交番勤務ってどうなの?(けん銃を「使用」した話)
今回は私が警察官の時、被疑者に対してけん銃を「使用」した話です。
けん銃を実際に訓練以外で「使用」したことがある警察官は少ないと思うのでおもしろいと思います。
無線機の緊急発報ボタン
警察官は無線機を持っていますよね。
誰かが無線機の通話ボタンを押して話している間、他の無線機の通話は署の通信指令に通じません。
他の人が話し終わったら自分がボタンを押して話します。
ところで、無線機には緊急発報ボタンというオレンジ色の小さいボタンがあります。
これを押すと署の通信指令課と独占的に会話が継続状態になります。
話す時もボタンを押す必要がありません。
緊急事態が起きたり、大きい事件や事故で無線でのやり取りにいちいちボタン押して話しているのがまどろっこしい時に非常に役に立ちます。
しかし、デメリットもあります。緊急発報中、他の署員が通信指令と無線で会話できないからです。
したがって、私が警察官をやっていた7年で緊急発報ボタンでやり取りをしているのを見たのは数えるくらいです。
発生間もない強盗等の重大事件、交通事故の死亡事故などで第一着した人が、ある程度必要な事をまとめて伝えたいことがあれば、時間をごく短時間に区切ってまとめて伝えます。
やはり、緊急発報ボタンとはいえ、遠慮なくずっと話すということは避けます。
これ、間違って知らぬ間にボタンが押されているというケースがよくあります。
すると署の通信指令から、「緊急発報ボタンが押されているが何かあったのか?誤報か?」等と確認が来て気づくのです。
この緊急ボタン、私は本当の緊急事態で使ってしまいました。
「けん銃くれよ」「…ヒーっ!!」
私が警察官になって2年目、駅前の一人交番勤務となりました。
駅前とはいえ、さびれた港町でそれほど忙しくないので一人交番でした。
酔っ払いは多かったですが、まさかけん銃を「使用」する事になるとは思いませんでした。
この交番に勤務し始めて2週間ほど経った頃です。
夜10時ころ、30歳くらいの男が交番に入って来ました。
週末だったのでまた酔っ払いが入って来たのかな、と事務仕事の手を止めました。
「どうかしましたか?」と何気なく男を見ると手に何か持っています。
最初、何か光ったな、と思っただけでしたが、よく見るとナイフでした。
私が気づいたと同時くらいで男が「……けん銃、くれよ。」とボソッと言いました。
(ヒーッ!こいつはけん銃を奪いに来たんだ!)
まさに絵に描いたような、警察学校やけん銃訓練でよく想定されている事案です。
すぐにけん銃を抜いて相手に銃口を向けます。
そして、「手を上げろ!刃物を捨てろ!」と言いました。
けん銃訓練で何度も何度も言わされた台詞ですね。自然に口から出てきました。
ハッ!そうだ、忘れていた!
無線の緊急発報ボタンも押さなくては!
ボタンを押しましたが、とりあえずこちらとしては犯人との会話が優先です。
「◯◯から駅前、◯◯から駅前!誤報か!?どうぞ!」
当直司令が苛立ってる声が聞こえます。
当直指令とはそれぞれの課の課長クラスで階級は警部です。
当時、巡査の私から見たら天上人クラスに偉い人です。
しかし、今思えば不思議なのですが、その声が聞こえなくなっていきました。
男との対峙が続きます。
「てめぇ、この野郎!刃物を捨てろ!聞こえてんのか、コラ!」
自分でも不思議なほど言葉が汚くなっていきます。
何とかこの状況を打破、早く解決しなくては、と焦ります。
この時、幸いだったのが自分と被疑者との間に机とソファがあったことです。
被疑者が私に襲いかかるには2つの障害物(ソファと机)を乗り越えなければなりません。
ほぼ確実にこちらが速く撃てます。
これでかなり落ち着きを取り戻せました。
望んではいませんが、一発や二発当てても絶対にこの勝負には勝たなければならない、という気持ちでした。
死にたくないですから。
そう思ってけん銃を向けていると、男は刃物をあっさりと交番の床に捨てました。
「カチャ」っというような、あの乾いた音は今でも覚えています。
そして、男はソファに座り込みます。
最初デカく見えたナイフは果物ナイフでした。
この時、やっと無線機の緊急ボタンを押していたことを思い出しました。
不思議な事に、恐ろしい当直司令(その日の司令は組対統括)の声がずっと聞こえていなかったのです。
やっと無線に状況を流します。
「刃物を持った男が交番に来所。現在、刃物を捨て、座り込んでいますが、暴れる可能性もあり。至急◯援願います、どうぞ。」
〇援(まるえん)とは応援の意味です。
警察は無線言葉に〇(まる)を付けるのが大好きです。
被疑者は〇被(まるひ)、被害者は〇害(まるがい)といった感じです。
話を戻します。
実は応援の警察官が来るまで、自分で被疑者に手錠をかけようか少し迷っていました。
でも、手錠を準備して相手にかけるためには両手が必要です。
けん銃を一旦手から離してホルダーに収めなくてはなりません。
その隙に刃物を拾われて襲いかかられては対処できません。
そこでずっとけん銃は男に向けたまま応援を待つことにします。
さて、この時、交番の周りにはあっという間に警察官が20人以上来てくれました。
遅めに来た先輩は交番の中が見えなかったと言っていましたね。
それだけ交番の周りに警察官が溢れていたということです。
署の刑事課、自ら隊、本部機動捜査隊、本部警ら隊、隣接交番などなど。
動ける移動は全て来てくれたんじゃないかな。
本当に感謝です。
処理としては、銃刀法違反で現逮です。
後で刑事課の先輩から聞いた話ですが、被疑者は刑務所から出てきたばかりで、もう一度刑務所に戻りたくて犯行に及んだそうです。
この時はたいして覚悟の無い被疑者だったから助かりました。
もし用意周到で覚悟を決めた被疑者だったら殺されていたかもしれません。
それと、刑務所に戻りたいにしても一般市民を標的にしてくれなくて良かったな、と思いました。
警察官になってからは、もしかしたらこういう事態が来るかもしれないっていう覚悟が心の隅に常にあります。
事実、私はこの件で特にショックというか、心の傷とかにはなりませんでした。
でも一般市民の方だったら心に大きな傷や後遺症を負ってしまうかもしれません。
別に私を標的にしてくれて嬉しかったわけではないですが、一般市民を標的にして大きな事件を起こされるくらいならまだマシです。
けん銃の「使用」
さて、最後にけん銃の「使用」についてお話しします。
実はこの件、厳密にはけん銃の適正な「使用」ではありませんでした。
それを説明していきますね。
恐らく、ほとんどの警察官はけん銃の「使用」をする事なく定年を迎えるはずです。
もちろん警察学校や定期的な訓練で何度も射撃はします。
しかし、現場で実際にけん銃を「使用」することはほとんどないと言って良いでしょう。
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