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《Angel Dust -骨まで溶けるような熱いキスをして-》伊藤大寛

広島市立大学の卒展を見に来るのは二回目だ。大学に来るのは三度目だろうか。バスに乗って長いトンネルを抜けると広大なキャンパスが見える。芸術学部の他に情報科と国際科の学部を持つ。

伊藤大寛さんの《Angel Dust -骨まで溶けるような熱いキスをして-》は、その存在感が際立っていた。

《Angel Dust -骨まで溶けるような熱いキスをして-》, ©伊藤大寛

2メートルを超える巨大な彫刻は、その圧倒的な存在感で見る者を威圧するのではなく、むしろ繊細な感情の機微を表現しようとしている。それは作品全体を覆う表面の鱗のような反復的なパターンが感情の波紋が広がっていくような動的な印象を与える。これは作家が提示する「感情は液体である」という概念を視覚的に具現化したものと解釈できる。オイルパステルによる彩色は、硬質な鉄の表面に柔らかな質感を付与し、愛の持つ流動的な性質を強調している。この技法的な選択は、作家の言う「愛が溢れる」という表現を、物理的な次元で再解釈したものと言えるだろう。

モチーフにおいてグスタフ・クリムトの《接吻》を想起させる本作は、しかし単なる引用に留まらない。クリムトが装飾的な様式で愛を表現したのに対し、伊藤さんは感情の物質性という視点から愛を再解釈している。

《Angel Dust -骨まで溶けるような熱いキスをして-》, ©伊藤大寛

鱗状のパターンは、クリムトの装飾的なモザイクを三次元に展開させたかのようでありながら、より有機的で流動的な印象をうける。この流動性は作品の構造全体を通じて一貫している。表面の凹凸は感情が溜まっていくような、そしてこぼれ落ちていくような二重の動きを示唆し、その動きは作品の足元で具体的な形となる。床に広がる鉄粉は、彫刻から溢れ出し、実際に流れ出した感情の痕跡として読み取ることができる。この物理的な「溢れ出し」は、作家の掲げる感情の液体性という概念を、より直接的な方法で体現している。

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Tsutomu Saito
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