「マリオガン~THE END OF VIOLENCE~」第1部・3章「紅い拳銃/カルテット」
3・紅い拳銃/カルテット
マリオは目覚める。まだ夜だ。今度こそ現実の世界にいる。自分の部屋、自分のベッド。震える長い溜め息をつく。熱はすっかり下がっている。
星になった、星になれた、夢だけど夢じゃないと思う。現実よりもリアルな場所で本当に体験した出来事だった。自分が新しくなっているのが分かる。
「・・ああ!」と声を出して起き上がる。金髪碧眼の幽霊の姿は消えている。紅い拳銃も無くなっている。ベッドの上にも床にもない。部屋中探しても見つからない。
自分と幽霊と拳銃が金色の炎で一緒くたに焼かれて、溶け合ったイメージが蘇る。近いことが現実でも起きたのかもしれない。マリオは胸に手を当てる。体の中にあるような気がする。
風邪を引いたとビアンカに言って一日休んでから学校へ行く。すれ違う生徒たちがまぶしそうにマリオを見る。半透明な金色の光のようなものを発散しているように感じてる。
視覚では捉えられないエネルギーをマリオは全身に纏ってる。でも本人には全然自覚がない。内面に起きたいくつもの変化に夢中になってしまってる。
絵に対する情熱がすっかり消えて無くなってしまった。描きたいと全く思えない。代わりに視野に星が見えてる。航路を導く北極星みたいに右端の上で輝いてる。
夢の中で見た金色の星だ。視線を動かしても影響を受けずに変わらず同じ場所にある。脳で直接〝見て〟いるらしい。
そして左端には金髪碧眼褐色の肌のアウトローの幽霊の姿が見える。若返って同年代の少年の姿になっている。雰囲気がすごく親密で夢の中とは全然違う。ルカ・ロッホ・サングレ、という声が頭の中に響く。
名前かな、と思ってつぶやいてみる。ニッコリ笑って少年が頷く。一緒に生きる気になってくれたのが伝わる。やっぱり溶け合って合体したみたいだ。僕の半身、僕の影。嬉しいな、とマリオは思う。
昼休みに職員室へ行って美術部の顧問に退部届を出し、放課後に美術室へ行って部員たちに挨拶する。みんなが眩しそうにマリオを見る。ミカリも部室の奥にいる。見た瞬間に勃起してぎょっとする。ミカリに対するルカの感情がダイレクトに出てしまってる。うわうわ、マジかよ、冗談じゃないぞ!
リュックで前を隠すようにして何とか挨拶を終わらせる。ミカリがやってきて目の前に立つ。目を瞠って訊く。「どういうこと?」近すぎる。ヤバい。勃起が戻る。「別人みたい。何があったの?」ルカが抱きすくめたがっているのが分かる。駄目だ、危ない。マリオは逃げる。小走りで立ち去り、美術室を飛び出す。
酷い退部になってしまった、と思いながら廊下をどんどん歩く。背後で部員たちのざわめきが聞こえる。振り返るとミカリが追ってきている。鞄を持ってる。追いつかれる。
「一緒に帰ろう、草薙くん」「え・・」息を呑んで立ち止まる。美術室の戸口で女子たちが騒ぐ。まったく気にせずミカリが続ける。「話があるの。部屋へ来て」
校舎の外に送迎のリムジンが待っている。ドキドキしながらミカリに続いて後部座席にマリオは乗り込む。滑るようにリムジンが走り出す。一般道を抜けて高速に乗り、十分ほど飛ばしてインターを降りる。湾岸地区にある海沿いのマンションの前で停まって二人を下ろす。
マンションに入って最上階の十階までエレベーターで昇る。広い廊下を歩いて突き当たりにあるドアの鍵をミカリが開ける。
入った部屋はマリオの家と同じくらいの広さがあって、大きな窓から対岸に並んだ高層ビルの林が見える。リビングの真ん中で緊張して立ってるマリオに、ソファに座ってミカリが言う。「裸を見せて」耳を疑う。
