「マリオガン~THE END OF VIOLENCE~」第1部・11章「ウリエル 」
北の大陸の砂漠にある宗教団体の街でウリエルは生まれた。七才で教育施設に入れられ他の子供たちと共に洗脳された。
「今日からみなさんは親族との血縁を切り、神と教祖様の子供となって、人類に平和と豊かさをもたらすために生きるのです。みなさんの〝使命〟は〝違い〟を作り出すこと。〝違い〟が増えれば増えるほど世界は調和し安定します」
「男と女、大人と子供、先生と生徒、上司と部下、経営者と従業員、金持ちと貧乏人、司令官と兵士、権力者と国民、さまざまな人々が役割や立場を生きることで社会は成立します。もしも〝違い〟が消えてしまえば人も世界も消滅します。放っておけば私たちはひとつの塊に戻ってしまう」
「なのに、それを加速する勢力があります。〝違い〟をなくそう、ひとつになろう、差別や対立や戦争をやめようと主張している人たちがいます。彼らこそ、この世界を無に戻そうとする〝悪魔〟なのです」
「天から降りたもうた神は世界を細かく切り分けました。神が作ったこの世界に少しでも長く居続けるため、すべてを無に返さないために、みなさんは神がなさったように、その手で世界を切り分け続け〝悪魔〟と戦わねばなりません」
世界を二極化し続けろ───このドグマを徹底的に刷り込まれた子供たちは、成人すると「使徒」の称号を与えられ、大陸各地へ送り出された。
ウリエルは海兵隊に入隊した。施設の軍事教練で覚えた射撃の技術をさらに磨いた。スナイパーとしての適性ありと認められて戦地へ送られ、八年間で三百人の敵兵と〝反抗勢力〟の民間人を射殺した。英雄となって除隊して民間軍事会社に入社した。チームを率いて戦地へ戻り二千人以上の〝敵〟を殺した。一度も負傷することがなかった。
ゲリラの村を殲滅する仕事でウリエルは紅い拳銃と出会った。射殺したリーダーが握っていた。ひと目で気に入り持ち帰った。その帰路で爆発物のトラップにかかリ初めてウリエルは負傷した。命に別状はなかったがそれで仕事に嫌気が差した。
引退して故郷の街へ戻り、宗教団体の教育施設で軍事教官として再就職した。特別に英雄的な「大使徒」として迎えられた。戦闘技術を教えながら各地へ出向いて公演をした。運営から次の施設長になる気はないかと打診された。ウリエルは丁寧に辞退した。責任者になるのは避けたかった。
人を殺したい衝動が心に膨れ上がっていたのだ。PTSDを発症したかもしれないと思い、ウリエルは怯えた。真夜中に飛び起き、ガレージの地下に設けてある武器庫へ走った。紅い拳銃のグリップを握ると殺人衝動がピークに達した。
戦場へ戻りたがっているのは自分ではなく、この拳銃だ、とはっきり感じた。常時身につけ衝動をコントロールした方がいい、と直感した。封印すれば逆に暴発して大量殺人を犯しかねなかった。西部開拓時代のようなホルスターに挿してどこへ行くにも持ち歩いた。それではっきりと殺人衝動が弱まった。まるで拳銃が喜んでいるかのようだった。
ある時、近所のガンマニアの中年男に目をつけられた。「金を払うから撃たせてほしい」と家に押しかけ頼み込んできた。いくら断っても引かなかった。「帰れ」と紅い拳銃を引き抜いて威嚇した。弾は入っていなかった。勢い半分、脅し半分で空撃ちして、直後にウリエルは驚愕した。金色の炎が銃口から吹き出して男を焼いた。黒焦げになった〝膜〟のようなものが剥がれて崩れ落ちるのが見えた。
ほんの数秒の出来事だった。男はポカンとして立っていた。もちろん燃えてなどいなかった。「気分が悪い」と言って帰っていった。恐ろしい幻覚を見たと思った。やはりPTSDの症状が出ている───恐怖に慄き、拳銃を握って明け方まで起きていた。
