
《おことわり》鈴木阿弥
東京藝術大学の漆芸、鈴木阿弥さんの作品《おことわり》は、伝統と現代の狭間で生まれた注目すべき表現だった。正木記念館二階の畳の間という和の空間での展示は、作品の持つ二面性をより際立たせていた。

作品は、入浴シーンを切り取った立像である。裸体の男性像は、腰にタオルを巻き、足元には遊び心のあるアヒルのおもちゃが配置されている。台座面のタイルが公衆浴場という場面を連想させ、男性の肩から胸にかけて、背中を覆いつつ足まで続く入れ墨に注目させ、この人は温泉に入ることはできないのだろうと想像する。つややかな表面は照明の具合もあるが、光が反射してキラキラとしている。きらびやかさとは裏腹に、どこか悲しげな様子なのは伏し目だからだろう。コミカルな体系からもギャップが感じられる。
特筆すべきは、その技術的な卓越性だ。乾漆を使って作られた立像、入れ墨には螺鈿と蒔絵の技術が使われている。台座の高さはおよそ60cm、これだけのサイズの立像を乾漆で制作するというのは並々ならぬ時間と技術と根気だろうと想像する。研ぎ出し蒔絵と螺鈿の繊細な仕事も注目すべきポイント。バスタオルの部分は卵殻だという。

作品タイトル《おことわり》は、入れ墨を理由とした温浴施設の入場拒否という現代社会の排除を指し示す。しかし、その主題は単なる社会批評に留まらない。つややかな漆の表面が放つ光沢と、像の悲しげな表情との対比は、伝統と現代の軋轢を象徴的に表現している。コミカルな体型との意図的なギャップも、この作品の重層的な解釈を促す。
鈴木さんの作品は、2022年の根来展を想起させる。漆芸は、道具の耐久性を高め、長く大切に使うための技術として発展した。その漆器の摩耗は、人間の営みの痕跡として歴史を刻む。現代の大量生産・大量消費の文化では、このような時間の積層は失われつつある。
鈴木さんのステートメントが語る「危うさ」への愛おしさ。本作は、伝統工芸の技術継承という課題を超えて、現代における工芸の在り方そのものを問いかける。技術の卓越性を保ちながら、現代的な文脈で新しい表現を模索する姿勢は、未来への重要な示唆となっている。
いいなと思ったら応援しよう!
