚われから開放されたい奴は、この首都には山ほどいるしな」そしてDJの女が薬物依存のリハビリセンターに入ったと教えてくれる。「自分で行くって言い出したんだ。脅迫的にプレイを続ける理由が、もう無くなったんだと。「これで冬になっても生きていそうだ」
同じ日に国刀からメッセージが届く。
例の公安の刑事にせがまれ、君のことを少し話した。
どうしても直接伝えたいことがあるそうだ、
良ければ会ってもらえないか?
「国刀、ずるいね」と横からスマホを覗き込んでミカリが言う。「こうなること分かってて推したでしょ」マリオがミカリを軽く睨む。ふふ、とミカリ小さく笑ってマリオの頬にキスをする。「あっ」と思わず声が出る。可愛くて仕方ない、という表情でミカリがマリオの顔を見つめる。心臓をばくばくさせながら思う。先輩がどんどん変わっていく───頭の芯が甘くとろける。
次の日、バイクで指定された国刀のセーフハウスへと向かう。都心のマンションの一室で国刀と後輩の刑事に会い、刑事から丁寧に礼を言われる。見違えるように表情が冴えている。「拳銃を見せてやってほしい」と国刀に言われて出してやる。刑事が驚愕して立ち上がる。「すごい・・・本当に体の中から!」血の塊に戻して引っ込め、マリオが訊く。「伝えたいことって何でしょう?」興奮冷めやらぬ口調で後輩の刑事が話し出す。
「魂を『再構築』してもらったことで、自分で自分を引き裂くようにして生きていたことを痛感しました。何ひとつ失ったり損なったりしないまま、生まれ変われたように感じています。それで───もしこの処置を多くの人々に、定期的に施すことができれば、首都の犯罪、引いてはこの国の犯罪そのものを減らせるんじゃないか、と考えたんです。草薙くん、我々警察の仕事を手伝ってもらえないでしょうか?」
思わず国刀の顔を見る。
「僕も同じ考えなんだ」と国刀が言う。
「魂を『再構築』された人間の数が、ある程度の比率を占めることで、社会全体の荒みを無くし、犯罪の発生率を限りなくゼロに近づけられないだろうかと。今、彼が、公安の設備を使ってシュミレーションプログラムを組んでいる。人口十万人の社会で、三千人の魂が『再構築』された場合、全体にどんな影響を与えるかAIに緻密に検証させてみる。そして、その結果次第では」
「ちょっと待って」とマリオが遮る。「僕に、警察の業務として、人を撃たせたいってこと?」言葉を区切って確かめる。国刀と後輩が大きく頷く。「実績とデータを積み上げた上で、予算を組んで申請し、警視庁内部に専門部署の設立を目指したい───協力してもらえないだろうか?」
ずるいな、とマリオは思う。昨日先輩が言ったとおりだ。こんな話の回し方されたら簡単には断れない。「もちろん色々と便宜を図らせてもらうし、捜査費から謝礼も出させてもらう。馬が紹介する人たちみたいに高額って訳にはいかないけどね」
国刀が笑い、後輩の刑事が彼を見る。二人とも楽しそうにしている。ああ、まただ、とマリオは思う。人が集まってきて、楽しそうに何かを考え、話が勝手に進んでいって、僕を運んでいこうとする。不思議だな。どうしてこうなるんだろう?
「で、何て答えたの?」「考えさせてほしい、って」「馬には話した?」「うん。いいんじゃね、って笑ってた。『かなりの数の暴力の連鎖を断ち切れるかもしれないぜ、太奇妙了、盟友』そう言ってた」
マリオとミカリは並んで寝室のベッドに横たわっている。二人とも裸で汗をかいている。
「何でみんな、紅い拳銃の話になると、嬉しそうな顔するのかな?」ミカリが頬杖をついて言う。「影と合体して、癒やされて、気持ちいいからでしょう」「そっか───〝魂の再構築〟って気持ちいいのか」
ルカに撃たれた時のことをマリオはよく覚えてない。金色の炎で焼かれた後の国刀や馬の顔を思い浮かべる。「だから人に話したり、勧めようとするのか、なるほどな・・・」紅い拳銃も、金色の炎も、暴力だとしか思っていなかった。
「自分のことが分かって、良かったね」ミカリがマリオの髪を撫でる。「・・どうなのかな。前にルカからも、ヒーラーでメディスンマンだって言われたんだけど、全然ピンとこないまんまだ」
だからだよ、と頭の中でルカの声が柔らかく響く。本物のメディスンマンは自分からは名乗らないし、癒しが必要な人間をわざわざ呼び集めることもしない。口づてに名前が伝わって。自然と人が集まってくるんだ。それだけ言って気配を消す。