昼にサイレンの音で目が覚めた。通りの奥にあるガンマニアの家にパトカーが来ていた。何があったか警官に訊いてみた。ガンマニアが頭を撃って自殺していた。あの金色の炎のせいかもしれない、と反射的に思って血の気が引いた。ただの幻覚では無いんだろうか。確かめたい。我慢できなくなった。
車を走らせ川べりで暮らす浮浪者たちのところへ行った。離れた場所に駐車して中の一人を狙って撃った。銃口から金色の火炎が吹き出し、長い距離をまっすぐに伸びて、狙った男の体を焼いた。叫び声を上げて失神し、驚いた仲間が抱き起こした。すぐに目を覚まして動き回った。
一晩中ウリエルは見張り続けた。明け方に浮浪者は橋の上に立ち、川の流れに身を投げた。幻覚ではないと確信した。魂を焼いて自殺に追い込む〝奇跡の炎〟をこの拳銃は撃ち出せる、そしてその炎は自分以の人間には見えないのだ。
家に向かって車を飛ばしながらウリエル笑った。嬉しかった。殺人犯になることなく、殺人衝動を発散できる方法が手に入ったのだ。爽やかな朝日が差し込んできてウリエルの横顔を眩ゆく照らした。「神よ・・・素晴らしい力を与えて下さったことに感謝します」
数日して教祖に呼び出された。直接会うのは初めてだった。ウリエルが戦場で上げた成果を褒めちぎってから教祖が言った。
「君の優れた武力で、悪魔を退治してほしい───人種差別を撤廃する公約で州知事に立候補した男が、急激に支持を集めている。彼が当選すれば他の州にも確実に影響が及ぶだろう。せっかく神が切り分けた世界が、一つの塊に戻されてしまう。世界の平等と安定のために彼を地獄へ送ってくれ」
八千万人の信者の票を右派の政治家に切り売りして、教団が利益を得ていることを、ウリエルは以前から知っていた。世界の分割を維持するためには必要なことだった。悪の力が強まる時こそ自分の出番だと思っていた。「この日が来るのを待っていました、光栄です」喜んでウリエルは使命を受けた。教祖が微笑み頷いだ。「君に神の祝福を」
施設の教練場で改めて拳銃をテストした。金色の炎は五十メートル先まで伸びた。銃床とスコープを装着して撃つと百メートル先のターゲットにも届いた。肉眼で見ることができるかどうかで射程が変わるようだった。
思いつきで標的をスマホで撮り、モニターに表示された映像を撃ってみた。画面の中で標的が燃えた。一キロ離れても、十キロ離れても、映像を狙って撃てば現実の実物に炎が届いた。さらにテレビニュースのスタジオも撃ってみた。セットの花瓶が燃え上るのが見えた。「・・カウチで悪魔を退治できるぞ!」選挙区まで出向く必要がなくなった。
テレビの生中継で演説している候補者の男を狙って撃った。金色の炎に焼かれながらも必死にこらえて演説を続けた。「しぶとい悪魔め」舌打ちして何度も引き金を引いた。黒焦げになった魂がボロボロと体から剥がれ落ちた。画面の中で候補者が倒れ、中継会場がパニックになった。次の日、候補者が電車に飛び込み自殺したニュースがテレビで流れた。
すぐに教祖に呼び出され、狙撃して殺さなかった理由を訊かれた。「線路に突き落として殺すなんて・・防犯カメラに映像が残っているぞ!」紅い拳銃を見せて全てを話した。教祖は信じず黙り込んだ。「実践してみせましょう、他にテレビに出ている悪魔はいますか?」
名前の上がった著名人の中で、ちょうどライブ番組に出ている人間がいた。テレビモニターを狙って教祖の前で撃ってみせた。直後にその人物は話せなくなり、不調を訴えて対座した。画面がCMに切り替わった。「・・嘘だろう」呆然として教祖がつぶやいた。「明日の新聞をお読み下さい」慇懃に礼をして立ち去った。
