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《布橋灌頂会》曽我祉琉
武蔵野美術大学の卒業・修了制作展、思えば卒展巡りを始めたのは2023年のムサビの卒展からだった。今回で3回目の訪問になる。広大なキャンパスと階段移動の多い展示会場にも慣れたし、見たい展示がどのあたりにあるかの勘所も分かってきた。大抵は2号館から周り、美術館をゴールにしている。そんな美術館で曽我さんの《布橋灌頂会》を見た。
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美術館の高い天井、5mの高さがあるが、ほぼその壁面を覆うかのような見上げる作品である。油性木版画であり、沈み込むような黒、抜ける白、そして天の赤が鮮やかに浮き上がってくる。背の高さにもよるが目線の位置は、およそ膝の高さあたり、そこから見上げて、白と黒のコントラストをなぞっていった後の赤である。空の赤、背景の黒は山であり、日没あるいは夜明けを示しているような茜空として印象付けられる。山の黒は、沈み込むようであり、迫ってくるようである。その黒は前景の祈りをささげる女性の着物の白によってコントラストが引き立つ。
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タイトルになっている「布橋灌頂会」(ぬのばしかんじょうえ)とは富山県の山岳信仰のひとつであり、女性が立山に登山することが許されていなかった時代があった。女性救済のための儀式として始まったという。白い布を橋に敷き詰め、その上を白装束で目隠しをした女性が渡る。
大きな作品は油性木版画であり、小さな紙を数百枚用いて画面を作っている。目隠しをした白装束の女性が列を作り橋を渡る。連綿と続く祈りを曽我さんは、版画の反復性をもって表現しているのだろう。同じ版木から刷られても、微妙な差異が出てくるのは、同じように見えてそれぞれに違う人生があるということに接続する。もちろん刷りの枚数によって版木は摩耗していき同じ形とはならない。同じ装束を着ているが、同じようにくくられない。
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長い首は、かなわぬ願いを山の峰を見上げることではたそうとしているように思えてくる。
版木をひたすら刷る行為は祈りにも似た行為なのかもしれない。
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