左腕に乳房が押しつけられる。ミカリが顔を近づけてくる。キスしてゆっくり舌を絡める。「・・あなたを描きたい」とミカリが言う。「モチーフのためのモデルじゃなくて、マリオをそのものを絵にしたい」照れくさそうにマリオが頷く「いいよ。先輩が納得いくまで、何度でもモデルにして描いて」
ミカリがマリオの上に跨がる。「先輩って呼ぶの、もうやめて」「・・・・」「名前で呼んで」「・・え」「呼んでほしいの」切実な声で言われる。熱いものが胸に溢れる。「ミカリ」と囁くように言いながら、マリオはミカリに昂ぶりを入れる。白い体が反り返って震える。漆黒の二つの瞳の奥に青い星が昇るのをマリオは見る。
✶
三週間ぶりにビアンカに電話する。時々メッセージを送っていたけど話すのは家を出て以来になる。「元気にしてますか?」とビアンカが言う。マリオが答える。「元気だよ」「声の感じ、変わりましたね」「そうかな・・・そうかも」そして唐突に言ってしまう。
「父さんに、今、すごく会いたい」自分でも驚く。父さん、って言えた。自然に出た。狂おしくなる。「シャーマンとしてどうやって生きていたのか、話を聞かせてほしいんだ」ビアンカは黙っている。知らないのだから黙るしかない。何故ビアンカに言ってしまったんだろう、とマリオは自分で不思議に思う。
「・・二、三日したら、一度帰るよ」「わかりました。待っていますね」電話を切る。息を吐く。無性にバイクで走りたくなる。地下駐車場に降りてエンジンをかける。地上に出ると真夏の太陽がギラギラと街を焼いている。首都高速に上がってアクセルを開き、休みなしで三周してマンションへ戻る。
駐車場の来客スペースにランボルギーニが停まっている。運転席で馬が手を上げる。バイクを駐車し、ヘルメットを脱ぎ、助手席に乗り込んできたマリオに、「見てくれ」と言って馬が自分のスマホを差し出す。額の汗を拭いながら受け取る。白人の老人の顔写真が大きく表示されている。
「紅い拳銃で撃ってほしいと頼んできたが人間が五人にて、その中に一人、昔のマリオを知ってると書いてきた奴がいる。その男なんだけど、見覚えあるか」ない。知らない男だ。写真の下に添付されてるメールの文面を読もうとして、名前の欄に目が釘づけになる。
ウリエル・コーエン
紅い拳銃の前の持ち主───九歳のマリオを金色の炎で焼いて、記憶喪失にした白人の男とファーストネームが同じだ。もう一度写真を見る。同一人物かどうか判然としない。そいつだ、あの時の奴に間違いない、と視野の左端でルカが教える。「でも」と心でルカに言う。「あの時、父さんに撃たれたはずだ」
馬にウリエルのことを話してみる。ふん、と馬が鼻を鳴らす。「生きていてもおかしくはないな。父親は止めを刺さなかったんだろ?」マリオは頷く。紅い拳銃に残されていた〝記憶〟の中ではそうだった。「なら、このメールはお前への殺害予告って可能性もあるぞ。いつ、どこで撃たれてもおかしくないぞ」「・・そうだね」つぶやいて眉をひそめる。あんなことがまた起こるのか。
「紅い拳銃は見えない炎しか撃てないのか?実弾を装填して撃ったことは?」「ない」馬がちょっと考える。「国刀に知らせといた方がいいな」馬がスマホをタップする。短い会話を交わして通話を切る。「念のためにお前を保護するそうだ。五分で公安の迎えが来る」
マリオが頷き、自分のスマホを出す。部屋にいるミカリをコールして手短かに状況を説明する。しばらくミカリが黙り込む。「顔が見たい」と言われてビデオ通話に切り替える。画面にミカリの顔が映る。ハッとする。これまでマリオが見たことのない緊迫した表情をしている。数秒間、見つめ合う「気をつけて」「うん。ミカリも。後で会おう」通話を切って深呼吸する。
駐車場の出入り口で走行音が反響する。グレーのセダンがスロープを回って降りてくる。馬がグローブボックスからプラケースを出して差し出す。銃弾のカートリッジが詰まっている。「持ってけ。実弾撃つこともできるだろ?」思いつきもしなかった。「ありがとう」と言って受け取る。
ランボルギーニの前でセダンが停まる。スーツの男が二人降りてきて、軽く会釈し、警察手帳を見せる。尻ポケットにプラケースを突っ込み、リュックを持って、ランボルギーニを降りる。
瞬間、強烈な悪寒を体を走って「うわ」と思わず声が出る。頭の上から足の先まで見えない〝何か〟に貫通される。キツい、何だこれ。感覚をたぐる───わかった。悪意だ。強烈な殺意。
息が詰まってしゃがみ込む。マリオの全身が紅く染まって飛び出すように右手から拳銃が現れる。刑事の一人がマリオに駆け寄る。手をついてマリオが起きようとする。
立つな!と鋭くルカが叫ぶ。