『神の炎』という聖なる呼び名を教祖から送られた。暗殺専門の「大使徒」となり、幹部として高い地位を手に入れた。五年で三十人の〝悪魔〟を焼いた。メディアに姿を見せない人物は直接出向いて狙撃した。
使命を達成するたびにウリエルの外見が変化した。白髪や皺や染みが増え、内蔵や筋肉が衰えた。五年間で老人にしか見えない容貌になっていた。拳銃に喰われているのが分かった。恐怖も後悔も感じなかった。鏡を見るたび自己犠牲の誇りと喜びに恍惚とした。
ネイティブの人々が住まう荒野に〝悪魔〟がいる、という噂を聞いた。数年前に集団幻覚を見せると話題になった少年だった。教祖から暗殺の指示が出た。「数万人の人間の無意識を一つにつなげる子供だそうだ」「本当ならば恐ろしい敵です」千キロをジープで走破した。近づくにつれ紅い拳銃が昂ぶるようにカチカチ鳴った。
居留地に入ると同時に〝圧〟のようなものをウリエルは感じた。見えない壁を突き抜けて別世界に入ったようだった。馬や牛や人の姿が路上に現れては消えていった。少年が見せる幻覚だった。本当にこの地を自分の意識に呑み込んでいるようだった。「・・・これまでのターゲットとは比べ物にならない怪物だ」至近距離で撃つしかないと思った。場合によっては実弾を使おうと決めた。
日のあるうちに家に着いた。留守だったのでしばらく待った。母親の運転する車で少年が戻ってきた。近づいて声をかけた。「マリオ・クサナギだね?」「誰?」と訝しげに少年が答えた。「ウリエル。君を裁きに来た」
母親が助手席のウィンドウを下げて、護身用の拳銃をウリエルに向けた。「離れて。ここから出ていって」微笑んで数歩下がりながら少年に向かって語りかけた。「数万人に幻覚を見せ、自由に操ることができる君は、神と世界を冒涜している───存在することは許されない」紅い拳銃に手をかけた。
母親の方が先に撃った。左胸の鎖骨の下に当たった。防弾ベストが弾丸を防いだ。衝撃で地面に倒れ込んだ。母親が車をバックさせた。起き上がって少年に狙いを定めて引き金を引いた。遠ざかる車のフロントガラスの中で金色の炎が燃え上がった。
少年と母親が同時に叫び、撃ったウリエルも叫んでいた。拳銃の炎で焼かれる衝撃がそのまま自分にも伝わった。少年の意識の中に呑まれているせいだった。間接的に魂を焼かれる苦しさをウリエルは知った。気がつくと母子の車はなかった。逃がしてしまったが手応えはあった。「・・見つけて止めを刺さなければ」
ジープを走らせ二人を探した。大型バイクが近づいてきて横に並んだ。ライダーが運転席を覗いてきた。バイザーの中で二つの瞳が水晶のように光っていた。フレームに取りつけたホルスターから切り詰めたショットガンを引き抜いて撃った。
タイヤが派手にバーストしてジープが荒れ地へ突っ込んだ。岩に乗り上げ転倒した。急いでジープの外に出て紅い拳銃に弾を込めた。エンジン音が近づいてきて、ショットガンの発射音が轟いた。腕と足に散弾が当たった。さらに胴体の真ん中を撃たれた。防弾ベストに守られたが衝撃で体が動かなくなった。
バイクを停めてライダーが降り、ヘルメットを脱いで近づいてきた。スキンヘッドの大男だった。鷲のような顔つきをしていた。起きようとしてまた胴体を撃たれた。肋骨が何本か折れてしまった。紅い拳銃を蹴り飛ばされた。大男がウリエルを見下ろした。「悪いが、お前は生かしておけない」
こんなばかな───信じられない。
十年以上戦場にいて一度も撃たれたことのなかった自分が、最強の「大使徒」である自分が、こんな荒れ地の、こんな道端で、あっけなく死んでしまうのか。