「君が動物に見えなくなった。体の印象がぜんぜん違う。何が変わったのか分らない。どうしても知りたいの。見せてほしい」真剣な眼差しでそう言われる。
ああ、そうなのか、先輩にとって僕は今、人に見えているんだな、と思ってマリオは泣きそうになる。ルカと融合したことで心だけでなく体も変化し、この人にとっての〝人間〟レベルに達することができたのかも。
「いいですよ、上だけなら」喜びに胸を高鳴らせてマリオは制服とシャツを脱ぐ。リュックと一緒にテーブルに置き、ミカリの前へ行って立つ。ソファからミカリが身を乗り出す。
「・・・淡い炎みたいな金色の光が肌から出ている、みたいな気がする・・・見えてないのにそう感じる・・・どうなってるの?」顔を近づけ舐めるように肌を見ながら不思議そうにつぶやく。「さわっていい?」と見上げて訊く。ドギマギしながらマリオは頷く。
ミカリの右手の中指が腹筋に触れて割れ目を滑る。それでまたマリオは勃起する。この昂ぶりがルカのものなのか自分の興奮かもう分らない。ミカリの指を追うようにして触れられた肌の色が変わる。拳銃と同じ色の紅いラインが腹の上に浮かび上がる。「えっ?」と驚きミカリが離れる。マリオ自身も息を呑む。
何だこれ??と激しく動揺した瞬間、全身の皮膚が紅く染まって、右の掌の真ん中から大量の血が溢れ出す。それは滴らずに膨らんで塊となって紅い拳銃に変化する。反射的にマリオはグリップを握る。
カキリ、と撃鉄が跳ね上がってボディが薄桃色に光り出す。振動するバレルの銃口がミカリの方を向いている。慌てて天井に振り向ける。直後に撃鉄が勝手に落ちて拳銃が金色の炎を吹く。しゅるばん、と激しく噴射して、天井を貫通し、マンションの上空に長い炎の柱を立てる。
反動で暴れる拳銃を必死でマリオは押さえつける。十秒くらいして炎が弱まり、唐突に噴射が終わってしまう。拳銃が溶けて血に戻っていき右の掌から吸収される。完全に消えたのを確かめてから、顔を上げて天井を見る。
穴も焦げ跡もできてない。物に影響を与えていない。マリオは安堵の溜め息をつく。紅に染まった全身の皮膚が元の色へと戻っていく。
やっぱり紅い拳銃は、体の中に入ってたんだ。血になって全身を巡ってて、気持ちが昂ぶると出てくるんだ。魂を燃やす金色の炎を本当に発射するんだな、興奮しすぎると撃鉄が勝手に上がって暴発するのか───。
ミカリが目を見開いてソファの上で固まっている。隠す理由も必要もないので自分に起きたことをマリオは話す。ミカリは黙って聞いている。話し終えてからマリオが訊く。「信じてもらえますか?」「・・うん・・」
頷いてもらえる。ホッとする。「金色の炎は見えました?」「薄っすら見えたような・・・わからない」やっぱり普通の人間にははっきり見ることができないのか。「その炎に焼かれたら、どうなるの?」ミカリが問う。
「えっと・・しばらくして死ぬんだと思います。ヴィジョンの中では魂を焼かれてしまった兵士たちが、爆撃されて全滅してました」「でも、君は生きてる。同じように魂を焼かれたはずなのに」
「あ、はい」ミカリに言われてハッとする。そうだ、夢の中で僕は焼かれた。「どうしてだろう・・・よく判らないです」「星は?」ミカリがさらに訊く。マリオは答える。
「見えてます」「ルカは?」「見えてません。今は視野にいないです」「あれから他に記憶は戻った?」「いいえ」告白した後の一度きりしか昔の記憶は戻ってない。ミカリがマリオを見つめて黙る。目を伏せる。沈黙が流れる。
化け物だと思われてるんだろうな。気味悪がられてる。当たり前だ。気まずくなってマリオも目線を逸らす。
「モデルになって。草薙くん」
「え」