擦過音が響くと同時に刑事の頭が破裂する。血と脳症と骨片がランボルギーニのボディにかかる。もうひとりの刑事が呆然としながら反射的に拳銃を抜く。擦過音がして拳銃ごと右手首が消し飛ばされる。続けて腹に大穴が空き、血と内蔵をブチ撒けながらセダンのボンネットに倒れ込む。
ランボルギーニから飛び出した馬が、マリオの体を引きずって走る。馬の左肩が裂けて血が飛び散る。柱の影へと滑り込む。柱のコーナーが砕けて飛び散る。瞳をギラつかせて馬が叫ぶ。「天井から弾丸が来てるぞ、どうなってんだ!」
地上から狙撃されている、と視野の左端でルカが言う。ルカの目が天井を透過して地上の状況をマリオの目に見せる。マンションの向かいのビル、の屋上の縁がズームされる。身を乗り出している人影がアップになる。白髪で白人の老人の顔。ウリエルだ。大口径のスナイパーライフルを構えている。ボディが深くて鮮やかな青色で塗装されている。
ウリエルがライフルの引き金を絞る。銃口がコバルト色の炎を吹く。撃ち出された直後に弾丸が消えて、炎のラインだけが地上へ伸びる。それはアスファルトの路面と、土の層と、その下にある地下駐車場の構造部分を貫通し、天井の真下でふたたび弾丸に戻って、柱のコーナーを大きく砕く。
『魂の殺戮兵器』だ!とルカが叫ぶ。発射した弾丸を炎に変えて、物理的な空間をスキップし、命中する寸前に再物質化させてる。ビルや地下の遮蔽物ごしにいくらでもターゲットを殺せるぞ!「弾丸をワープさせてるってこと?」マリオが訊く。ルカが頷く。馬に教える。弾けるように笑う。「お前みたいな奴が、他にもいるのか!」
僕みたいな奴。ああ、そうか───つまりは、あいつにも!
マリオの顔のすぐ横でライフル弾が実体化する。唐突に空中に現れた弾丸の姿を、ルカの目を通してはっきり見る。正面の壁に穴が開き、コンクリートが弾け散る。遊んでるんだ、と分かって震える。何もかも見通せて飛び越せるのに一撃で頭を砕かない。笑って、嬲って、楽しんでいる。
カッと腹の底が熱くなる。尻ポケットからプラケースを取り出し、紅い拳銃に実弾を装填する。立ち上がって目の前の柱を見る。柱の厚みと、鉄骨と、駐車場の外壁と、土の層と、アスファルトをルカの目で透過して、地上の高層マンションを見上げる。僕とルカにも同じことができるはずだ。
高層マンションの屋上でコバルト色の炎が爆ぜる。ルカの目がライフル弾の軌道を読む。天井を狙ってマリオが撃つ。銃口が金色の炎を放ち、射ち出された直後に弾丸が消え、路面の上空四メートルの空間で二色の火線がバチンとぶつかる。ひしゃげたライフル弾と拳銃弾がアスファルトの上に落ちて跳ねる。
「よし、止めた!」と声に出して叫ぶ。すぐ次が来る、とルカが言う。「車を回して!」とマリオが言い終わる前に、察した馬が走っている。さらに二回の狙撃を阻止したところでランボルギーニが横に停まる。拳銃の銃口のすぐ手前で実体化したライフル弾を撃ち落としてから助手席に乗り込む。
馬がアクセルをベタ踏みする。白煙を上げてランボルギーニが走り出し、スロープを昇って地上へと向かう。ライフル弾が空中で実体化して次々に飛んでくる。ボンネットに大穴が開き、左のミラーが吹き飛ばされる。
「エンジンを撃ち抜かれてしまう前に、射程距離から出られるかだな!」ハンドルを切りながら馬が叫ぶ。「違うよ」とマリオが否定する。「逃げない、ビルの真下へ行って。ここで決着をつけるから」馬がマリオの顔を二度見する。
ランボルギーニが地上へ出る。フロントガラスが派手に砕けてサンルーフと屋根が撃ち抜かれる。それでいったん狙撃が停まる。ひゅう、と馬が息を吐く。「カートリッジ交換だな」マリオも拳銃に弾を込める。割れたサンルーフのガラスを落として高層マンションの屋上を睨む。ルカが視野をズームして屋上の縁を透過する。
装填を済ませたライフルを床に向けて構えるウリエルと目が合う。楽しそうに笑っている。顔の左半分から青白い炎が吹き出して揺れている。炎の中にもうひとつ別の顔が浮かんでいる。やっぱりだ、と装填を終えてシリンダーを戻しながらマリオは思う。ルカが僕と融合したように、魂だけになった誰かと、ウリエルは融合しているんだ。
久しぶりだな、ルカ・ロッホ・サングレ。
甲高い声で歌うように炎の顔が言葉を発する。ぐぅ、とルカが唸り声を上げる。ああ、ちくしょう、何てことだ。その声とその顔をマリオも知っている。見たことがある。百三十年前にルカを捕らえて銃殺刑にした軍隊の将校───三千人の頭の皮を剥いだ伝説を持つ男、ガルシア・ガブリエル・アズールだ。
<続く>