ウリエルの顔の真ん中を狙って大男がショットガンの引き金を引いた。異音がした。ショットシェルがジャムって不発になった。弾けるようにウリエルが笑った。「見ろ、神が守ってくれた!私は神に守られている!」
大男が腰の拳銃を抜いてウリエルの頭を撃ち抜いた。紅い拳銃を拾って見つめた。「これも、このままにはしてはおけないな」腰に挿してバイクに跨り、エンジンをかけて去っていった。萎むようにウリエルの意識は消えた。最後に見たのは青空だった。
私とひとつに混ざり合え。
そうすれば命をつないで、君の「使命」を手伝ってやる。
「誰だ?」
ガルシア。
世界を切り分け続けた者───かつて私は、君だった。
「そうなのか」
「だったら、私は、お前になろう」
目の前が仄明るく光った。ウリエルは地球を見下ろしていた。成層圏に浮いていた。隣りに一人の男がいた。二メートルを超える巨漢だった。つるりとした陶器のような顔で右目に義眼を入れていた。男が地上を指差した。北の大陸の東の端にコバルト色の光が見えた。紅い拳銃より、もっとお前に相応しい銃が、あそこにあるぞ。
男がウリエルの肩を抱いた。二つの魂が溶け合い、混ざり合った。生きている時にガルシアが何をしたのかウリエルは知った。殺戮の記憶を一緒に辿った。三千の敵兵の頭皮を剥ぎ、アウトローの青年を嬲るように追い詰め、無惨に処刑した。世界を切り分け安定させる仕事に誇りと快楽を感じていた。確かに同じ魂だな───二人で笑った。愉快だった。
教団が経営する病院でウリエルは目覚めた。生きていた。故郷の街に戻っていた。二年間も植物状態だった。スキンヘッドの大男に最期に撃ち込まれた弾丸は前頭葉を貫通していたが脳の機能に異状はなかった。「大使徒」だからこそ起きえた奇蹟です、とMRI画像を見せて医師が言った。
二年のリハビリで筋肉と戦闘の勘を取り戻した。さらに一年で射撃の腕も戻った。教祖が全快を祝ってくれた。『神の炎』としての活動も再開した。世界から〝違い〟を取り除こうとする〝悪魔〟が五年で大量に増えていた。
紅い拳銃に代わりになる君の『魂の殺戮兵器』を見つけに行こう、とガルシアに言われて大陸の東端の大都市へ向かった。二人が融合したときに成層圏で見たコバルトの光の場所だった。市警本部の押収品倉庫にその青いライフルは眠っていた。
副署長が教団の信者で『神の炎』のファンだった。面会して事情を話すとすぐに倉庫を開けてくれた。無差別乱射事件の被疑者が犯行に使ったスナイパーライフルだった。ボディが真っ青に塗られていた。ガルシアがライフルの過去をウリエルに見せてくれた。戦場で二千人以上の命を無慈悲に奪っていた。
市警の射撃場で空打ちを試してみた。他の人間には見えない青い炎が銃口から勢いよく吹き出した。実弾を込めて発射すると途中で消失して火線になった。ガルシアが視野をウリエルの目につなげて、建物の外にあるターゲットを狙って撃ってみろ、と言った。射撃場の壁が透けて、車の流れや、通りの向かいにあるビルの壁面まではっきり見えた。
街路樹を狙って撃ってみた。発射と同時に弾丸が消えてコバルトの火線が壁を抜けた。街路樹の手前で弾丸に戻って太い枝をへし折った。「・・・すばらしい」と思わずつぶやいた。副署長に金を積んで青いライフルを買い取った。それからの一年で二十五人の〝悪魔〟の魂を焼いて殺した。
二十六人目の〝悪魔〟駆除の依頼が極東の列島から舞い込んだ。警視庁の内部にいる信者からの情報だった。特殊な銃器を使用して犯罪発生率を減少させるプロジェクトが立ち上がった、とのことだった。