思ってもいなかったことを言われる。上げた目線が漆黒のきらきら輝く瞳とぶつかる。身を乗り出してミカリが言う。「君とルカと紅い拳銃、すごく面白い。描きたいの」
先輩が、僕の絵を描きたい───。言われた言葉がゆっくりと頭に染み込み、胸に落ちる。息を呑み込み何度も頷く。モデルと描き手が入れ替わってマリオの願いは逆さに叶う。
✶
翌日から毎日放課後にミカリのマンションへ通う生活が始まる。リムジンで下校する二人の姿がたくさんの生徒たちに目撃されて、美術部の顧問が二人を呼び出す。生活指導の教師と一緒に上級生のミカリを問い詰める。
「草薙をモデルにしているそうだが、どうして美術室で描かないんだ?」「二人きりで籠もってを何している?本当に作品を描いてるのかね?」ミカリは答えずスマホを出して自分の父親にメッセージする。十分もしないうちに校長が来て二人の教師と廊下で話す。それで顧問の態度が変わって、自宅制作の許可が出される。
「勉強が疎かになりませんか?」学校から連絡を受けたビアンカが帰宅したマリオに向かって言う。「成績が落ちたり、その先輩と問題を起こさないと約束できる?」「うん」と即答して笑う。「成績は絶対落さないし、おかしなことにもしないから」
その言葉通り、二十一時までには(リムジンで送られて)必ず帰宅し、そこから予習復習と宿題を毎日マリオはこなす。眠気も疲れも感じない。奇蹟のようなこの時間を守るためなら何でもできる。
「拳銃の紅い色になった君の体をしっかり描きたい。紅い男を、紅い荒野で、黒い馬に乗せて走らせたいの」と下絵のためのデッサンを進めながらミカリが言う。毎日上半身裸になって色んなポーズをつけられる。触れられると全身が紅くなり、右の掌に血が集まる。拳銃にならないようそのたびに抑える。
モデルを初めて一週間で視野に変化が生じてくる。様々なヴィジョンが部屋の光景に二重写しで見えてくる。
荒野を移動するバッファローの群れ、切り立った渓谷にかかる虹、岩肌を這う銀色の蛇、黒煙を吹いて進む機関車、立ったまま眠っている栗毛の馬、砂塵の中のアウトローたち、売春宿の娼婦の白い太腿、戦場に転がる無数の死体、
漂白されて乾き切った人骨、朝焼けに浮き上がる卓上台地の連なり、ちぎれ飛ぶ雲、赤茶けた丘、その上に群れ咲く青い花───触れそうにリアルで恐ろしく鮮やかなそれらのビジョンにマリオは慄く。
休憩中にミカリに話して聞かせる。それらのイメージが下絵に加えられ、大きくなって二枚に分かれる。二つの作品を並行して制作することにミカリは決める。キャンバスとイーゼルがもうワンセット、リビングの中に運び込まれる。
絵の具を使い始めてからミカリはまったく休憩を取らない。交互に二枚のキャンバスに向き合い、デリバリーの夕食をマリオにだけ食べさせ、黙々と描き進める毎日が続く。
塗りを始めて一週間目でミカリの手が止まってしまう。両方の絵を交互に睨らみ、待たせていたマリオを呼んで言う。「全裸を描きたい」ああ、来た、と思う。「どうしても必要。お願いできる?」視野の左側にいるルカをマリオは見る。頭の中で声がする。
お前を隠すな─────ありのままを見せろ。
女を止めるな─────行くところまで行かせろ。
そうだよな。気持ちが吹っ切れる。パンツとトランクス手早く脱いでミカリの前に裸をさらす。恥ずかしさと使命感がないまぜになって震えが走る。「ありがとう」とミカリが言ってマリオの胸に手を触れる。全身がさっと紅に染まる。
長椅子の上に座らされ馬に跨がるポーズをつけられる。肩や、腕や、脇や、腰や、太腿や、尻や、首を触られ、マリオは激しく勃起する。抑えられない。ミカリに見られる。右手から拳銃が飛び出しかける。「動かないで」とミカリが言ってマリオの瞳を静かに見つめる。それからキャンバスの前へ戻って一時間ぶっ通しで筆を動かす。