公安の警視がリーダーだったが、実質的な中心人物は民間人の少年だった。写真画像をもらって確かめた。ネイティブの居留地の荒野で焼いた、あの少年に間違いなかった。やっぱり〝怪物〟は生きていたのだ。
私が殺したアウトローの魂が少年と融合しているのが見える、と頭の中でガルシアが言った。二人の魂が融合した影響で変質した拳銃の力を使って、すべての二極性を消し去り、世界を一つにするつもりだ。「何と恐ろしい〝大悪魔〟だ」と身震いしながらウリエルが言った。「今度こそ必ず仕留めてやる」
列島へ飛んで準備に入った。少年の仲間のクラブ経営者の男に、偽の〝魂の再構築〟依頼を出した。自分の写真を添付して、名前もしっかり書き添えた。これで彼らは私だと気がつき警察に助けを求めるだろう。彼が保護されるタイミングで狙撃することにした。
少年が居候しているマンションの地下駐車場でチャンスが訪れた。公安の刑事たちを射殺し、少年とクラブ経営者の男を銃弾で嬲って楽しんだ。逃げ場のないことを思い知らせて、絶望させてから殺すつもりだった。二人が車に乗って地上へ出た。サンルーフから顔を出した少年と目が合った。喜悦を感じてウリエルは笑った。ガルシアも笑った。歌うように呼びかけた。
✶
久しぶりだな、ルカ・ロッホ・サングレ。
笑うガルシアとウリエルをマリオは見つめる。彼らの顔を見て、興奮していた心が急激に醒め、高速で頭が回り始める。周囲の状況から遠ざかって、思考に激しく集中していく。そして心からうんざりする。
何なんだこいつら───ばかじゃないのか?
破壊と暴力に満ちた世界を、死ぬまでずっと作り続けて、死んで魂になってもまだ、他人に取り憑き、殺して壊して、嬉しそうに笑うガルシア。
父さんに撃たれて死にかけたのに、何年も頑張ってリハビリして、人間を撃ち殺す仕事に戻り、楽しそうに笑っているウリエル。
一体、何をやっているんだ?
そんな奴らの〝幼稚さ〟に巻き込まれ、肉体と感情と思考のエネルギーをわざわざ捧げるようにして戦い、空中で弾丸をぶつけ合ってるなんて、僕と馬もばかすぎる。まったく意味のないことを夢中になってやっている。
ここでウリエルを殺しても、その魂はガルシアと同じように成層圏へと上がって、自分によく似た誰かを探し、取り憑いて同じことをする。そうするために、新しい暴力と殺戮と憑依の連鎖に繋げてくれる相手、〝敵〟になってくれる人間を、この二人は強く求めてるんだ。
自分の力で自分を燃やして生きていくことができないんだ。だから他の人間を二つに引き裂き、そこから出てくる負の感情のエネルギーを食べているんだ。追い詰め、傷つけ、怒らせることで、僕と馬を利用している。
ミカリの顔が頭に浮かぶ。
好きになって、肖像画を描いて、告って、振られて、モデルになって、関係が変わって、抱き合って眠った。彼女の中で輝いている青い星のエネルギーに震えた。初めて出会った〝星の男〟だと言ってもらえた。
僕よりずっと長く生きてて、死んだ後までも意識があるのに、そういう経験をウリエルやガルシアは、おそらく一度もしたことがない。壊して殺すことしか知らないから、延々とそれを繰り返してる。
その通りだ、と視野に左端でルカが言う。ブランカと会う前の俺もそうだった。世界のすべてを荒野にしたいのは、それしか知らない、ばかだからだ。
「どうする!」と馬の声が聞こえる。「高層マンションの真下へ行くか?」それで頭の回転数のギアが落ちて、周囲の状況が戻ってくる。「停めて」と鋭くマリオが言う。急ブレーキでランボルギーニが路肩に停まる。ライフル弾はまだ飛んでこない。ウリエルは様子を伺っている。