その真摯さと真剣さに心を打たれて、その日から全裸が平気になる。感情の昂ぶりと拳銃の両方を抑えられるようになる。なのに何故かいちいち勃ってしまう。ルカに〝何か〟をされてる気がする。
ある日、描かれている最中にルカが視野の外へ出ていき、ミカリに向かって近づいていく。え、嘘、出られるの??外の世界に干渉できる???とびっくりしながらルカを目で追う。ミカリのすぐ横に立つ。ミカリに姿は見えていない。指先でそっと頭に触れる。
筆を動かす手が止まる。イーゼルから離れて二枚の絵をしばらく交互に見比べる。それから右側の絵の中に下絵にないものをつけ加える。女の姿が描かれていくのをルカを目を通してマリオは見る。満足そうにルカが頷く。ブランカを描かせた、とそれで分かる。三人の合作、と視野の左端に戻ったルカがマリオに言う。
「ブランカのイメージが掴めない」と次の日悔しそうにミカリが言う。そりゃそうだ、描かされてるんだから、と思いながらマリオが訊く。「どんな人だったのか、ルカに訊いてみましょうか?」「お願い」とミカリが答える。視野の端にいるルカを見る。まっすぐミカリを指差して言う。
ブランカ以上にブランカだ。
意訳してそれをミカリに伝える。「自分を描いてくれ、って言ってます。先輩の外見や雰囲気が、ブランカ以上にブランカだって」「そうなんだ」ミカリの表情が明るくなる。寝室から姿見を持ってきて右側のイーゼルの横に立て、自分の姿をデッサンし始める。その作業が終わるまでソファに座ってマリオは待つ。うっとりしてきて少しだけ眠る。
コンテの走る音で目を覚ますと、ミカリが全裸になっている。薄桃色に肌を火照らせながら夢中でペンを走らせている姿が、鮮やかにマリオの目に焼きつく。
ミカリの横に立ったルカがデッサンを見て涙を浮かべてる。彼の目を通してマリオも見る。描かれた〝女〟はヴィジョンの中で見たブランカの姿に酷似している。
六週間マンションに通い続けて、モデルの必要がなくなるところまで二枚の絵の制作が進む。
一枚目の絵───紅い男が黒い馬で夜の荒野を駆けている。背中から金色の炎が翼のように吹き出してる。褐色の肌の裸の女が馬の横を飛んでいる。風に流れる黒髪の先に青い花が咲いている。漆黒の夜空に青い星と金色の星が輝いている。
二枚目の絵───白骨の男が黒い馬で戦場の中を駆けている。右手で紅い拳銃をかざしてる。大勢の兵士たちが金色の炎に焼かれながら殺し合っている。その光景を紅い男が空に浮かんで見下ろしてる。褐色の女が跪いて空の男を見上げている。
「・・すごいですね」と二枚の絵をミカリと並んで見ながらマリオが言う。幻想的な絵面なのにリアルな感じが半端ない。体の芯がぞくぞくと痺れるような震えてしまう。「長い間ありがとう」と満足そうにミカリが言う。「モデルは今日で最後だから」
ざあっ、とマリオの血の気が引く。終りの日が来るのを忘れていた。そうだ、今日でこの部屋へ来ることも、二人きりで会うことも無くなるんだ───。
ガウンを脱いで全裸になってミカリにポーズをつけられる。髪の香りと肌の匂いに、もうひとり別の誰かのものが混じっているのにマリオは気づく。気のせいかな、と思ってハッとする。腕に触れたミカリの手に、金色に光る別の女の手が重なっているのがはっきり見える。
何だこれ?どうなってんだ??驚いてミカリの顔を見る。艷やかな瞳の奥に、もう一対の別の瞳の眼差しの存在を感じる。慄きで首筋に鳥肌が立つ。感覚がおかしくなったのかな?五感が二重にブレている?
いや違う、家具や部屋の内装のフォルムはかっちりピントが合っている。先輩だけが二重に見える。別の魂が憑依してるみたいだ───僕の中にルカの魂があるように。
ミカリが両方の絵の紅い男に交互に修正を入れ始める。作業の音だけが室内に響く。空気のテイストが急激に変わって見えないものの濃度が高まる。ばくばくと心臓が鼓動する。何かが起こりそうな圧力が強まる。
タイマーが鳴ってマリオの門限の時間が来たことを二人に知らせる。張り詰めていた空気が破れて、はあっ、とマリオが息をする。緊迫して呼吸を忘れていた。ペインティングナイフを作業台に置いてミカリも長い溜め息をつく。今日できる作業が終わったらしい。異様だった雰囲気の余韻でドキドキしているマリオの頭で、
ブランカ。
という声がくっきりと響く。同時にマリオの体の中でルカの存在が急激に膨らみ、隅々までぴったり重なり合う。ショックを受けてマリオは震え、性欲を流し込まれたように感じて瞬間的に勃起する。
イーゼルの前から離れたミカリがゆっくりマリオに近づいてくる。長椅子の傍へ来て止まる。瞳が熱っぽく潤んでいる。屹立しているマリオの勃起に右手を伸ばしてそっと触れる。「苦しそう」と言ってきゅっと握る。それだけでマリオは射精する。白い液が爆ぜて指先を伝う。それでもミカリは手を離さない。
マリオの右手から血が吹き出して紅い拳銃が完全に出現する。薄桃色に光って振動してる。暴発する、と喘ぎながらマリオは焦る。ミカリが左手でバレルを握る。振動が弱まり、光が消えて、上がっていた撃鉄が静かに下りる。ミカリがマリオに顔を寄せる。
「ルカ」
と震える声で囁く。その声にはもうひとりの女の声色が混ざっている。マリオがルカの魂と重なり合っているように、ミカリもまたブランカの魂と隅々まで重なり合っている。体は二つしかないけれど、ここには四つの魂がある。
二人と二人が唇を重ねる。抱き合って長椅子の上に倒れる。紅い拳銃が床に転がる。ミカリが服を脱ぎ捨てる。貪るように二人は互いを求める。肉体の主導権を完全にルカに委ねてしまったマリオは、四人の交わりを遠くに感じながら、まったく別のヴィジョンを見てる。
金色の恒星と青い恒星が、数十年の歳月をかけて互いの周りを回り合ってる。連星、という言葉が浮かぶ。それは雄大なダンスのように見える。ぶつかることも離れることもなく絶妙に引き合ってフレアを散らす。
そして記憶の蓋が再び開く。キャンプの夜の続きの記憶だ。
三歳のマリオは森の中にいる。母親はいなくて自分一人だ。闇の中を怖がることなくどんどん奥へと進んでいく。巨木の根の中に抱え込まれた大きな岩の塊にぶつかる。岩は二つに割れている。深い裂け目が開いてる。その中にマリオは入っていく。進めば進むほど裂け目が狭まる。体がはまって動けなくなる。冷え冷えとした岩肌が容赦なくマリオの体温を奪う。意識が遠のき、昏睡して、自分と岩がひとつになる。
そうやって一度死んだことを、マリオははっきりと思い出す。僕の命はあそこで終わった───なのにどうして今ここで僕は生きてるんだろう?おかしいな。
我に返ると天井を見ている。ミカリの寝室のベッドで寝ている。隣りに裸のミカリがいる。漆黒の瞳でマリオを見ている。それはミカリだけの瞳だ。ブランカの魂がその体から去ってしまっているのがマリオには分かる。ルカも視野の左端にいない。心で呼んでも答えがない。
何度も何度もミカリと交わった感触が体に残ってる。でも記憶は朧げではっきりしない。だからこの状況に反応できない。感情も思考も起動してこない。記憶はルカやブランカの方のあるのかもしれない、とぼんやり思う。
ミカリが右手に持っていた紅い拳銃をマリオに渡す。受け取ってまじまじとマリオは見つめる。少しだけ形が変わってる。古いリボルバー拳銃のフォルムが微妙に崩れていて未来的だ。「マリオ」とミカリが言う。初めて名前を呼ばれたことにときめきながらミカリを見る。囁くようにミカリが訊く。
「あなたは〝星の男〟なの?」
<続く>