空薬莢を落としてシリンダーを戻し、金色の炎だけを撃ち出せる状態に紅い拳銃をセットする。サンルーフから体を出して高層マンションの屋上を狙う。「何やってんだ!」と馬が叫ぶ。「実弾を使え!殺されるぞ!」
「『再構築』するから」と笑いながらマリオが言う。「ウリエルと、ガルシアの魂と、青いライフルをいっぺんに」
馬がぽかんと口を開ける。
ルカの視野を通してウリエルが狙撃体制に入るのが見える。ウリエルがライフルを撃つと同時にマリオも拳銃の引き金を絞る。銃口から金色の炎が吹き出し高層マンションの屋上へ伸びる。火炎に当たったライフル弾が消滅し、マリオの背後で実体化して、歩道のアスファルトを削って跳ねる。それで相手の弾丸も自分の炎でコントロールできることが分かる。
ウリエルとガルシアが金色の炎から逃げる。その背中を炎が捉えてウリエルの全身が燃え上がる。ガルシアがコバルトの炎を吹き出し、コーティングしてウリエルの魂を守る。マリオが拳銃の火力を高める。それで右腕の皮膚が真っ紅に染まる。金からホワイトゴールドへと炎の色が変わっていく。
馬の目にも半透明の白金の炎が見え始める。通行人や、車のドライバーや、ミカリのマンションの住人たちも、路上からビルの屋上へと伸びる細長い炎のラインを見る。ウリエルの魂を守っているコバルトの炎が膨れ上がる。マリオがさらに火力を上げる。首の皮膚まで紅に染まって、瞳の色が変わり始める。白金の炎がコバルトの炎を握り潰すように抑え込む。
ウリエルとガルシアが一緒に吠える。マリオとルカも同時に叫ぶ。マリオの顔が紅色に染まり、瞳の色が青に変わって、髪の毛が金髪に変貌する。紅い拳銃全体から炎の束がほとばしり、輝きの強さに馬が目を庇う。紅い拳銃のフォルムが溶けて崩れ、青いライフルが白金の炎に焼かれて色を変えていく。
「神よ、神よ、神よ、神よ、神よ、力を!」とウリエルが叫ぶ。ガルシアの顔が巨大化して白金の炎を貪り食う。喰らいながら宙を飛んでマリオに向かって降りてくる。それを見た通行人たちが悲鳴を上げる。ガチガチガチガチガチガチガチ、とマリオが連続して引き金を引き、紅に染まり切った体が内側からまばゆく発光する。
鋭く細く絞り込まれて真っ白に輝く炎のラインが、ガルシアに向かって撃ち出されると同時に、紅い拳銃が砕け散る。ガルシアの巨大な顔が空中で爆散して消滅し、コバルトの炎のコーティングが消えて、ウリエルの体が燃え上がる。高層マンションの屋上に高々と火柱が立ち上がる。
白金の炎の中で『再構築』された新しい魂が、虹色に輝きながらウリエルの体を覆っていく。「ああ、ああ・・」と声を上げながらウリエルが倒れ、白金から金、金から青へと、炎が変化し消えていく。
馬がゆっくりと目を開ける。ランボルギーニの車内は強烈なオゾン臭に満たされ、あちこち激しく帯電している。ハンドルに触れるだけで、バチッ、と爆ぜる。車内にマリオの姿がない。「哎呀・・你去哪儿?」と辺りを見回す。外から甲高い悲鳴が聞こえる。ガルウィングのドアが故障して開かない。窓ガラスを肘で叩き割って外へ這い出す。
ミカリが呆然と立ち尽くしてランボルギーニのボディを見ている。並んで馬も見て、息を呑む。屋根から後部のフレームにかけてマリオの体が逆さに貼りついており、炎とも液体とも有機体ともつかない状態になっている。半透明になった紅い皮膚の下で金色の炎が燃えている。顔の奥に実体化しかけたルカの顔が透けて見える。
「・・マリオ」と震える声でミカリがつぶやく。手を伸ばして触ろうとする。慌てて馬が抱き止める。ジッ、とミカリの指先が手前の空間で音を立てて焼ける。凄まじい高熱を発している。炎のオブジェと化したマリオは静かな寝息をたてている。
<続く>